第三十六話 どうして誘いを断ってしまったんだろう (寿々子サイド)
りなこちゃんと話をして以来、わたしは海春くんへの想いを強くしていった。
今までの幼馴染としての存在からすると、大きな意識の変化だと思う。
しかし、告白する勇気はなかなかでなかった。
告白どころか、相変わらずあいさつぐらいしかできない。
いや、できないだけだったらまだいい。
海春くんを見る度に、胸がドキドキし、苦しくなってくる。
以前にはなかったことだ。
これが恋をするということなのだろうか。
そして、わたしは、告白するかどうかで毎日悩むようになっていた。
あの時以来、りなこちゃんも、わたしに配慮して海春くんのことを話題にはしなくなっていた。
とは言っても、わたしのこの悩みは理解してくれていたと思う。
おしゃべりをしている時も、わたしをさりげなく元気づけてくれていた。
いい友達を持ったと思う。
とは言っても、心のコントロールをするのはなかなか難しいものがあった。
十月の上旬。
わたしは、放課後になったので帰ろうとしていた。
ここ数日寝不足気味。
もう海春くんに告白した方がいいという想いと、まだその時ではないという思いが、わたしの中で戦っていて、それが睡眠にも影響していた。
今日は、その睡眠不足が一挙に来ていて、午後は眠くてしょうがなかった。
なんとかそれを耐え抜き、ホッとしたところであったが、さすがにもう体は限界。
家に帰ってもう寝たい、と思っていた。
そして、席を立って歩き始めたのだが、少し足下がふらつく。
眠い。とにかく家までは耐えないと……。
そう思っていると。
「夏森さん、大丈夫?」
と言う声が聞こえる。
海春くんだ。
わたしは、眠気が一挙に吹き飛んだ。
わたしは、それだけで心が沸騰してくる。
「なんか具合が良くなさそうだけど」
「だ、大丈夫」
わたしは、なんとかそう言うことができた。
「夏森さん、最近体調があまり良くなさそうだから、体には充分気をつけてね。ご飯をよく食べて、よく寝ないとね」
相手をいたわる優しい言葉、
こういう言葉を海春くんから聞くのは久しぶりだ。
そう。幼い頃の海春くんは、こういう言葉をよくわたしにかけてくれた。
中学生以降、気難しい気がして、近づくことさえも難しかった海春くんだけど、優しいところは変わっていなかったんだ……。
「あ、ありがとう」
心はどんどん高揚してくる。
今なら、「好き」と言うことができるかも。
そう。告白するなら、今が最大のチャンスよ!
しかし……。
「じゃあ、俺はこれで」
と言うと、海春くんは教室を出ていった。
ああ、告白するチャンスだったのに……。
わたしは、ガクッとする。そして、また眠気が襲ってきた。
この日はこうして海春くんから優しい言葉を聞くことができた。
うれしかった。
告白はできなかったけれども、それはしょうがない。
一時的にそう気持ちになったが、冷静になってみると、まだわたしの方にも恋人にあるという心がしっかりとまとまったわけではない。彼の方はそれ以前の状態だろう。
もう少し親しくなる必要があると思う。
しかし、海春くんの方は、わたしのことを恋の対象ではなく、幼馴染として想っているのだろうけど、今ま
では、こういう言葉が長い間なかったことを思うと、大きな変化だと思う。
この調子でいけば相思相愛になるのもそう遠いことではないかもしれない。
とにかくこれからは、わたしの方から積極的に声をかけていこうと思った。
そして、海春くんの理想の女の子になるべく努力をしようと思った。
しかし、その日以降も、あいさつぐらいしかできなかった。
あいさつをするまではいいのだけど、その後の会話が続かない。
優しい言葉をかけてくれたのは、わたしの夢だったのだろうか……。
そう思ったりもする。
わたしは、何とか海春くんに話しかけようと努力したが、いざ話しかけようとすると、なかなか言葉がでない。
どうしてわたしって、こんなに勇気がないんだろう……。
こう思う度に思い出すのが小学校三年生の時。
どうして海春くんの誘いを断ってしまったのだろう。何回かチャンスはあったのに……。
このチャンスを生かしていれば、今頃は恋人どうしになっていたかもしれない、と思うとつらい気持ちになる。
海春くん自体は気にしていないのかもしれないけど、誘いにくくなってしまったということは言えるだろう。
わたしがもう少し積極的な子だったら、海春くんが誘わなくても、こちらから誘うこともできたのだろうけど、それもできなかった。
親しい状態が小学校高学年になっても続いて、中学生になったら、恋人どうしになる。
こういう人生がおくれたかもしれないのに……。
そういうチャンスをわたしは自らつぶしてしまった。
もう海春くんの心を傷つけることはしたくない。海春くんのお誘いはすべてOKしたい。
これから海春くんともっと親しくなって、恋人どうしになっていく。
そして、婚約し、結婚したい。
高校一年生の十二月以降、そういう思いは強くなってきた。
しかし、あいさつ以外の話がうまくできないまま、月日は経っていった。
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