逃げるんだよぉ!!
「…『ライトヒール』」
「えぇ〜?回復すんのかよ『マジックエッジ』!」
「『バックステップ』!『アースブレス』『ダークブレス』」
「うーわーバフもかよダルいなぁ。一気に決めきらなきゃダメなかんじだった?」
いちいちうるせぇなこいつ!?
『光魔法』Lv.10アーツの『ライトヒール』を使う。これで俺のしょぼい体力は全快したが、MPを25も持ってかれた
本当ならポーションで回復したかったが、こいつを前にそんな隙を見せたらどうなるかわからんからな
「こいつ強いね!もしかしてネームドだったりするの?……へー、激怒ウサギをソロ狩りしてたんだ。名前はなんていうの?さっきから「黒ローブ」しか出ないけど」
視聴者との会話を再開したようだが、こっそり『瞑想』のエフェクトが出たのを俺は見逃さなかったぞ?どうやらスタミナ切れのようだな!
……俺もMP切れだけど。こっちの方が深刻じゃねぇかちくしょう
「これも聞いてみるか!黒ローブの人!あんた名前かなんかあるの?」
「名前?そんなもんねぇよ。他人には便所コオロギの「コオロギ」って呼ばせてんな」
会話に応じ、フードを取る。特に意味はないが、時間稼ぎになれば儲け物だろう
俺は魔法の連打のせいで、多くのアーツがクールタイム中になっている。つまり時間が経てば経つほど俺の方が有利になっていく
特にあの魔法のクールタイムさえ終われば、流れをまた取り戻せるだろう
「なんでカマドウマ?ゴキブリ食べるの?見た目はムサいおっさんだけど益虫なんです〜ってこと?」
「うっせぇナイスガイだろうが!がきんちょ、お前はなんて名なんだ?」
「ガキじゃないですテトロです〜!こんな見た目でも立派な『投擲』『投擲』ぃ!!」
「うをっ!?あっぶね!!」
不意打ちで大剣と大斧を投げてきやがった!?ギリギリ避けたが…………この武器結構いい装備だな。多分PKしたプレイヤーから盗ったのだろう。南無
「あれぇ?変なとこ飛んだぞ?なんか重かったな」
「ハッハッハ!!ザマァねぇな!!」
「あ!装備欄にデバフ表示!?重量増加なんてあるんだ!!」
どうやら『ヘビーシャドウ』が功を奏したようだ。かけてなかったら直撃していたかもしれないな。ほんとに間一髪だった
そして、そうこうしてるうちにあの魔法のクールタイムが終わった
「がきんちょ、お前は強かったぜ。じゃあな!『シャドウダイブ』」
「えっ」
捨てゼリフを残してすぐに魔法で影に潜り──その場を一目散に逃げ出した
こんなやつとまともにやりあうわけないんだよなぁ!スタコラサッサだぜ!
『魔力操作』のレベルも上がり、今じゃ早歩き程度の速さで移動できるようになった。これで木の影をつたって距離を取り、戦闘状態が解除されたら『時空魔法』Lv.10アーツの『リターンホーム』で家に帰ろう
あー死ぬかと思った。別にやられて困ることは特にないけど、こんな序盤にニュービーに狩られるのはプライドが許さない
逃げるのはいいのかって?やられなきゃ俺はそれでいいんだよ!未来の最強プレイヤーだろうが、知識チートの俺には敵わないのさ!!
………なんでついて来れてんの???
「ふーん、影に潜って移動してたのか。ちょっと濃い場所がちょろちょろ動いてら」
「!?」
こいつ!!『シャドウダイブ』の追い方を1発で見抜きやがったのか!?
やべぇ、影に入ってるからって細い隙間を通り抜けられるってわけじゃないから振り切ることは不可能だ。しかも影の中は水中判定だから、いつかは息継ぎのために出なくてはいけなくなる
くっ、こんなことならいっそ〈窒息〉ダメージで自害を……
「──『フラッシュ』?」
「ぐあっ!?」
「おお!出てきた!!」
影からの引きずり出し方まで!?というか『光魔法』持ってるのかよ!!その少ないMPでLv.6アーツを使えるってことは、かなり序盤から鍛えてるのか!?
