目覚め
薄暗い意識の中、肌寒い風が吹いた。
死んだと思っていた俺は、そこでまだ生きていることを理解する。
目をゆっくり開けて目の前の景色を見る。
目の中に入ってきた景色は、一寸の曇りもない夜空だった。
「……外?」
男か女かもわからないような掠れた声を出して、上半身を起こす。
周りを見れば街頭がところどころ置いてある道が見えた。
(ここは、公園だよな……?こんな公園近所にあったっけな……)
そう考えた瞬間頭痛が響いて、頭を下げこめかみを軽く押さえる。
頭を下げたことによって、俺はあることに気づく。
「な、なんだこれ!?」
服装がさっきまでの自分の明らかさまに変わっていたからだ。、
俺は服を見たことで驚いて、大きな声を出しながら立ち上がる。
そこで自分の声が異様に高いことに始めて気づく。
顔を触ってみると、男の自分じゃありえないくらいすべすべした肌。
そして少女のようなサラサラの赤い髪。
おまけに、ニートの俺ではありえないくらい体が軽かった。
そんな自分の格好は学校の制服であろうブラウスにスカート、そして絶妙にダサいパーカー。
ここまで来れば鏡など見なくてもわかる。
俺はさっき自身で作り上げた少女、そのものだった。
「ま、まさかな……少し、触ってみるか」
一つ、ほんの一つ気になったことがあって、胸元を触る。
やはりと言うかなんというか、柔らかい。
が、板である。
だが柔らかいと言うだけでは、まだ性別の判断はできない。
少しだけスカートをたくし上げ、股に恐る恐る手を当てる。
「うわああああああ!!?ない!?息子がいないッ!?そんなバカなああああッ!!?」
少し叫んだ後落ち着いて、ハッとして周りを見る。
誰もいないことにホッとして、思考を張り巡らす。
(なんで俺……と、とにかく考えてみよう。今、俺の身に何が起きてるか)
だがいくら考えても何か思い浮かぶはずもなく、少し寒い風が吹く中、ベンチに座って考え続けた。
取り敢えず、行動に移すことにした。
まずはどう行動するべきか、一体何が起きてるのか知るべく持ち物を探る。
ポケットの中を調べてみると、一台のスマホが出てきた。
見たこともない機種で、随分と軽く動く。
「ずっと旧世代のやつ使ってたからなぁ……最近のはこんな軽く動くんだな」
スマホの電源入れると深夜の二時を指していた。
指紋認証でスマホを開いて、何かわかりやすい連絡先のようなものはないかと探す。
すると俺は一切使ったことのない連絡アプリ『ROW』を見つけた。
タップして中身を開く。
使ったことがないからか、イマイチどう見たらいいかわからなかった。
取り敢えず少し使ってみて、連絡先がどんなのか理解する。
そこで、自分は見ていいのだろうか?と言う疑問が生まれた。
何故なら俺は俺であって、『私』じゃないからだ。
この少女の一人称が『私』かどうかは置いといて、とにかく『私』ではない。
『俺』なのだ。
「……やめとこ」
自分がチキンなのか、はたまた紳士なのか。
ROWを閉じて、スマホをスカートのポケットに入れる。
冷えてきた手をパーカーのポケットに入れて立ち上がる。
ジッパーを閉めようか、悩んでいたその時だった。
月明かりが影によって遮られたのだ。
(この影は、鳥……じゃない!?雲にしては速すぎる!)
上を見上げ、その正体を確認する。
そして見上げ、視認するとほぼ同時に前に飛び出して転がった。
ガキンッと言う鉄の響く音がした。
なんとか体制を立て直し、襲撃者を見つめる。
「……ふむ。やはり闇討ちは好かんな」
(闇討ち……闇討ち!?闇討ちって言った!?俺殺されるとこだったの!?)
