条件
部屋に入ると意識が戻ったネロとどこからか現れた全裸の変態が真っ先に目に入った。
そしてラシャとマイケルが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
しかし二人がその変態に驚いている様子はない。というか、そもそも気付いていないようにも見えた。そこで俺はこの変態がアテネのような存在であることに気付いた。
なるほど、だからこいつは他の人間に見えていないのか。
「いったいどうしたんだ。そこのメイドといいそんな驚いた顔をして」
「いや…ネロが起きていたものだからな。俺は大使と少し話さなければいけないことがある。少し席を外してくれないか」
俺がそう言うと二人は理解してくれたのか席をはずそうとしてくれた。
しかし、ラシャは俺の部屋から出ようとするとふと俺の方に向いた。
「あの…ネロさんのために何か料理を用意してもいいですか?」
「いいですよ。使用人はいないですが大丈夫ですか?」
「ええ。昔から料理は得意ですから」
まったく。この人はネロに甘いな。
ラシャさんは納得したのかマイケルに続いて部屋を出ていった。そして俺はそれを確認するとネロの方を見た。
ネロは確かに目を開けて上半身を起こしていたが意識があるのかないのか、何も言葉を発しようとしなかった。
そしてその口はだらしなく開いたままだった。
俺はネロの前にネロの目の前にかがんでいる変態と意思疎通をしようとした。
「おい変態。お前はアテネと何か関係があるのか」
変態はこちらを見ようとせずに一言だけつぶやいた。
「もうすぐ起きる」
「それはネロの事か?なんとか言え」
さらに会話することを図ったが変態がこれ以上話すようなそぶりはなかった。
仕方ないので俺は変態との会話を諦めネロの方を見た。
「おいネロ俺のことが見えてるか。なんか反応しろ!」
俺はそう言いながら肩をゆすったり頬を叩いたりするとようやくネロは我に返ったように反応した。
「痛い、痛いよ!…あれ、セドリックじゃん。てことは俺は帰ってこれたのか?」
「なにを寝ぼけてるんだ。はぁ…お前には聞きたいことが山ほどあるがとりあえずそこの変態は何だ?」
そして俺は変態の方を指さした。しかし、ネロは怪訝な表情をして見せた。
「なにって。アテネじゃん。たしかに服着てないけど何か着せてあげればいいのに」
「いや何言ってんだどう見ればそいつがアテネに見えるんだ」
そういいながらさっきまで変態がいたところを見るとそこに変態はおらず、代わりにアテネがいた。それも何もまとっていない姿で。
◇
僕の言葉を聞いたセドリックはアテネに黙って枕元にあったタオルを投げつけた。
アテネはそれを体に纏い、とりあえず全裸ではなくなった。
というか、なんだか体がすごく痛いんだがどれだけ動いてなかったんだ?
「なんだか体がバキバキなんだけど僕っていつから寝てたの?」
「およそ二週間だ」
なるほどね。道理でこんな体なわけだ。
僕がそんなことを考えているとセドリックは近くにある椅子に座りこちらを見た。
そしてフーッと息を吐いたと思うといきなり手を伸ばし、僕の頭をガシッと掴んだかと思うと自分の方に引き寄せた。
「いいか? お前が寝ている間いろいろなことが起こった。・・・・・・そこらへんはおいおい話すとしてとりあえずお前には聞いておかなければいけないことがある」
そしてセドリックは僕とアテネを交互に見た後言った。
「あの浜辺で起こったことについてだ。覚えていることすべてを話せ。一体どうやったら海を割ることができるんだ?」
「いや・・・・・・俺は」
「あれは私がやったんだ。ネロは何も知らない。何も悪くない」
僕の言葉を遮ってアテネがそう言った。
セドリックはしばらくアテネの方を見ていたがやがて僕の方をじっと見てきた。
「うん。あの時のことはあまり覚えていないんだ」
セドリックはしばらく考えるそぶりを見せ、やがて話し出した。
「正直言ってお前らが言っていることが本当かどうかはあまり重要じゃない」
「ただ、大使であるネロがこれ以上寝たきりになるのはこちらも困るんだ」
セドリックはそう言いながらアテネをじっと見た。
「わかった。私はネロに今後近づかない」
「いやお前俺から離れすぎると死ぬんだろ?俺が寝込んだのはお前のせいなのかもしれないけどそこまでする必要はないんじゃないのか?」
僕がそう言うとセドリックはこちらを向いたが、彼の顔は今までに見たことないくらい冷たいものだった。
「ネロ、これはもはやお前だけの問題じゃないんだぞ。確かにアテネは消えるかもしれない。しかしお前はお飾りとはいえ王国の大使だ。お前が二週間も公に姿を現さないことがどれだけ不自然かわからないのか?」
