人型、羽
◇
この世界では、全てのものに名前が付いている
この名前は、この世界のどこでも同じ言葉で使われている。国を跨ぎ、大陸を跨いでも。何処かの島国と、遠く離れたジャングルの奥地の部族でも
その地によって俗称や方言はあるが、正式名称は全て共通である
この世界は、万物に「ステータス」が宿り、それを『鑑定』やそれに類似したスキルによって閲覧することができるからだ
どんな些細なものにもステータスは宿る。雑草に土塊に塵芥、目に見えない空気だったとしても
ステータスに定められた、それすなわち、神によって決められた名前。人々はそう信じ、その名前を使用する
しかしこの世界には、『鑑定』しても名前がわからないものがある
彼我の実力差が開いていたり、隠蔽がかかっていたり、もしくは別種類のスキルが求められていたりと、理由は様々だ
わからないのなら、わかるようになればいい
実力が足りないのなら、スキルを鍛えて実力を上げればいい
隠蔽がかかっているのなら、看破系のスキルを使えばいい
要求されるスキルが違うのなら、その専用のスキルを入手すればいい
もしくは、時の賢者によって解明されていたのなら、それが記された書物を探し求めればいい
識ろうとし続ければ、いつかはわかるだろう
人々は知りたがる。神によって与えられた名前を使ってあげられないなんて、可哀想ではないか
だが、しかし……………
この世界には、『鑑定』が反応しない存在がいる
なんらかの原因で鑑定が失敗したとしても、なにかしらの表示は出るはずなのに
『鑑定』はステータスを宿す存在相手なら、必ずなにかしらの反応を示す。それが雑草や土塊や塵芥、目に見えない空気だったとしても
『鑑定』の反応しない存在………
それが意味するのは、ヤツらにはステータスがないということ
人々は恐れる、ステータスを持たない存在を。神の認知しない異物を
ヤツらは一体何者なのか。触れていいものなのか。神と敵対する邪神の眷属なのではないだろうか
ヤツらの名前はわからない。わかることは決してない
そのため、人々はヤツらをこう呼ぶ────
────────「怪物」
◆
「「「「「っっっ!!?!!?」」」」」
おもむろに立ち上がった悪魔が翼を広げた瞬間、場の空気が一変する
生暖かいようで刺すように冷たい、ねっとりと絡みつくようでサラサラとしている、轟音が迫ってくるようでなんの音もしない………
なんとも形容し難い、言語化し難い異様な気配が場を支配した
おいウソだろ…!?
これも『公式鯖』限定のルートかよクソッ…!!
「ヒヒ、ヒヒヒハ!!終わりだぁ!貴様ら全員終わりだぁ!!ヒハハハハ!!!」
「なんだ…!?第二形態か…!?」
「おええ、なんだこれ……これも幻覚か…?」
「頭がフラフラする……なのに真っ直ぐ立ってられる……逆に気持ち悪い……!!」
「三半規管がぶっ壊れたみたいに視界がぐるぐるしたと思ったら普通に戻るを繰り返してる……すごく気持ち悪い……!!」
「ゾワゾワがやばい……背骨取り出して丸洗いしたい……!!」
「地面は全く揺れてないのに、動いてるように感じる……!!」
「君………異端だよね?」
「なんどでーも♪」
「いや地動説を主張したいわけではなくぅ……」
自暴自棄になった悪魔が壊れたように笑う
初見のプレイヤー達はこの緊急事態を正しく捉えることができるはずもなく、呑気にアトラクション感覚で楽しんでいる
これは、まずいかもな……
「お前ら何やってんだ!!早く伏せろ!!」
「お、新しい指令来た!!」
「はい!伏せまーす!!」
「手足を引っ込めて丸くなれ!!召喚獣は送還しておけ!!」
「手足を……つまりこうだな?」
「Oh ! Japanese DOGEZA !」
「一体何が起こるってんだ?」
「あの野郎やりやがった…!!とんだ命知らずだ…!!地上で翼を出すなんて…!!」
「ヒヒ、死ね…!死ね…!全員、魂を食われて消えてしまえ───」
この世界には、犯してはならない禁忌がいくつか存在する
余所者からしたら何故それが?となるようなものばかりだ
その内の一つに、「人型のものに羽をつけてはならぬ」というものがあり………
目の前の悪魔は今、その禁を破ってしまった
ずりゅん
「「「「「んなっっ!!?」」」」」
