大会
翌朝、ネロはラシャに付き添われて港までの通りを歩いていた。セドリックとアテネも一緒に。
アテネはともかくセドリックはなんでついてきたんだろう?
僕はセドリックに近づいて小声で言った。
「なんでお前も一緒にきているんだ?」
「あのなあ。仮にもお前は大使なんだぞ。変なところで王国のイメージを悪くされたらこっちが困るんだ」
セドリックはそう言いながらため息をついた。
「本来ならそんな大会行かせないが、どうもそういうわけにはいかないんだ」
「どうして?そういえばいつもなら羽交い絞めにしてでも止めるだろうに」
「実はお前が昨日自ら突っかかっていったマイケルとかいうやつなんだが意外と厄介な奴でな」
それからセドリックはぼやくようにマイケルについて説明し始めた。
「悪い噂はあるんだが尻尾を掴ませないから誰も叱ることができないんだと」
「へー。意外とそういうところ器用なんだね。見た目は馬鹿みたいなのに」
「一言余計なんだよ。実は昨日の夜そいつの父親に会ったんだが親も手を焼いているらしい」
「それで問題はここからなんだ。その父親が言うには今まで彼との勝負に負けると次の日から街中であらゆる嫌がらせをするらしい。当然勝負を断ったやつも同じようにだ」
「たしかにそうです。昔彼との勝負に負けた人が、悪い噂に耐えきれずほかの街に引っ越していったこともあると聞いたこともありますわ」
横からラシャがそんなことを言ってきた。
なるほど。なかなかえげつないことをするもんだな。どうせ僕は気にしないけど。
「わかったか。お前が大使だとわかっても相手は変な噂を流すだろう。それなら勝負を挑んだ方がまだましということだ。それにお前だったらよっぽど不利な勝負でもない限り勝つだろう」
「珍しく僕のことをほめるね」
「今のがほめているように聞こえるならお前は馬鹿だぞ」
そんなことを言いながら通りを歩いていたら港らしきものが見えてきた。
「なんか大きい船があるね。というか港かなり大きいね」
港には様々な船があった。中には二階建ての家よりも大きいのではという船もある。
そして、それらの船が停泊している港もかなりの大きさだ。
「それはそうだろう。そもそもこの国は貿易商人の集まりが元だしな」
僕らがそんなことを言っているとラシャが進み出して言った。
「ここから浜辺までは歩いて五分くらいです。行きましょうか」
僕らが船を眺めながらたわいもない話をしていると、やがて浜辺が見えてきた。
そこには僕と同い年くらいから二十代くらいであろう人たちまで、実にたくさんの人がいた。
大体は思い思いにワイワイ話をしていたが、中には円陣を組んでいる者達もいた。
しかし、妙なことに浜辺だというのに海に入っている者は誰もいなかった。
でもそんなに気にすることでもないか。
すこし歩くとやがて昨日のゴロツキたちを見つけた。そして、当然その中にマイケルはいた。
彼らも僕らに気付いたようで近づいてきた。
「おーよく来たな。どうせ口だけで来ないと思っていたが、その度胸だけは褒めてやるよ。」
「そんなわけないじゃん。僕は君こそいないもんだとおもってたけど」
「なかなか言うな。そろそろ時間だ。くだらない言い合いはやめにしよう」
そういうと彼は浜辺中に聞こえるように声を張り上げた。
「野郎ども。とうとう大会の始まりだ。今日は愚かにも俺に勝負を挑んできたやつも参加する。手加減するなよ」
マイケルがそう言うと浜辺に男たちの歓声がこだました。
ウオオォォッ!!!
そういえばなんの大会か聞くのを忘れていた。
「そういえば、この大会って何するの?」
「そういえば言ってなかったな。聞け、この大会は遠泳大会だ」
そう言うと彼は海の方を指さした。
「沖に島がいくつか見えるだろう?今回は一番手前のあの島まで遠泳するんだ」
え?遠泳?
「遠泳か。まあお前ならどうにかなるだろう。おい、ネロ?」
僕は考えもしていなかった競技に頭が真っ白になった。
いや、たしかに浜辺でやることと言えば泳ぎは出てくるのかもしれない。
しかし、僕は無意識に頭の中からその可能性を捨てていた。
そう、勘のいい方ならお気づきかもしれないが僕は今まで泳いだことが一度もないのである。
たしかに海のない王国といえど川はある。しかし、僕は泳ぐことに全く興味がなかった。
だから自分が泳げるかどうかだけでなくどういった泳ぎ方をすればいいのかもわからない。
そんな僕の心の内を察したのかセドリックの顔もみるみるうちに変わっていった。
「おい。お前もしかしてだが今知ったのか?誰かに聞こうと思えば聞けただろ」
「まったく考えてなかった…」
「すいません。わかっているものとばかり思っていて。」
あまりに馬鹿らしい所業のせいで、ラシャに謝られてしまった。
「いや、ラシャさんのせいではありません。ひとえに我々の責任です」
そして、セドリックは僕に詰め寄り脅すように言った。
「ここまで来たらどうすることもできない。死ぬ気で泳げ。」
「僕泳ぎ方しらないんだけど」
「とにかく水をかき分けるようにすればいいんだよ」
やがて男たちのうなり声が響き男たちは海へと走り出した。
僕もそれに続いて走り出すしかなかった。
◇
あいつ大丈夫なんだろうか。
確かにあの馬鹿が泳いだところを見たことがないと思っていたが、まさか生まれてから一度もないとは。
「大丈夫でしょうか」
俺の隣にいたラシャさんも心配そうであった。
「大丈夫ですよ。あいつはやるときはやるやつなので。たぶん」
「もとはと言えば私がお祭りに行こうとしたせいなんです。あのひと、マイケルがいることは分かり切っていたのに」
「・・・・・・」
俺は何も言うことができなかった。
すると何かあったのかネロが俺たちの方に戻ってきた。
「なんで戻ってきたんだ」
「なぜか知らないけど息を吸おうと思ったら口の中に大量の海水がはいってくるんだ」
「当たり前だろっ!!」
これはだめだ。俺はそう悟ってしまった。
そう思った時であった。さっきまで静かだったアテネが俺の横からネロの前に進み出た。
「私を使え」
アテネはそれだけ言った。
そして、さらにネロに近づいたかと思うと、次の瞬間ネロが輝きだした。
「なんだっ、この光は!」
全く予想だにしていなかったことに、俺はまともに光を食らってしまった。
「どうしました?大丈夫ですか?」
「ああ…。大丈夫だ」
ようやく目が見えてくると目の前には何も変わっていなかった。アテネがいないことを除いて。
いや、もう一つちがうところがある。ネロが今までになく猛々しい顔つきになっている。
「何があったんだネロ?」
「安心しろ。俺は大丈夫だ。そして、この馬鹿みたいな大会に優勝することなど赤子の手をひねるようなものだ」
「泳げなければ歩けばいいじゃないか。」
そう言うと、ネロはどこからか持ってきた自分の槍を構えて振り下ろした。
その瞬間浜辺に竜巻が発生したのではないかというくらい強い風が吹いた。
俺はまた前が見えなくなってしまったが、目を開けるとなんと島までの海が割れていた。
そして、とっくに島へと泳ぎだした男たちは海が割れた衝撃でできた津波に襲われていた。
その光景を満足そうにしていた。
こいつは本当にネロなのか?
「楽なものだ、海底を歩くことなど。じゃあちょっと優勝してくる」
そう言いながらネロは現れた海底を歩いて行った。
次回は木曜になると思います。