セドリックにそう言われ僕はぐうの音も出なかった。確かに遊びにも行かず寝たきりというのは不自然だっただろう。
「とはいえ、ここでアテネを追い出すのもリスクがあるらしい」
セドリックはそう言うとアテネに向かって二本指を立てた。
「俺から提示する条件を二つ飲めるのならこのままここに置いてもいい。できないなら俺はすぐにお前を追い出す」
アテネは全く予想していない事を言われたのかしばらくぽかんとしていたが、すぐに首を縦に振った。
「わかったなんでもする。条件はなんだ?」
セドリックは今度は人差し指を立てて条件を言い始めた。
「まず一つ目、ネロから半径二メートル以内に近づかないこと」
そしてセドリックはさっきタオルを置いていた棚に乗っているブレスレットを指さしこういった。
「二つ目、そのブレスレッドを常につけておくこと」
「このブレスレットは一体なんなんだ?」
「実はお前が寝込んでいる間、アテネのことを知っている奴が二人やってきた」
「一人はこの間の寺の住職易文さん。もう一人はその易文さんが言っていた例の群島の女神だ。そこで話した内容は今は説明しないが。二人が共通して言っていたのはもしアテネが再び現れたとき、ネロと話すのは危険だということだ」
セドリックはブレスレッドを手に取り、手でいじった。
「このブレスレットは守護神にもらった。正直あまり信用できんがないよりましだろう」
「本当は今すぐにでも追い出したいがそうしないのはこれが理由だ。わかったか?」
そう言うとブレスレットをアテネに投げて、アテネをじっと見た。
アテネもセドリックを見つめ返し、やがてこういった。
「わかった。絶対に約束を破らないことを誓おう」
「お前も、わかったか?」
ボケッとしながら聞いていると感づかれたのか軽く睨まれてしまった。
「うん。話はこれで終わり?そういえば僕二週間も寝ていたのか、さすがにおなかすいたよ。なんか食べるものない」
それを聞いたセドリックはさっきまでの冷たい顔から一転、ものすごく呆れた顔で僕の方を見てきた。
「全くお前は反省のかけらもないな…。お前にそれを求めるのが間違いか。ラシャさんがお前のために何か作ってくれているらしい。食べたいならさっさと行くぞ」
なんだって!ラシャが僕のためにご飯を作ってくれるなんて。いい花嫁になってくれそうだ。隣でセドリックに汚物を見るかのような目で見られたがそんなことは関係ない。
僕は飛び跳ねながらベットから出て部屋のドアを勢いよく開けた。
「やっと終わったか。いい加減立つのも疲れたぞ」
「うぉっ!なんでお前ここにいるんだ?」
勢いよくドアを開けるとドアの隣にマイケルがいた。
マイケルは豪快に笑いながらこう言った。
「わっはっは!色々あったんだよ。よく言うだろ、人生万事塞翁が馬って」
「なんだよそれ?」
「なにしてる。早く出ろ」
そんなやり取りをしているとセドリックとアテネもドアを出てきた。
「ああ、誰かと思ったらお前か…。悪いな、もう部屋に入ってもいいぞ」
「いや、お前らどこかに行くんだろ?暇だからついて行ってやる」
「おとなしくしてろ。・・・・・・そういえばさっき倒れてたメイドはどこに行った?」
「さあ?全然気にしてなかったから知らないな」
「……まあいいか」
◇
時を同じくしてモーデンベルクの屋敷
屋敷の主人モーデンベルクは執務室のソファに座っていた。
身に着けている物はいつもと変わらないのだがおかしなところがある。
彼はひどく老け込んでいたのだ。肥満気味な下っ腹は縮んだように見え、いつもパンパンに張った肌やしわでいっぱいになり、目には生気がなかった。
彼がそうなったのはおそらく精神的な疲労によるものだろうが、もし今彼を知らない人に彼が世界的な大商人だと言っても誰も信じないだろう。
それくらい、今の彼は存在感がなかった。
コンコン
不意に部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「誰だ?」
「モアナです」
「入れ」
モーデンベルクがそういうとドアは開き、そこには一人の女性が立っていた。
そのモアナと名乗った女はネロら王国の大使館のメイドであった。そして、かつて王国と十字軍の国境紛争で十字軍側に潜伏し、ネロのことを見ていた女スパイでもあった。
「何か起こったのか?」
「朗報です」
モアナはつづけた。
「ネロが目を覚ましました」
まず初めに投稿が遅れ申し訳ありません。これからは今まで通り投稿したいのですがまだ忙しかったりするので次回は土曜日になると思います。
いつもよりおかしなところが多いと思いますが許してください。