全てを諦めたように笑い続ける悪魔が、突然何かに包まれた
地面から生えてきた、白くぶよぶよとしたおぞましいナニカに、一口で飲まれてしまったのだ
ヤツの姿を言い表すなら…………「グロテスクチンアナゴ」だろうか
「なに、あれ………白いワーム……?というより、細長いウジ虫……?」
「うわぁ、フ◯フルみたいでキッモ」
「気をつけろ、あれは「怪物」だ」
「怪物…?怪物ってよりか化物って外見してるけど」
「好きなように呼べばいい。なにせヤツには、名前がないからな……」
「名前がない…?どゆこと…??」
「ヤツらにはステータスがない。世界に認められていないヤツらのことを、「怪物」って呼んでんだ。この世の理は通用しないと思え……」
「「「ステータスがない!?!?」」」
「それってゲームとしてどうなん…?」
ステータスを持たない存在、「怪物」
その中でもあの白ブヨグロアナゴは有名で、人間界では「盲目ミミズ」と呼ばれているな
口径1m、全長はわからない。身体のほとんどが常に地面の下に隠れているからだ
一見ワームのように見えるが、それは頭部だけ。胴体はまるで潰されたように平べったく、その白い皮膚も相まって一反木綿のような体型をしている
口の中には、鉤爪のような形をした太くて短い牙がズラリと並んでおり、唇の代わりに牙を閉めることで口を閉じる。閉じた時は切り分けたピザみたいな見た目だ
すっごいキショい
「盲目ミミズ」は、人型に羽を生やした存在が地上に現れるとどこからともなくやってきて、そいつを食ってしまう
そのついでに、周りにいる似たやつらも食っていく
こいつは呼び名の通り目が見えないらしく、疑わしきは食せよの精神で食ってきやがる
あんのアホ悪魔…!!
散り際に布瑠部由◯由◯していきやがった…!!
「身体を丸めて石になりきれ!!人の形をしてると知られたら食われるぞ…!!」
「段ボールに隠れてもいい?」
「まず段ボール自体ないだろw」
「木箱ならあったよ」
「なんであるんだよww」
「こちらスネ◯ク!……で、味は?!」
「深海魚みたいで意外と美味しいんじゃない?」
「ふざけてる場合じゃないぞ!!油断するなよ?ヤツに食われたら最悪……………二度と生き返れなくなるんだぞ…!!」
「はへ…?二度と生き返れなく………ってキャラロストォ!!?」
「ちょっ、それは聞いてないっす!??」
「うっそだろ!?俺は石俺は石俺は石………」
「俺は木箱俺は木箱俺は木箱………」
「ちょお笑わせんで?今真剣なんだから!」
「俺だってガチ真剣だわ!!」
あのグロアナゴの口の中、あそこからは「なんでも溶かす唾液」が分泌されていると言われている
ヤツに食われたら最後、魂の加護が順々に破壊され、終いには魂も溶かされ食われてしまうのだ
これが『ソロ鯖』ならジェノサイドモード同様、直前のセーブデータをロードするだけで済む話だ
だが、ここ『公式鯖』じゃ取り返しがつかない
自分がキャラロストするだけじゃなく、NPCまでロストする危険がある
「キャラロスト……悪魔が羽生やしたから……あっもしかして」
「なんか気づいたか?」
「これって、コオロギが言ってたタブーの一つじゃね?あの悪魔コスの女がコオロギにブチギレられてた理由」
「あ〜〜〜!!そんなんあったな!!」
「いやいや、あんな簡単な条件でキャラロストとかキツすぎるだろ……」
まあそんなビビるこたぁないさ
アイツは目がほとんど見えてないらしい。こうやって丸まってれば、すぐに去っていく
ふざけてチキンレースとかでもしない限りはな
「うわ、やべぇ来てる来てる…!」
「おぉぉ…近づかれるとゾワゾワがさらにやばい……」
「これほんとに大丈夫なんだよな?食われないよな?」
「やっば、コオロギめっちゃ見られてんじゃん……」
「………………え?」
気づけば、グロアナゴの円形の口は俺の頭上まで迫っていた
口を開き、まるで匂いを嗅ぎ回るように浅く呼吸を繰り返している
ちょっ、いや、なんで…!?
またこれも『ソロ鯖』との違い…!?
というかなんで俺…!?一番離れた位置でいち早く石になりきってたのに…!?
クソッ!!なんでこう毎回毎回イレギュラーが起こるんだよ……!!!
1話目から伏線を仕込んであった「怪物」、ようやく登場です




