間話 等身大の青血
「私なんか………」
「しょーがない子ね〜。おねーさんに任せなさいな!」
小さく縮こまり、自身へ呪詛の念を吐き続ける
そんな私を前に、目の前の少女は手のかかる子でも見るかのような目を向けてくる
…………うんち音頭を踊りながら
するとおもむろに、その細く短い腕で腕まくりするような仕草をする
何をするのかと思いきや、いきなり私の隣に近づいてきて………
「……………え?」
「よしよし、いい子いい子」
「あ、あの、これは………?」
「気分が落ち込んだときは、頭を撫でるといいんだよ?知らなかった?」
「でも、何故…………」
「ほらほら、遠慮せず存分に癒されるといいよ!」
「何故……………私が撫でる側なんですか???」
気づいたら、私の左手は少女の小さな頭の上に乗せられていた
今の私が言うのもなんですが………
こういうのは普通、慰められる側が撫でられるものでは??
「ん〜〜……アニマルセラピー?」
「アニマル!?」
「可愛いものを愛でたら心が安らぐでしょ?」
「それでいいんですかあなたは!?」
「お腹わしゃわしゃする?」
「はうっっっん゛ん゛ん゛!!!結構です!!!」
私の手のひらに頭頂部をぐりぐりと押し付けていた幼女が、私の胴と太ももの間にゴロニャンッと身体をねじ込んできた
「私が誰かに媚びるなんて滅多にないからね。自慢していいよ?」
上目遣いでこちらを見ながらも「甘えてやってる」と言いたげな、あくまで自分が上という態度も
思わせぶりな態度をとりながらも懐いてる様子の全くない仕草も
まるで大きな猫のよう
「全く気にしないでいいってわけじゃないけど、9割がたはあいつら自身のせいだよ?」
「………へ?」
「おっぱいちゃんはあいつらの本性を剥き出しにさせただけ。人間性の包茎手術ってわけ」
「え………?」
「かわいい偶像がいなくても、いつかは同じようなことをやらかしてたよ?美少女に見惚れて事故るようなやつは、どうせ余所見運転の常習犯よ」
私の膝の上で勝手にくつろぎだした少女が、おちゃらけたトーンはそのままに真面目な内容を語りだす
ちゃんと聞いてたんですね、私の独り言を………
てっきりうんちうんち連呼してるだけかと………
「ん〜〜〜責任感じちゃう気持ちはわかるよ?私も似たような経験いっぱいあるし」
「えぇ………?」
「君を見てると昔の自分を思い出すよ。私はそんなクソザコメンタルじゃなかったけどね」
「はぁ………」
「いい子ちゃんにしてたらなんでも上手くいくって思っちゃうよね〜。私も昔はそうだったわ〜」
「んん………?」
「勝手に慕ってくるアホの面倒まで見なきゃいけないって思っちゃうやつ。なまじ能力があってなんでも完璧にこなせちゃう分、うまくいかないことは私の能力不足だって思っちゃうんだよね〜」
親身になって共感してくれているようにも思えるが、声色のせいもあって適当を言っているようにしか思えない
こんな人が、昔はいい子だったなんて到底思えないですし
「上っ面だけで人を判断するようなヤツってめんどいよね〜」
「うっ………」
ドキリとする
今まさに、テトロさんのことを上辺で判断しようとしていた
彼女のこと、なにも知らないのに………
「そこで私は、自分を偽るのをやめた!」
「え……?」
「偽った自分を好かれるより、本当の自分を見せて嫌われる方が億倍マシだって気づいたんだ」
「偽った自分………」
「これに気づくのに10年近くかかったよ〜。この超天才テトロちゃんともあろうものがね」
好かれるよりも嫌われる方がマシ。そんなことあるのだろうか
と、1ヶ月前の自分ならそう思っていただろう
上辺だけを好きになられて、私自身を全く慮らない「好き」もあると知った
私はもう、誰かに好きになられることが怖くなってしまった
「恋と愛の違いって考えたことある?」
「え?」
「ほら、「恋は下心、愛は真心」って言うじゃん」
いきなりの話題転換に少し戸惑う