しかも引きずり出された影響で特殊な〈ダウン〉状態になってしまった。まずい……気づかれる前に時間を稼がなくては
「……勘がいいな、クソガキ」
「こんくらいゲーマーなら誰でもわかるっしょ!あ、泳がせて逃げる先に案内させるってのもよかったかも?」
「その魔法はどこで手に入れたんだ?」
「洞窟のでかいヘビから!君らにもお披露目〜!実は2日目にはもう『光魔法』持ってました〜!あのナントカって人に対抗して私も洞窟をソロ攻略したじゃん?あの後配信外で周回してたらレアボス引いてね?その後右脇法っての知った時にこれだ!って思ったの。だからMND上昇装備をみんなから集めて右腹に喰らいまくったってわけよ!」
よし、〈ダウン〉から復帰した。聞いてないことまでペラペラ喋ってくれてるな。配信者のサガってやつか
未だにリスナーに説明中のようだが、こちらに待つ道理はない。即興初見殺しコンボ、名付けて「モグラ叩き」で一気にケリをつけてやる!!
「『ウォーターウェーブ』!」
「あぶないなぁ、まだ喋ってる途中でしょうが!」
俺は前方の敵を押し流す『水魔法』Lv.10アーツの『ウォーターウェーブ』を放つ。威力は低いが、範囲は俺が持ってるアーツの中で一番広い
だが、木に登られて回避されたようだ。まあ俺の目的は距離を取ることだけどな
「『クレイウォール』」
「でっか!でも木から飛び越えられそうだな!」
『土魔法』Lv.10アーツ『クレイウォール』を使い、縦5m横10mもある巨大な壁を作り出す
壁自体は脆いが、これの用途は視界をふさぐことだ。距離を詰めるために壁を越えようとすれば、こっちが先制攻撃を当てることができる
俺は[オークの木の弓]を取り出し、魔法の矢を三本番えた。飛び越えて無防備なところを『三本矢』の過剰火力で撃ち抜いてやろうじゃないか!
「──『跳躍』!」
「そこっ!『三本矢』ァ!!!」
壁の上から飛び出してきた影に狙い違わず三本の矢が飛来する
避けるような素振りをしていたが、こちらも『魔力操作』で追尾させ、見事に三本とも命中
───そして、影が霧散した
「………は?」
今のは、『暗殺術』の『デコイ』……!?ならさっきの発言はブラフ!すぐに『索敵』で本当の位置を──って、『ターゲット』が切れてるぅ!!?
なんであの時に掛け直さなかったんだ俺の馬鹿!!まずい、はやくあいつの居場所を捕捉しないと……
「───『不意打ち』『急所突き』『首刈り』『ソニックスラッシュ』!!」
「があッッ!!?」
いつのまに後ろに!?
俺のうなじに『暗殺術』アーツが重ねがけされた短剣の一撃がまともに直撃してしまった
まずい、今ので体力が1になった。運良くLUKの食いしばりは発動したが、そのかわり長い〈ダウン〉状態になってしまった。もう俺に抵抗できることは……
「不意打ちに驚いたり、思い通りになったら慢心したり。会話しながら奇襲を狙ってたし、フェイントにあからさまに動揺もしていた。プレイヤーと対人してるみたいだったね。実は中に人入ってるんじゃない?」
まずい、それはもっとまずい。配信してる時に俺がプレイヤーだとバレるのは一番まずい。さっきからまずいしか言ってないこともかなりまずい
こちらを弄ぶかのような目で見ながら、既に戦闘が終わったかのように感想を話し始める。といっても、流石にこっから逆転の目は思いつかないし……
「このゲームのAIがリアルってことかも?まあどっちでもいいや!長引かせるのもアレだし、トドメ!『パワースラッシュ』!!」
ふぅ、深く考えないでくれてよかった。このままやられる方がまだマシだ
うむ、今考えたら「モグラ叩き」作戦もかなりガバガバだったな。相手のことも見えなくなるし、向こうも企むことができるもんなぁ。ポーションとかのアイテムを使う余裕もできるし
未だに〈ダウン〉状態から復帰できないので、むしろ考える余裕ができていた。そんな俺の首元に、必殺の一撃がこもった短剣の凶刃が迫り────




