負けようがない戦い
「ピィィィ……!!」
自身の数十倍もある敵を前にしても全く怯まず気炎を上げるは、手乗りサイズの赤いヒヨコ
気炎っつーかもう全身からメラメラ火が出てるんだけど。既にあのブッ壊れバフを発動し臨戦態勢だ
「ヴウウゥゥゥ……!!」
対するは、リアルのヒグマの2倍はあり、もはやインドゾウ並みの体格を持った巨大なクマだ
目の前の小さなヒヨコを全く侮らず、対等以上な相手と判断したようだ。身を低くし、人間の本能が警告を鳴らしまくる低い唸り声をあげている
身を低くしてるってのに、顔が俺の頭上よりも高い位置にあるんだが
体格差は歴然
もしリアルなら、クマがヒヨコをプチッとやって終わりだろう。戦いにすらならない
しかし、ここはリアルではなくファンタジーだ
ファンタジーじゃインドゾウ程度の体格では、ネズミの電撃で気絶させられたりガスで2秒で倒されたりと、簡単にしばかれてしまう
ファンタジーでは時に、というか頻繁に、体格差というものは機能しなくなるのだ
ここはゲーム。ゲームの世界でものを言うのはタッパのデカさじゃなくて数字のデカさである
まあステータスが互角だった場合は体格勝負になっちゃうけど
そして、アカハネとマーダーベアのステータスはほぼ同格。ボスということもあって少しマーダーベアが勝るくらい
といっても、ステータスの形は全然違う
マーダーベアはほとんどのステータスが均一なバランス型なのに対し、アカハネはINTとMNDが異様に突出している特化型。近距離には弱いが、遠距離戦なら無類の強さを発揮する
この勝負、自分の得意を押し付けた方が勝利するだろう
「ゴァッ!!」
しばらく睨み合いを続けていた両者であったが、先に動いたのはマーダーベアだった
(正確にはアカハネが先にバフを使っていたが)
マーダーベアはアカハネに向かって猛ダッシュ。一気に距離を詰めていく
非常にシンプルな突進。しかしその4tにも及ぶ巨体から繰り出される突進はそう簡単には止められない
鋼鉄のフルプレートを纏った重騎士ですら跳ね飛ばし、拘束や阻害も無理矢理引きちぎって猛進する
止めるには、顔面にハンマーをクリティカルでぶち当てるくらいしなくてはならない
「スゥゥ…ッ、ピィッッ!!」
それに対しアカハネは、マーダーベアが走り出してから一拍置いて、ドデカい火炎のブレスを放った
4tの巨体にスピードが乗り、急停止や方向転換がそう容易にできなくなったであろうタイミングを見計らっての攻撃だ。よく考えられている
アカハネへと一直線に爆進するマーダーベアと、そのクマに一直線に伸びるブレス
両者は真正面から激突する、かに思われた
「ガゥッ!!」
なんとマーダーベアの軌道が、横へズレた
その太い手足がもつ尋常じゃない筋力によって、自身の巨体を無理矢理斜め前へ跳ねさせたのだ
そう、マーダーベアの恐ろしいところは、この俊敏性、瞬発力だ
顔面ハンマークリティカルをしようとしても、予備動作の大きい攻撃は簡単に避けられてしまう
もちろんマーダーベア側も無消費とはいかない。こんな芸当をするのだ、スタミナをゴリっと消耗する
しかし、マーダーベアはスタミナも大量にある。そこそこの痛手ではあるが、致命的とまではいかない
「ゴアァ!!」
「ピ、ピィッ!!」
真っ直ぐに伸びるブレスの真横を走り、マーダーベアは尚も距離を詰めていく
だがアカハネは、それへなんの反応も返せない。ただブレスを放ち続けるだけだ
もしかして、中断できないのだろうか?
