絶体絶命
・・・・・・ウオォォォォォォ!!
位の高そうな男の号令にあたりの兵達は一瞬戸惑ったが、すぐに状況を理解し自分達の敵を抹殺しようと叫んだ。
「いったいどこから入って来おった賊徒め。」
「いや、わざとじゃないんです。」
「黙れ。覚悟しろ!!!!!」
この状況になると、さすがにネロにも状況が理解できた。
まだ何とか説得を試みたいが相手はまるで聞く耳を持っていない。
「戦うしかないか。」
彼はこれ以上は何を言っても無駄だと悟った。
しかし、この敵陣の真っただ中で生きおおせることもまた不可能に近いことも分かっている。
まさに絶体絶命の危機であった。
それでも生きたい。
たとえこの場の人間すべて倒してでも、たとえ五体満足でなくとも、生きて帰りたい。
そして、貧しくてもいいから詩を詠みながら穏やかな生活がしたい。
彼の思いは強烈なものだった。
その情熱をかける方向が違えば、世界すら股にかけるくらいには。
彼は再び王国に帰るために手に持った槍を握りしめ、敵を倒さんと走り出した。
全く最近なんでこう面白くない事が続くのだ。
いまだネルファ人が抵抗しているというのに皇帝オルドーは帰ってしまうし、一か月も続くせいで戦費もバカにならない。
それで連戦連勝ならまだよかったが膠着しているときた。
しかし我が国はまだ余裕があるが、聞いた話によるとほかの国は借金で首が回らなくなったところもあるらしい。
それに比べればまだましだろう。
「失礼します国王陛下。」
「うん?どうした。」
「はっ。どうやら陣中にネルファ人のスパイがいたらしく。」
「ふん。ネルファ人め汚い手を使いおって、そんなことを伝えに来たのか?さっさと倒せばよかろう。」
「それが、今拠点にいるもの全てで倒そうとしているのですがなにぶん手強く。
剣や槍で近づいたら瞬く間に倒され、弓やクロスボウで狙おうとしてもよけられて懐に入られる始末で。
既に4分の1が戦線を離脱しております。ここも危ないので避難の用意をと。」
「何を言っておる。仮にもネルファ人の本軍を一日足らずで粉砕した十字軍だぞ。
皇帝が不在とはいえいまだその力は健在だ。ええい、私自ら兵を指揮する。ついてまいれ。」
国王が外に出るとそこには予想だにしない光景が広がっていた。
「どういうことだ?わが軍はどこに行った?」
目の前には倒されたであろう兵士たちがあたり一面にうす高く積み上げられていた。
そしてその近くには少年とも青年とも見分けがつかない緋色の目をした甲冑の男が立っていた。
「おじさんは?僕と戦う気あるの?」
国王はすぐにはその言葉の意味がわからなかったが、たちまち赤面して叫んだ。
「黙れ!!誰が戦う前に降参するか。我こそは十字軍総司令官ブリタニア国お…」
彼はそれを言い切る前に自分の部下もろともその人生に幕を下ろすことになった。
「ふう…。これで最後かな。さすがに疲れた」
しかし奇跡とは起きるものだな。まさかあれを切り抜けられたなんて思わなかった。
いつもより体が動いたし火事場の馬鹿力というやつなんだろうか。
逃げて行った奴らも戻ってくることはないだろう。
これで安心して国に帰れる。
「お…おい。なんだこれ?拠点から逃げるやつが多いと思ったら。なにが起こったんだ。」
「僕が全部やったんだよ。おじさんは僕と戦う気ある?」
そこにいたのはさっきここを教えてくれたおじさんだった。
「う…うわあぁぁっ。」
彼は顔を真っ青にしながら逃げて行った。
「そんなおびえなくても。敵意がないなら殺したりしないのに。」
彼はそれを言ったきり地面に倒れ、泥のように眠ってしまった。