間話 運命の黒い墨
◆side:フレイニ
どうしてこうなったんだろう
「全部、私のせい……」
あんな事件を起こしたというのに、私は性懲りも無くこの世界へ来ていた
私がしでかしたことの責任を取りたい
許されたいという気持ちはなく、ただ犯した罪を償いたい
でも、誰かに会うのは怖い
特にあの人たちのような、言葉は同じなのに会話が通じない人と会いたくない
そんな自分勝手で臆病な私は、再ログインした場所から街には戻らず、森を奥へ奥へと進んでいった
「私なんか、いなければ……」
いつものように教会のプライベートエリアに行けば、完全に1人になれる
でも、そこに行くまでに必ず誰かと遭遇する
今は誰とも会いたくない
あてもなく森の中を彷徨う
幸いにも魔物とは一度も遭遇しなかった
死んでリスポーンしたら、街へと飛ばされてしまう
しばらく歩いていると、森の中にポツンと、今にも崩れそうな小さな廃屋が建っていた
なぜこんなところに、などと思う心の余裕もなく、なんの疑念も持たずその中へ入っていく
おあつらえ向きに1人になれる場所
今の私にはそういう認識しかなかった
小さな部屋の隅でさらに小さくうずくまり、ボソボソと自責の念を吐き続ける
「私が……私があんなこと言わなければ……」
「ほんとそれなー」
私が考え無しに「空へ行こう」なんて言わなければ、あの竜に襲われることもなく、彼に助けられることもなかった
そうなれば、あの人たちが彼に暴言を浴びせることもなかった
なんの関わりもないのに見ず知らずの私を助けてくれた心優しい人が、理不尽に中傷されることはなかった
いえ、それ以前に、私が常日頃からあの人たちを制御できていれば
そもそも、クランなんて作っていなければ
事の発端は、私がこのゲームをやったせい。私なんていなければ、全ての騒動は起こっていなかった
「私は、存在しちゃいけないんだ………」
「それは彼氏君が悪いわー」
「全部、全部私が悪いんだっ………」
「うんうん、それもまたア◯カツだねっ!」
「私がいなければ、みんな不幸にならず、に……!?」
「エ◯ァにだけは乗らんといてくださ……あ、気づいた」
気がついたら、私の独白におかしな相槌を打つ存在がいた
驚いて飛び退き、声の発生源を探すと………
うずくまっていた私よりもさらに小さな少女が、yogib◯らしきソファに埋もれて寛いでいた
どこにあったのそれ……
「やぁやぁどもども初めまして!テトロちゃんだよ〜ん!!気軽にスーパー完璧超絶美少女って呼んでね!」
「えっ……なっ……えっ……?」
「座る?」
「い、いいです」
人をダメにするソファからヌルンッと降りた少女は、愛くるしくもどこか人を見下しているような表情でそう名乗った
もういろいろ突っ込みどころが多すぎて混乱状態だ
いつから?なぜ?どうやってここを?
「あの、いつから聞いていたんですか……?」
「えっとね、お姫ちゃんがすんごい卑猥なことを連呼してたあたりから」
「言ってませんけど!?!?」
「いやぁまさかあんなことまで言っちゃうなんて!配信閉じようか悩んだよ!大人しそうな顔してなかなかむっつりだね〜」
「とんでもない下ネタ言ったことにされてませんか!?!?」
のっけから彼女のペースに持っていかれる
聞きたいことがなにも聞けなかった
って、よく見たら頭上に「配信中」の文字が浮かんでいる……
今の私を、大勢の人が見ているんですね……
「あ、一旦配信切るね〜この子怯えちゃってるから」
「…………え?」
「『姫ちゃんを独占するなチビハゲ』誰がハゲじゃお前、節穴かぁその目は!フサフサのファサファサのホェソホェソなんですがーー!『アンダーヘアはハゲ』きもーーー!うざうざうざうざ配信切りまーーーー……したっ、と」
いきなりの配信終了宣言
リスナーと少し戯れ、半ば強引に配信が閉じられた
まさか、私に気をつかって……?
あんなに自己中心的で、「世界は私を中心に回っている」を体現してるかのような人なのに……?
ホェソホェソってなに……???
「さてと、おっぱいガール。私になにか聞きたいことがあったんじゃない?」
「おっぱ……!?」
「あ、下の毛の話はナシよ?」
「気になってませんから!!?」
手で胸と股間を隠し、身をよじるような仕草をするテトロさん
警戒せずとも、そんな貧相な身体に興味なんて全く…………あんまりありませんからっ!!!
「あの、どうしてここがわかったんですか……?」
「ダウジング」
「ダウジング!?」
見れば、テトロさんの小さな手には折れ曲がった2本の金属棒がミョインミョインとしていた
私は埋没品かなにかですか!??
たしかに埋まってしまいたいような気分でしたけど!!!
「そ、それで、なぜ私のところに来たんですか?」
「あれ?知らなかったの?君指名手配されてるよ」
「え…!?まさか、竜が原因で……」
「といっても、私みたいに悪いことしすぎたわけじゃなく、プレイヤーによる捜索願だけどね」
「捜、索……」
まさか、私を探しているのって………
「新設クラン、〈プリンセス救出隊〉。そいつらが出したプレイヤークエストだよ」
「その人たちは……」
「君のクランの元メンバー。一時的BANで免れたやつらがなんも反省せずにまた姫さまを求めてるってわけ」
「何故…………」
「滑稽だよね〜」
私が姿を見せていなくても、意味がないというの………?
一度狂ってしまった彼らは、もう元には戻らないというの………?
「全部、私のせいだ………」
「ん?」
「私さえいなければ、あの人たちが狂うことはなかったのに………」
「うんうん」
「あの人たちがおこした問題も騒動も迷惑も、全部私が原因………」
「うんうんうんうん」
「今更私がいなくなっても、狂った人たちは戻ることはない………」
「うんうんうんうんち」
「私なんて、最初からいなければよかったんだ………」
「うんちうんちうんちっち」
私が消え、「フレイニ」という存在が抹消されたとしても、あの人たちはいつまでも「姫」を求め続ける
私が狂わせなければ、彼らも真人間でいられたのに……
膝を抱え、自分を責め立てる言葉を吐く
こんなことやってもなんの意味もないけれど、こうでもしないとそのうち罪を忘れ、呑気に過ごす私が出てきそうで怖い
私は幸せになっちゃいけない
自分を呪い続けないといけないの
「だいじょーぶ?おっぱい揉む?」
「ないじゃ、ないですか………」
灰髪の少女が、その薄い胴体を差し出してくる
首から下は一寸も肌を出さない完全防備なのに、頑張って谷間を作ろうとしている
全く興味を唆られないその提案も、今の私には声を張り上げてツッコむ気力すらなかった
私はもう、誰かと楽しく話すことすら、罪悪感から逃れているとしか感じられないのだから………
「しゃーない、一肌脱ぎますか」




