7.『レトワール王国は動き始める、魔王は酒で怒り狂う』
今日は二話投稿になります!
レトワール王国サイドと魔王城サイドの二本立てとなるためこの話はかなり短めになっています。
円を形作るように民家や商店が立ち並び、真上から見ると木の年輪のように見える王国。
レトワール王国...それがこの国の名前である。
他の国では単一種族だけにしか居住や入国を認めないなどという法律が存在するのに対して、数多ある国々のおおよそ中心に位置するレトワールは有数の多種族国家だ。
人間からエルフ、ドワーフに更にはフェアリーなど体格も身体の特徴も様々な種族たちが一つの国に集まっている。
その為かレトワールには技術の伝来や希少な香辛料、食物、工芸品、武器などのモノが多く入ってきたのは勿論のこと優秀な大工などもこの国にやってきて魅力的な建造物を次々に建てていき、小都市だったこの国は急速な発展を遂げた。
国の規模が大きくなる度に人口も著しく増加し、世界最大の人口を誇る今でもレトワール入国を志願する人々は後を絶たない。
今日も商人の呼び込みや民衆の笑い声が響き渡り、平和なひと時に見えるが、現在レトワール王国は危機を迎えている。
国中がパニックに陥ると考えた王城はこれを隠蔽しているため、民衆は知る由もないが...この国は魔王インディゴの脅威に晒されようとしているのだ。
何千年も前からレトワールは魔王の脅威をはねのけているが、恐ろしいのは魔王の復活力である。
確実に息を止めても、しばらくすればまた何食わぬ顔で復活をしたという情報が入った時には王城内は絶望に包まれたという記録も残っている。
魔王の恐ろしさはこれだけに留まらない。
王国親衛隊と称されるエリート集団、剣術のレア上位スキル『騎士術』をレベル最大にまで上げた腕利きの武人達が集まるレトワール王国直属の部隊を含めた全勢力を挙げて攻撃を仕掛けても...魔王には遠く及ばない。生き残った者が出てきたとしても大半は殺され、軍事力に甚大な被害が出るという研究結果が出ていたらしい。
ならば、レトワールはどうやって魔王の脅威を乗り越えたのか。
初めて魔王の脅威に晒され、なすすべもなく絶望に沈んだ王城内に一筋の光が差し込み、空から美麗な若者が降りてきた。
その若者は優しく微笑んだだけで何も言わずに姿を消し、王国が全く歯が立たなかった魔王をその日のうちに討ち取った。
彼の持つスキルは『聖剣術』。
魔王の脅威からレトワールを救ってきたのは彼とその子孫...通称『勇者』。
ブレイブの姓を持ち、聖剣術を自在に操る今や王国の切り札と言われる者たちだった。
「スプルース、現状を伝えろ」
私は傍で直立して仕えるスーツ姿の初老の男に声をかける。
「勇者リオン様からは昨日から魔王インディゴ討伐戦を開始するという報告がございました...しかし、現在までそれ以上の連絡はございません」
「通信石の光は点滅しているのか?」
勇者と王城は勇者パーティーの状況を細かに把握する為に通信石と呼ばれる記録装置で連絡を取り合っていおり、援軍が必要になった時などもこの通信石でリアルタイムで要請が来るので迅速な部隊編成が可能になっている。
この通信石と呼ばれるものは赤と青でセットとなる石であり、例えば赤の通信石を強く握りしめながら声を吹き込むと、数分経った後に青の通信石が強く発光し、連絡が来たことを教えてくれる。
またこれらにはもう一つ機能があり、所持者の生命力によって相手の石の光り方が変わる。
通常状態なら点滅、危険な状態なら光が弱くなり...死んでしまうと真っ黒に変色してしまう。
魔王インディゴとの戦闘は短期決戦だ。
一日丸々経っている今のタイミングで聞いておくべきだろうと思ったのだ。
「はい、変わらず点滅を続けています」
「そうか...光が弱くなったりはしてるよな?」
「それが.....していません」
