十字軍の召還
カトリア半島から東にはかつてアナトリコン帝国がその殆どを支配していた大陸が存在した。
そんな大陸のとある都市クベールにて半島の、世界の運命を変える会議が行われようとしている。
この会議には大陸の国家や有力な修道会の指導者、世界的な大富豪など、世界に影響力を持つ者達が参列していた。
会議が行われる教会の廊下を歩く彼も例外ではない。
強面の顔に立派な上げひげ、そして見るものを圧倒する鋭い目つき。
明らかに只者ではない顔付きをした彼は神聖アナトリコン帝国皇帝ことオルドー1世であった。
神聖アナトリコン帝国はこの大陸で最大の版図を持ち、世界で彼の帝国に対抗できる勢力は片手で数えられるほどである。
また、彼は数々の戦場を経験した戦上手でもあり、今まであまたの戦場を駆け巡ったにも関わらず負けたことはなかった。
当然この会議の参加者の中でもトップクラスの有力者である。
彼は鋭い目をさらに鋭くしながら、数人の部下を後ろに従え大きな廊下を歩いていた。
「先程聞いたのですが、ネルファ朝が聖地アナトリコンを占拠したという情報は確かだったようです」
不意に皇帝の横を歩いている側近のヨーゼフ伯爵が皇帝に呟くように話した。
その言葉は皇帝の気分を悪くするのには十分だった。
「東方の戦争から戻ってすぐにこれか。いや、東が終わったからなのか・・・。全く教会の人間はこれだから嫌いだ」
オルドーは異教徒を相手に10年に渡り異民族を討伐した後であった。
そしてその戦争の帰り道に付き合いでやってきただけであった。
普段の彼ならこんな弱音は吐かないが思わず本音が出てしまった。
「どこで誰が聞き耳を立てているかわかりませんめったなことはおっしゃらないでください。我々にできるのは穏便に済むことを祈ることくらいですよ」
部下にそうたしなめられオルドーは何も言い返すことができなかった。
そしてただこれから自分に降りかかる不幸を受け入れることしかないことに、ますます嫌気がさしたのである。
会議が行われる部屋は縦に長く小さな家くらいならすっぽり入りそうな大きさをしていたが、それでも参加者でごった返していた。
あるものは自分の権威を見せつけようと、ある人はいい機会だと仲の悪い国をコケにしようと、またある者はこれから何が話し合われるのかを知りたがろうとそれぞれが言葉を発し、はたから見れば嫌悪感を抱くほどの醜態であった。
当然彼らにとって部屋のやかましさなど些細なことなのだろう。
バァン!!
その時勢いよく扉を開けた音によって忽ち部屋は静返り、参加者は扉の方を見た。
すると一人の男が周りに部下らしき人間たちを従え扉の前に仁王立ちしていた。
「なんだ皆の衆、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして?さっきまでやかましく鳴いていたではないか」
誰も言葉を発せないなか、不遜にも扉に八つ当たりをした張本人の前にやってくる人間がいた。
「おまえがそんなでかい音出したからやろ。どうした不機嫌な顔して?なんか嫌なことでもあったんか。それとも今から起こるとかか?」
オルドーの前に立ったのはモーデンベルク、世界的な大富豪であった。彼はニヤニヤした顔をさらにニヤニヤさせながら皇帝の顔を覗き込んだ。
「黙れデブ。しらじらしい演技をするな」
「なんやねん久しぶりの再会ちゅうのに開口一番それか。つっても・・・」
「おお、オルドーではないか。久しぶりだな」
かれこそこの会議の招集者であり大陸1の実力者、ネラル教教皇グリゴリー3世であった。
「お久しぶりです教皇猊下。猊下につきましてはご健勝の程お喜び申し上げます」
「うむ。さて、オルドーも来たことだしそろそろ会議を始めようか」
オルドーが来てから静まり返っていた場が彼のその言葉により引き締まる感じがした。
教皇が進み始めると参加者は彼の行く手を防ぐまいと避けていき、道ができた。
オルドーも教皇に続きその道を通り会議の間の奥にある教皇の演説台の横に陣取った。
やがて教皇も演説台に着きギラギラした目をしながらゆっくりと会場を見渡した。
やがて満足したのか大きく息を吸い彼は演説を始めた。
「今回の招集に応じた親愛なる諸君。まずは招集に応じたことに感謝する」
かれは続けて言った。
「今回集まって貰ったのは他でもない我らが神を侮辱する異教徒についてである」
会場の雰囲気は一気に緊張したものとなり誰もがこの会議の意味を理解した。
「西方の地で神に呪われたおぞましき異教徒のネルファ人が、聖地アナトリコンを強奪し、街を破壊したのを諸君は知っているか?」
彼はそこで一息ついて周りを見渡した。
「・・・彼らは我らの守護者が去ったあとハイエナのごとくこの大陸に手を伸ばそうとしていた。しかし、神による恩恵によって我々は今日も大陸の脅威をはねのけ続けている」
そして、教皇はおそらく今日一番の勝負所であると理解しているのだろう。
彼は持てる力を全て出そうと声を震わせながら参加者に問いかけた。
「親愛なる我らが神の信徒たちよ。神から預かりし私の言葉に耳を傾けよ。今日、私は崇高にして慈悲深き神のお言葉を諸君に伝えるためにこの地にやって来たのだ。
今こそ我々は立ち上がらねばならぬ。神のお心は我らと共にある。立ち上がれ、神の勇者たちよ!!」
一瞬の静けさの後、会議の間は割れんばかりの拍手と歓声に溢れた。
「うるさっ。まあええわ、うちにとっては願ったり叶ったりの結果や。
何しろ聖地どころか半島の大体を持ってかれたしな。
・・・どちらにせよ自分らのボスにあんな事言われて反対できるやつとかおらんやろ」
そんなことを言いながら先程オルドーと会話していた商人は帰国の途につこうと会場を後にした。
神はそれを欲したまう
この会議場にそれを疑うものはいなかった