言葉を聞いて内心慌てつつ、目前の敵を見る。
目の前にいるのは一人の少女。
しかも今の俺と大して(見た目の)歳が離れていなさそうな少女。
『私』と同じブラウスを着て、スカートを履いている。
そして黒色の羽織を羽織って、刀を手にしていた。
(に、しても……なんかかっこいいな)
と、慌てていながらも、呑気にそんなことも考えていた。
戦う少女の『戦う』対象が俺だと言うのに。
「だ、誰!?」
咄嗟に出た言葉を口に出す。
だが目の前少女はその質問に首を傾げる。
「誰だと?さっき言っただろう。私はお前を殺す者だとなッ!」
刀を振り払い、飛び出してくる。
これまた定番なセリフを吐き捨てて。
「っ……!」
どうすればいいか悩んでしまう。
この体のことを一切把握していない俺は、攻撃手段を持たない。
さっきのPCの通りだとするならば、種族は『吸血鬼』だ。
強力な種族で種族能力なるものをたくさん持つと言う。
それに『吸血鬼』である以上、ある程度の回復能力は持ち合わせている筈。
とにかく、逃げる他ないだろう。
飛んできた攻撃が飛んでくる前に走り出す。
目の前の少女は刺突の構えを直し、俺のいたところで踏み込みこっちに向かって飛び出してくる。
一瞬だけ後ろを振り返って見る。
なんかすごい速さで追ってきていた。
正直に言って、めちゃくちゃ怖い。
「なんか危ない気がする!」
走っている途中のことだった。
突然、天啓が降りてきたような、そんな直感を感じて踏み込み横に飛んだ。
その瞬間、俺のいた場所に刀が振り下ろされる。
たった一撃、だがその一撃は大地を破った。
衝撃波とともに飛んできた小石たちで軽いかすり傷を追う。
手のひらに血が付いていた。
「ひぇっ……」
「避けただと……?今の一撃を、見ることなく避け切るか」
「ふ、ふふっ……すごいでしょ」
「……何かおかしいな」
何かを言い出したが、その言葉を聞き終える前に走り出す。
何処か安全な場所に身を隠さねばならない。
しかしこの周辺で安全な場所など、あるのだろうか。
正直どこ行っても見つかる気がする。
「逃げ場はない、さてどうする?……なんとかしなくちゃ……って、できるかああああッ!!!」
自問自答に対して意味不明の怒りをぶつけながら、後ろをチラッと見る。
そこでは少女の足元に陣が描かれており、そこから光が溢れ出ているというなんとも言えない景色があった。
しかも手にはなんかお札を持っていた。
「『撥水の封線・玉』」
そう呟いたのを聞いて俺は焦る。
ヤベェよ、なんだあれ!?絶対俺死ぬやつだよね!?
いやそもそも、撥水って……えっと、なんだっけ。
そんなことより逃げなくちゃ……!?
と、そこまで考えて突然、片足が動かなくなり転ぶ。
動かなくなった方の足を見ればなんか水の玉みたいなものが纏わりついていた。
引き抜こうとしても、ビクともしない。
気づけば少女が目の前まで来ていた。
「何か言い残すことはあるか」
「ぐぅ、うぅっ……!お、俺はまだ、死にたくない、のに……」
こんなところで、死ねるか。
俺のまだできていないことが沢山あるというのに。
やりたいことだってあった。
だと、言うのに。
だが、敵は無慈悲にも刀を掲げ、俺を見つめる。
何か顔に疑問のようなものを浮かべながらも、振り下ろそうとする。
俺は咄嗟に両腕で顔を覆って言う。
「こんなところで……死ねるかッ!!」
目を瞑って刀が振り下ろされることに恐怖する。
だが、その刀が届くことは決してなかった。
刀は遠くへ飛んでいたのだ。
俺の手のひらから突き出た赤い槍によって。
その槍は少女の頰を掠め、身動きを取れなくさしていた。
「え……な、なに、これ……」
「……まさか。来たのか。来ていたのか!既に!五人目が!!」
何がなんだが、さっぱりだったが優位に立っていたことは理解していた。
少女は腕を下ろし、俺を見る。
「……君は、転生者だね?男?女?」
そして理解する。
目の前の人が俺の知りたがっていることを知っている人だと。
だから俺はこう言った。
「男です!」