でも、話の流れからして全く無関係ではないと思えた
しかし、私の返答を待たずに少女は自論を語り出していた
「恋ってのは、「相手の好きなところ、良いところだけを見る」だと思うんだよね。で、「嫌いなところ、悪いところ」は、見ない。見て見ぬフリをする」
「…………」
「もしくは、都合よく解釈する、擁護する。『そこもまた◯◯ちゃんの魅力だよね!』『◯◯ちゃんは悪くないよ!』とかほざいて味方ヅラしてくる」
「あ………」
思い当たる節がある
脳裏にあの人たちの醜態がよぎる
「全肯定こそが正しい「好き」の形だと本気で思い込んでるのさ」
「………」
「「ガチ恋勢」ってネーミング、なかなか皮肉が聞いてて面白いよね〜」
「………」
「あいつら頭の中で「理想の推し」を作り上げんだよ。で、理想がどんどん膨れ上がって先行して………最終的に、本人相手に「解釈違い」を叫びだすアホンダラまで現れる」
私は一言も発せず、彼女だけが一方的に喋り続けている
でも何故だろう………私の方が、愚痴を聞いてもらっている気分になってくる
「あいつらほんとウザいよね〜。好きなとこしか見ない信者って、嫌いなとこしか見ないアンチとおんなじようなもんだからね!」
「………」
「味方のつもりで肩組もうとしてくるし。味方気取りの敵よりも、ガッツリ敵なアンチのほうがまだマシだよ」
「………」
「ヤマアラシのジレンマって知ってる?2匹のヤマアラシが身体を寄せ合って寒さを凌ごうとするけど、近づきすぎるとお互いのトゲが刺さって離れちゃうの」
「………」
「でも離れすぎると寒い、近づきすぎると痛い。そうやって何度も近づいて離れてを繰り返して、ちょうどいい距離感を見つけだすって話」
「………」
「これ、人間関係の距離感にも例えられてるんだけど…………信者ども、トゲとかお構いなしに近づいてくるんだよね」
「………」
「『あいつはトゲだらけだ!』ってハナから近づいてこないのがアンチ。信者は『トゲなんてない!』とか言ってブスブスぶっ刺さりながら近づこうとしてくるんだよね。お前のトゲも刺さってるっつーのに」
「………」
「そういうやつにはわざと眼球にぶっ刺してやるんだけど、それで反転アンチになったら良いほう。やべーやつはそんだけやってもまだ気づかない」
「………」
「そんなバカの処理ってクソめんどいんだよね〜。私はチート使えたからよかったけど」
「………」
今も尚おちゃらけた声色と態度は変わらないのに、その内容に深い重みがある
もしかしたら、彼女は私以上に酷い経験をしてきたのだろうか……?
「「恋は盲目」、「恋に恋する」とかよく言うよね〜。相手が好きなんじゃなく、相手を好いてる自分が好きってね」
「………」
「有名人のファンであることをブランドかなにかみたいに扱ってんのよ。私ミーハーってきらーい」
「………」
「んで、愛はね………「好きなとこはちゃんと好き。その上で嫌いなとこもちゃんと見る」。そういう人」
「………」
「嫌いなとこを見てもなぁなぁにせず、ダメなことはダメだと叱ってくれる。………叱るのは過干渉すぎか。問題視してくれる人だね」
「………」
「人には良いとこもあって、悪いとこもある。それをちゃんと理解して、相手の全てを見れる人こそ、愛だと思うな」
「………」
「世の中にはね〜、善と悪の二極端でしか判断しない輩が多すぎる。混ざり合ってたり、両方併せ持ってたり、どちらとも言えなかったり。そういう中間が考えられないんだよね」
「………」
「理屈ではわかってるやつもいるけど、無意識にどっちかにグループ分けしだすんだよね〜」
「………」
「そういうのは、複雑な判別がまだできないキッズ向けの作品内でしか通用しないのに、大人になってもその価値観のままのやつがいっぱいいる。現実じゃア◯パ◯マ◯も悪いことするし、バイキ◯マ◯もいいことする」
「………」