「ガァッ!!」
反撃にも移れず、ただ置き物のようにブレスを放ち続けるしかできなくなったアカハネへとマーダーベアが急接近し、残り5m
あと1秒後には、クマの巨体に轢き潰されてミンチになる哀れなヒヨコの姿が幻視され…………
「ピィッ!!」
「ゴギャガッ!!?」
ギュリンッ!!
と、アカハネがいきなり横を向いた
当然のように、アカハネの口から出続けているブレスも横を向き、今まさに牙を剥いて小さなヒヨコを噛みちぎろうとしていたマーダーベアの顔面に直撃した
動けなかったのではない、あえて動かなかったのだ
「ブレスを吐いている最中は動けないし中断できない」と相手に誤認させ、偽の隙を見せることで相手にもっと大きな隙を出させたのだ
なかなか肝の据わった作戦だ
最初に避けられた時に反射的に追いかけたくなるのをグッと我慢し、本当に避けられないだろうタイミングが来るまでじっと耐えていたのだ
もし避けられたタイミングで動いて当てようとしていれば、そのまま横に跳ばれてさらに避けられていた可能性が高い。仮に当たったとしても腕や背中で塞がれて、顔面に直撃することはなかっただろう
ギリギリまで引きつけたからこそ、マーダーベアの不意をつけたのだ。あとちょっとでも遅ければやられていたのはアカハネのほうだっただろう
「ピィィッ!!」
「ガァゥッ!?ゴガッ!?」
「ピィィッッ!!」
「ガギャァァ!?」
超高温の炎が顔を襲い、マーダーベアは両腕で頭を庇おうとする
しかし、前腕を両方とも持ち上げた結果、立ち上がる姿勢になってしまう。もう一つの弱点、腹部を敵へ曝け出す形になってしまった
それを見逃すアカハネではない
顔への追撃から下に切り替え、腹にもたっぷりと火炎放射を浴びせてやった
「ゴアァァァァ!!?!?」
「ピィィィィ!!!」
マーダーベアは半狂乱になり、どうにか火を消そうと巨体でゴロンゴロン転がりまくる
しかし、不死鳥の炎はそう簡単には消えない
むしろゴロゴロ転がりまくってるせいでアカハネに全身を満遍なく焼かれてしまっている
あの〜〜……そいつ、怯まないスタンしないダウンしにくい、「重量級」って言われるタイプの敵なんですけど……いとも容易く完封しないでもらえませんか?
いやまあ、初撃を当てるのが大変だったけども
たしかに、いくらアカハネのブレスがチート級に強力でも、あの不意打ちがなければあそこまで怯みはしなかっただろう
これはアカハネの作戦勝ちだな
「ガァァァ!!!」
「ピィ…?」
しばらくでっかい火だるまになっていたマーダーベアだったが、突如その全身を水が覆った
その水は全身の炎を消し、アカハネのブレスを遮る……いや、全部遮れてはなかったけど、アカハネがブレスを中断して様子見に入ったことで、間接的に防いだことになった
パシャッと水球が解ける
中からは、全身真っ黒焦げになった満身創痍のクマさんが出てきた
しかし、戦意は全く削がれていない。むしろ怒りでマシマシになっているといったところだ
「ゴルルル!!」
真っ黒になった毛皮の背中に、青い紋様が浮かび上がる
体力が半分以下になったことで起こる形態変化、魔法の解禁である
「ゴァッ!!!」
「ピィッ!!!」
マーダーベアの口から、水のブレスが勢いよく放たれた。たまたま間にあった木をブチ破り、アカハネを一直線に狙う
迎え打つように、アカハネからも炎のブレスが放たれた。二つのブレスが衝突し、押しあい状態になる
炎vs水。圧倒的な相性不利である
古今東西、四大元素でも五行思想でも火は水に負けるということは共通認識なはずだ
だというのに、火炎のブレスは水に呑まれず拮抗し、そればかりか押し返そうとしていた
これがバランス型と特化型の差、バフなしとありの差なのだ
「ゴルルッ!!」
「ピィッ!!」
勝ち目がないと見るやマーダーベアはハイドロポ◯プを切り上げ、すぐに横へ跳んで炎を回避した
