余波
誰もいなくなったはずの十字軍の陣中に、おおよそ軍人の恰好ではない女が物陰からネロを見ていた。
彼女は王国の南部に存在するオラニエ共和国のスパイだった。
「まさか十字軍を壊滅させるとはね。」
しかし妙な感じがする、さっきネルファ人だと言われていたがどう見てもネルファ人の顔つきではない。
むしろ大陸や共和国の人間に似ている。
もしかして、カトリア王国人。
なるほど、そうなれば辻褄はつく。つまりここ一か月十字軍が戦っていたのはネルファ人ではなくカトリア人だったというわけか。わかってしまえばなんて馬鹿らしい。
…連れて帰るのが最善なんだけど、どうせ奴らもいるでしょうしね。
帰るべきだわ。これ以上ここにいてもリスクしかない。
そう決断すると彼女は森の中へ姿を消した。
タイミングのいいことに、異変に気付いた王国軍が彼女と入れ替わるように拠点にやってきた。そしてほどなくして、無残に殺されている十字軍の兵士のなかにネロを見つけた。
「おい、なんでこの放浪王子はこんなところで寝ているんだ。」
「ほんとだ。おい、誰か王子の部隊のやつを呼んで来い。」
「確かにあの馬鹿で間違いないです。」
ほどなくしてやってきたセドリックがそう言った。
「しかし、どうしてこんなにも敵が殺されているんでしょう?王子がやったわけではなさそうですし。」
「いや。おそらくこいつがやったんだろ。見てみろ、槍に血がついている。」
「そんなばかな。普段の生活からは想像もできませんよ。」
「たしかにこいつは普段から仕事を手伝わず一日中詩を作っているようなでくの坊だが。その詩のためにグラディウス山を一日で10往復するようなやつだ。弱いわけではない。」
「しかし、にわかには信じがたいですね。」
「まあ気持ちはわかる。しかし仮にも英雄カエサルの血を引いているんだ。それにこいつ自身も早く帰りたいと嘆いていた。もしかしたら俺の部隊とはぐれたのもわざとだったのかもしれない。」
「なるほど。能ある鷹は爪を隠していたというわけですか。」
「だといいな。どちらにせよこいつらを倒したのはこの馬鹿で間違いなさそうだ。王太子殿下への報告は俺が行こう。」
そういいながらセドリックは馬にまたがり王太子のもとへ駆けていった。
時間は進み王国の南部に存在する共和国のある屋敷の一室にて
そこには先日の女スパイがある男と話をしていた。
「…報告は以上です。その少年を捕獲できず申し訳ありません。」
「いや、ようやった上出来や。たぶんそいつ持ってきながら帰ろうとしたら死んどったやろ。生きて帰ってきただけ
儲けもんや。しかし、その男妙やな、皇帝がおらんかったとはいえ十字軍やぞ。」
男はこの間皇帝オルドーに突っかかっていた商人であった。
「・・・もしかして、そいつ聖遺物もっとったんとちゃうか。そんな若造が異常に強いとかそれ以外ありえへんやろ。」
「どういたしましょうか?」
「うちに欲しいな。それはこっちでどないかする。お前はとりあえずゆっくりしとれ。
…あと手が空いとる奴にそれを大陸中に流させろ。」
「承知いたしました。」
そういうや否や女スパイはどこかに消えていった。
「さて、考え物やな。しかし、不穏な情報が流れとる以上そいつはどうしてもほしい。大商人モーデンベルク様の腕の見せ所や。」
そういいながら、モーデンベルクは誰もいない書室で考えを巡らせ始めた。
それから一週間後の朝、カトリア王国首都カトリアの城にて
うーん。木漏れ日が気持ちいい。
このままずっと寝ていたい気分だ、でもこんなに朝日が昇っているならどうせすぐセドリックが起こそうとしてくるだろうな。
「おい、起きろ。」
ほらやっぱり来た、戦場の中で数少ない癒しなんだからもっと寝させてくれよ。
「おい。いい加減起きないと外に放り出すぞ。」
「外って、ここはそもそも外じゃないか。いいからもっと寝させてくれよ。」
「俺はセドリックとやらではない。というかここは家の中だ。」
「どういうこと?」
そこでやっと布団から起き上がった俺は声のする方を見ていまだかつてないほど驚いた。
なんと、そこには筋骨隆々なマッチョの不審者が全裸でこちらを見ていたのである。
「どちらさまー!!!!!!!??????」