3.
立ち歩き出来るようになると、カールの行動範囲は一気に広がった。
といっても、せいぜい家の中程度ではあるが。
1階はリビング、食堂、キッチン、風呂、トイレ、使用人の部屋、カールの部屋。
2階は夫婦の寝室、父親の書斎、客室、納戸。
使用人は驚いたことにメルだった。
どこで、そしてどうやってカールが生まれる場所を知ったのかは謎であった。
カールは家の中のどこへでも出没した。
特にお気に入りだったのは父親の書斎であった。
書斎にある本を読めもしないのに引っ張り出して眺めているのだった。
「カールはご本が好きなのね。」
カールが本を眺めていると、たいてい母親がそれを見つけ子供部屋に戻すのだった。
カールの母親の名前はメアリー・モラレス。
父親の名はグスタフ・モラレス。騎士であった。
一応貴族である。
このあたり一帯、ベルゼ村の村長をやっている。
村の人口は900人前後。
貧しくはないが裕福でもない。そんな村であった。
カールはまだ家の外を自由に出歩けるほど育っていないので、村の状況の詳細まではわからなかった。
メルはカールのお守り役として雇われたようだった。
だいたいカールに付き添っている。
家の中にいるときには何か手仕事をしながら。
外にいるときには目を離さないように。
外といってもせいぜい広くはない庭程度であるが。
さして広くはない庭に、カールとメルはいた。
「カール様。お機嫌はいかがですか?」
「あ~い~」
メルは頻繁にカールに話しかける。
カールが理解できると思っていないのか、ほとんど独り言に近い。
理解できなくてもいいと思っているのだろう。
カール様と敬称をつけて話しかける。
マイマスターと呼びかけないのは周りを気にしてだろうか。
「カール様。今日はとても天気が良いですよ?」
「う~ぶ~」
カールはメルの話に答えながら、少しずつ言葉を覚えていくのであった。
メルの話しかけが途絶えた。
カールは庭に座り込み目をつぶると、魔力を感じる訓練を始めた。
メルはカールが訓練を始めると話しかけるのをやめ、微笑ましそうに見守る。
へその少し下、体の中に魔力を小さく圧縮する。
周りから魔力を集めるように小さく固める。
ぎゅっと押し潰すように圧縮する。
可能な限り圧縮する。
小さく、小さく圧縮した魔力はカールの小さな親指の先ほどになる。
熱量を感じる。燃え上がるかと思うくらいの熱量である。
フルフルと振動を始める。
そのままの状態をしばらく維持する。
次いでその魔力を広く薄く広げていく。
体全体をから、もっと薄く体の外へと。
体から数センチほど、体に沿って、体を覆うように広げる。
魔力と外との境界線をはっきり意識するように体を覆う。
そのままの状態をしばらく維持する。
圧縮と拡張。
それを繰り返していく。
かつてよりもはっきり魔力を感じるようになったカールであった。