すでにブレス中も動けることはバレているので、アカハネはブレスを動かして逃げるマーダーベアを狙い続ける
だが、マーダーベアはさらにスピードを上げてブレスから距離を放し、アカハネの方へゆっくりと迫ってきていた
よく見れば、マーダーベアの腹側が緑色に光っており、四肢に風のようなエフェクトを纏っている
「ゴァッ!!」
マーダーベアが前腕を薙ぎ払うと、風属性の魔力を帯びた爪が四本の斬撃波を作り出す
[ウィンドマンティス]のものより小さいが、威力は倍以上ある。喰らえばアカハネはひとたまりもない
そんな危険なものが、アカハネへと迫ってきていて………途中でブレスに呑まれ、消滅した
「ガァッ!!」
「ピィッ!?」
しかし、アカハネが斬撃を撃ち落としている間にマーダーベアはさらに距離を詰めており、慌ててブレスでマーダーベアを狙うも、当然のように逃げられて牽制にしかならない
距離を詰められたら負ける。そのことがわかっているからこそ、アカハネは接近を止められない状況に焦りを感じていた
一度落ち着いてブレスを中断し、体勢を整えてブレスを放ち直す。しかしそれは水のブレスで相殺されてしまう
しばらく押し合いが続けばアカハネが押し勝てるのだが、マーダーベアは早々に切り上げて回避し、またブレスから逃げながら距離をじわじわと詰めてくる
「ピィ…ッ!!」
合間合間に挟まれる風の斬撃も無視できるものではなく、絶対に撃ち落とす必要がある。しかしその隙に距離を一気に詰められてしまい、ピンチが大きくなってしまう
このままではジリ貧だ
そこでアカハネは、二つ目の手札を見せることにした
「ピィッ!!」
再度ブレスを中断し、また向きを直して放つ
しかしそれはマーダーベアを直接狙ったものではなく、進行方向を妨げるように放たれていた
マーダーベアの反射神経ならブレスに自ら突っ込むような醜態は晒さず、直前で反転して逆方向に走り出すだろう
予想通り、マーダーベアはブレスの手前で向きを変え、地面を強く蹴ってブレスから離れようとして………
「ゴガッ!?」
ガクン!と、マーダーベアの体勢が崩れる
よく見ればマーダーベアの左脚に、炎でできた太い蔓のようなものが巻きついていた
通常時なら歯牙にも掛けない拘束。速度の乗った巨体はこの程度では止まらず、そのまま引きちぎって猛進していただろう
しかし、方向転換しようとスピードを落としたタイミングを狙われ、さらに手足に風属性を付与していたことも仇となった。炎の蔓は強力に足を締め上げる
「ガァッ!!」
幸いにも引きちぎることには成功したが、スピードはガクリと落ちてしまった
そこへ二本目三本目の蔓が襲来し、マーダーベアの手足を拘束しにかかる
マーダーベアはなんとかそれらを引きちぎり、振り払おうとしていたが、完全に動きが止まってしまった
まずい、ブレスが来る…!
マーダーベアは一瞬で思考を巡らせる
水のブレスで迎え打つのは悪手だ
自分は相手と違って、ブレスを放っている最中は動くことができない。相手のブレスを相殺しながら拘束から逃れることができないので、そのまま押し切られてやられてしまう
この際、攻撃を受けることは甘んじて受け入れよう。ダメージを最小限にするにはどうすればいいか
おそらくそう考えたのだろうマーダーベアの出した結論は………
「ゴァゥ!!」
巨大な水球で自身を覆うことだった
炎のブレスを防ぎ切ることはできない。だが威力を弱めることはできるだろう
その間に炎の蔓を水で弱め、一気に脱出して体勢を立て直すつもりなのだ
だが、飛んできたのは炎のブレスではなかった
「ピィィィ!!!」
「ゴァ!?」
アカハネの全魔力が注ぎ込まれた、V字の炎が形成される
今のアカハネが使える最大威力の技、『バーニングストライク』だ
直撃すればあんな水球では威力を削りきれず、体力が消し飛ぶだろう
狼狽えるマーダーベアの元へ、チャージの完了したV字の炎が飛来し………
───ドムンッッ!!!!
