トゥルーエンドを求めて
「トゥルーエンドて…えぇ……?」
30代も後半にさしかかる男は、スマホを見ながらそう呟いた
彼の名前は桜木白人。あと1時間でサービス終了するこのゲーム、《アナザーワールド:レスト》をプレイしていた物好きの一人である
『AWR』もしくは『レスト』と呼ばれるこのゲームは、約16年前にVRMMORPGとしてサービス開始された
広いマップ、壮大なグラフィック、高度なAIのNPC、多種多様なスキル…王道な剣と魔法の世界観であり、そのクオリティは時代を2歩も3歩も先取りしていると言われていた。最盛期では2000万人がプレイしていたという噂もあるが、日本限定でのサービスなため、誇張のしすぎだろう
そんな『レスト』だが、徐々にプレイ人口が減っていき、ついには「過疎ゲー」の烙印を押されてしまった
それはなぜか。一言で言うなら「自由すぎた」からだろう。膨大すぎるスキル、多すぎるクエスト、広すぎるマップに点在する重要NPC…
そして極めつけは──『マルチエンド』
サービス開始から5年が経過し、ラスボスと思わしきものを倒したプレイヤー達にもたらされたのは、ボス撃破の通知と〈〈ノーマルエンド:『天魔の因縁』〉〉という文字
これにはプレイヤー達もブチギレた。イベントやレイドなど、2度とできないことで評価がつけられることは慣れていたが、それでも5年も頑張ったことを「ノーマル」と言われたら怒るのもわけないだろう
そしてマルチエンドにはもう一つ欠点があった。それはストーリーの修正力がないのである。普通なら想定されるルート以外の、それこそ取り返しのつかない状態になったときはゲーム側から救済措置が取られるのだが、マルチエンドにはその「想定されるルート」が複数あるためそれがないのである
さらに拍車をかけるように、プレイヤーの自主性を重んじるという肩書きのため、ストーリーのヒントが極端に少ないのだ
スキル習得条件もわからず満足にプレイできないとなればライト層は離れていく。プレイ人口が減れば情報が集まらず、難易度が上がり、さらにプレイヤーがいなくなる。もちろんハードモード上等な生粋のゲーマー達は残り続けたが、人気ゲームとして出た『レスト』、そのヒントの散りばめられ方は大量のプレイ人口を想定していたため、プレイヤーの知らないところでフラグが進行し、気づかないうちに事態が悪化することもしばしば
それでも『ノーマルエンド』の一つにたどり着けたのは一重にゲーマー達の努力と言えよう
さて、5年でストーリーが終わったはずのゲームがなぜ16年も続いているのか疑問に思っているところだろう
エンド評価が出た1週間後、公式から「エンドコンテンツ!!!^^;;」との発表とともに、新たなサーバーがオープンされたのである。しかも複数
それだけではなく、他サーバーからキャラデータを持ち込んで主にPvPができる通称『決闘鯖』、一人や少人数の身内でできる通称『ソロ鯖』が同時に開始された。「また最初からできる!」「内容が同じなら最初から強いスキルで無双!」「今度はハッピーエンドを!」等、思惑は様々だが出戻り勢も大勢来た
特に『ソロ鯖』は、セーブ&ロードに時間スキップも可能であり、検証や条件割り出しにおおいに貢献した。一人用ということで、いくつかのクエストやボスは修正されていたため、完璧にとは言えないが
ついに全てのスキル・隠しクエストなどが判明し、あの頃の人気が戻って来──なかった。逆に殆どがソロ鯖に引っ込んでしまうことになる
それもそうだろう。『公式鯖』で希望のエンドルートを試そうにも、そこでプレイしている全員がそれを望んでいるとは限らないからだ。1人でも違うエンドを目指していたらシナリオが狂うし、迷惑行為というには純粋にゲームを楽しんでいるだけであるためGM報告も意味がない
そして、それでも残り続けた廃人たちは、『決闘鯖』でしのぎを削り合うことに行きつく
スキルの数は他ゲーと比べものにならないほど多いため、ランカー同士のバトルは次元が違いすぎる戦いとなった。ランキング入りの条件として「全スキル・ジョブ・称号獲得、全レベルマックス」と言われるほどその土俵に上がるハードルは高く、それを十全に扱える者でないと上には上がれない
だからこそ燃える。そこで頂点をとってこそゲーマーだと言い、『ソロ鯖』でキャラビルドしたプロゲーマーも新規参入するほどだ
そして、『公式鯖』は同時プレイ人数0人というのが珍しくないほどになってしまった。ライト層、検証勢はMMOではない『ソロ鯖』に、廃人勢などはRPGではない『決闘鯖』から出てこなくなってしまった
◆
「はぁ……」
俺はこのゲームの歴史を回想しながらため息をついた
長年あると言われていたトゥルーエンド。公式が定期的に「真実に辿り着き、世界を救ってください!」などと煽るため、検証考察班を筆頭に探し回ったが、ついに見つけることは叶わなかった
そのトゥルーエンドの存在が先ほどの発表によって確定となった。いや、自暴自棄になった運営が出鱈目言ってる可能性も……
もしや一説に言われていた『公式鯖でないとトゥルーエンドに行けない』というやつか?たしかにソロ鯖ではクエストのいくつかが消去されているが……
「とりあえずGボスやろ」
だからといって今から検証できることはなにもない。なので俺は当初の目的を果たすためヘッドギアを装着した
Gエンドのラスボス。全ルートの中でも最強クラスと言われるボスだ。骨ではない
俺がクリアできなかったことの1つであり、もう少しでいけそう、というところまで来ていた。嘘だ。本当は最終形態にも至れていなかったりする
時間加速設定も使って一回だけ挑戦し、そのあとは俺も公式鯖で旧交を温め合おうと思う
「ロード……ん、なんだこれ?」
Gボス直前のセーブデータをローディングし、待機しているところに一通のメッセージが届いた
「D.E.Mクエスト…?聞いたことないな。最後の特別イベントってやつか?」
そこに書かれていたのは『D.E.Mクエスト[こんな終わり方は認めない]が発生しました』という文字。ゲームは起動したが、まだサーバー選択の画面であるため、なにかしらのフラグを踏んだとは考えにくい
「そういえばサービス終了が1ヶ月延期してたらしいけど……このためか?」
なら運営が新たに仕込んだものに違いないだろう。このタイミングで出たということはなにかしら意味があるのだろう。そして先の公式の発表文と、このクエスト名からして……
「…ネタバラシ?」
とりあえず掲示板で確認を……いや、そんな時間はないし、本当にネタバラシなら先にやった人からネタバレを喰らう可能性がある
「どうせGボスも惰性だったし、やってみるか」
ということで『受注する』を選択
一瞬の浮遊感、どこかへ飛ばされていく感覚とともに意識が薄れていく。「凝った演出だなぁ」などと呑気なことを考えながらそれに身を委ね、そのまま意識が消滅した