「それが理解できないバカばっかで困っちゃうよね〜。良い人は良いことしかしなくて、悪い奴は悪いことしかしないと思ってんだよ」
「………」
「もし良い人が悪いことしても、『あの人があんなことするハズがない!』『なにか訳があるはずだ!』『これにはこういう事情もあるから、仕方なかったんだ!』とかこじつけだす」
「………」
「逆に悪い奴が良いことしても、『あいつがあんなことするわけがない!』『なにか裏があるはずだ!』『あれにはああいう側面もある。あいつは偽善者だ!』って、こっちでもこじつけが起こる」
すごく理解できる
なんでも話を曲解して、自分の中で物語が完結してるから、こっちの説得が全く効かない人たち
そういう人に振り回されてきたんだ
「しかもそいつら、こう言ってやっても自覚がないんだよな。『いるいるそういう奴』とか言って、自分のことだと思ってないんだよ」
「………」
「こんだけ言っても、『あれ?自分もそうなんじゃないか?』って思えない、お前のこと言ってんだぞ」
「………え!?」
いきなり矛先がこちらを向く
たしかにさっきまで、あの人たちに当てはめて考えてばかりで、自分のことは微塵も考えてなかった
そんなこといっても、思い当たることは………
少なからず、ある
「いつも迷惑ばかりかけているあの人たちだから、今回の行動も誰かの迷惑になっているだろう」なんて思ったことは数知れない
起こしたことは問題ばかりだけど、私への善意で動いてくれていたあの人たちを、私はずっと厄介者として扱っていた………
「誰でも、というか全員がそうなる可能性があるからね。常日頃から自分の言動は振り返りなよ?悪意ない言葉だったとしても、それが悪かどうかは受け取る相手によるんだからね」
「はい………」
「これ見てるお前らもだぞ?なに他人事みたいな面して読んでんだ?」
「………?」
いきなりテトロさんが、なにもない空間を指差して語りだす
誰に言っているんだろう?今は配信しているわけでもないのに……
「私はね、人の良いところも悪いところもちゃんと見て、距離感をしっかり弁えられる………いや、しっかりとはできなくてもいい。そうなれるよう努力できる人を集めてんだよ」
「………」
「そうだね、言うなれば………「ガチ愛勢」ってとこかな」
「ガチ、愛……」
「私のことを、「文武両道容姿端麗才色兼備な完璧美少女」でもなく「恵まれた能力で他人に迷惑しか与えないこの世の害悪クソチビ」でもない………「他の人よりめちゃくちゃスペックが高いだけで、ただのイタズラ好きなどこにでもいる女の子」って見てくれる人たち。まあ全部事実だけどね」
「………」
「私を無駄に巨人化しない、「等身大の私」がわかる人を探してるんだよね」
「巨人化……」
「愛がなにかを知ってる人を世の中から探し出し、ゴミ山の中から濾し取るために配信を始めたといっても過言じゃないね」
「………えっ?」
「ガチ愛勢」を見つけるために、配信者になった……?
私はてっきり、配信活動上の苦労話だと思っていたけど、それよりも前の話……?
「初見は帰れ!コメントすんな!って言ってんのに出しゃばってくる勘違いたちをポイポイしてんだけど、それでも登録者が10万人弱いるんだよね〜」
「はぁ………」
「そん中で、確実にガチ愛勢だって確信持てるのは100人もいないね。私記憶力もいいから全員覚えてるよ」
「すご………」
「残りの9万人はね〜、基本ROMってるから判別できんのだよね。ま、エゴサして勘違い信者をプチプチ潰してたら減ってくんだけどね」
「えぇ………」
あまりにもガチ恋勢を潰すことに徹底しすぎていて唖然とする
本質的には自分を好いてくれている人たちなのに、お構いなしに切り捨てられるんだ………
でも、優柔不断な私と違う、自分の意思を貫き通すその姿勢に憧れる
私もそれくらいハッキリとしていれば、あんなことにはならなかったのかな………
「あ、そうだ。君配信者なんない?」
「………………はい!?!?」
 