大爆発
マーダーベアの巨体は、一瞬で爆炎の中に隠された
「ピ、ピィィ……」
魔力を使い果たしたアカハネは、目を回してその場にコテッと転がった
明らかな隙だ。だがもう警戒すべき相手はいないのだ
いない、はずだった
「───ゴアァァァァ!!!!」
爆炎の中から、死んだと思われたマーダーベアが姿を表す
その体はすでにボロボロだったが、まだ辛うじて体力が残っていたのだ
アカハネには誤算があった
一つは、『バーニングストライク』の威力が不十分だったのだ
『バーニングストライク』は魔力を注ぎ込むほど威力が増していくスキル。しかし直前までの攻防で魔力を消耗していたため、注ぎ込める魔力が少なくなっていた
もう一つは、マーダーベアが直撃を避けていたのだ
あの瞬間、炎の蔓を引きちぎり、持ちうる尽力を全て使って跳んでいた。爆風には巻き込まれたが直撃は避けたため、体力が削り切れることはなかったのだ
「ガァァァ!!!」
「ピッ───」
振り上げられた巨大な腕を、魔力切れ状態のアカハネにはどうすることもできず、そのまま叩きつけられる
小さなヒヨコはべちゃりと潰れ、クマの手の隙間からポリゴンが漏れる。アカハネは一撃で体力が全損し、〈戦闘不能〉になってしまった
この勝負、マーダーベアの勝利だ
………と、言いたいところなのだが
「……ガ?ゴ、ゴギャァァァァ!!?!?」
潰れたトマトのように飛び散った赤いポリゴンが、巻き戻るかのように集まってゆく
ポリゴン状になったマナ結晶の粒子は巻き上がり、いつのまにか火に転じ、クマの腕を包んで大きく燃え上がる
慌てて腕を水で包んで消火するマーダーベア
腕に付着した炎は鎮火できたが、叩きつけた手のひらの下から押し上げるように燃える炎は消える気配がなく、水に包まれているというのにその勢いをさらに増していく
やばいと思ったマーダーベアが飛び退くと、炎の中から1匹のヒヨコが産まれてきた
「───ピィ!!」
不死鳥にデフォルトで備わっているパッシブスキル、『再誕の炎』
自身か自身のパーティメンバーが〈戦闘不能〉になった際、自動で発動される蘇生スキルである
超強力な攻撃技で忘れそうになるが、アカハネは不死鳥。残機が無限なのだ
最初からマーダーベアに勝ち目は無かったのだ
さらに、『再誕の炎』はこれで終わりではない
『再誕の炎』が不死鳥自身に使われた時………
「ピィィィ……!!!」
約10秒間、HP,MP,STが超高速回復する
復活したばかりだというのに、アカハネはすぐさま『バーニングストライク』のチャージを始めた
先ほどの比ではない、魔力が回復するはしから注ぎ込んでいるため、えげつない威力が出るだろう
「ゴァァッ!?」
マーダーベアはその危険性を肌で感じとり、猛ダッシュで距離を離して避ける準備をする
しかし、アカハネはお構いなしにチャージを続ける
アカハネの意図に気づいたマーダーベアがすぐに振り向き、水のブレスを放ってアカハネの行動を阻止しようとする
しかし、一歩遅かった
「ピィッッ!!!!」
最大限魔力を注がれたV字の炎が、勢いよく発射される
それも、マーダーベアのいる位置とは全く別の方向……………ボスエリアのど真ん中へ向けて
────ドゴムッッッ!!!!!!!!
破壊的な熱量と圧力が、ボスエリアの全領域を埋め尽くす
何処にも逃げ場のない爆発に包まれ、マーダーベアの残り少ない体力は文字通り消し飛んだ