「......何だと」
つまり、リオンは通常状態だということになる。
魔王インディゴ戦開始から一日が経っているのに目立ったダメージがないなどありえるのだろうか。
「(一つは...リオンがインディゴを無傷で圧倒している)」
そうであれば素晴らしい事だが、それは無いと思う。
いくら先代の勇者が魔王を打ち破ったとはいえ、無傷で帰ってきた者などいない。
あの別格の初代勇者でさえもだ。
「(あとは逃走したか...それとも______)」
一度、確認をしておくべきだ。
状況次第では....。
「(あれも使う事になるかもしれんな)」
レトワール国王の私はその可能性も頭に入れ、玉座からゆっくりと立ち上がる。
「スプルース」
「はい」
「奴らを編成しろ」
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厨房の隣には長テーブルと長椅子が用意されていた。
俺の向かいにはカナリア、リオン、アザレアと並び、隣にそれぞれインディゴとマホガニーが腰掛ける。
それぞれの席に二つずつ焼きあがったばかりのパンと真ん中に卵焼き。
何というか...夕食としては大分物足りない感じになってしまった。
「美味しそう!だけど...ちょっと少ないわね」
「仕方ないのだ...今、本当に魔王領は困窮していてな。優遇されてるここでさえも食料が底をつきそうなのだ」
「そ、そう。あなたも大変なのね」
苦々しい表情で溜息をつくインディゴにリオンが意外そうな反応を見せてから同情の視線を送る。
インディゴの言う通り、もう魔王城の冷蔵庫にある食材は心許ない。
切り詰めたとしても三日も持たないというのが俺の予測だ。
魔王領の民衆たちはもっと酷いらしい。
「(普通に畑の環境を改善して作物を育てていたら間に合わない)」
出来るわけがないが仮に明日一日で畑の状態が良くなったとしよう。
それから作物の種を植えていくわけだが植えたところですぐに収穫出来るわけじゃない。
カタ麦なら通常は約一年かけて育てないといけない。
一年間を十分耐えられる食料があればそれでも良いが、今の状況ではそんな事をしてる暇はないのだ。
「(....栽培スキルしかないかな)」
品種改良、害虫抵抗など農業で役に立つ効果を得る事が出来るのが栽培スキル。
特に品種改良の力は凄まじく、成功すれば栄養価が高く美味しい作物を開発出来るし...気候変動に屈しない作物も作り出せる。
ちなみにその成功率は料理と同様にスキルレベルによって決められ、勿論最大が一番高い。
しかし、今回使いたいのはそれらではない。
---------成長力促進
これは作物が育つまでの期間を一気に短縮するというもの。連続して使用は出来ないものの農業の効率が一時的に格段に上がるので、取り敢えずこれを使って一年分の食料を生産して...あとは普通に育てて安定させるというのが一番良いだろう。
ずっと使用すれば効率も急激に上がるのだが、出来れば魔王領の魔物達に自分の力で農業をしてもらいたい。
あまりこの力に依存し過ぎるとロクな事がなさそうだからな。
「このパン美味しいですね。お店の味みたい...」
カナリアが幸せそうな顔でパンを頬張る。
いつもは大人っぽいイメージが強いが、今は小動物のような愛らしさが前に出ている。
「気に入ってもらって何よりだよ」
パンなんて使った事がないので料理スキルの効果で頭に浮かんだレシピ通りに作ってみたのだが...成功したみたいで良かった。
横で「私も手伝ったぞ!あれ...よく考えたら手伝いを申し出たのだから、貴様が手伝いではないのか?」とインディゴが何やら呟いているが、気にしない。
「へえ、コウタさんは料理スキル持ちなんですね!」
「ああ、大抵の料理なら作れるはずだ...材料があれば」
料理人レベルが原因不明で一気に高くなってしまった俺の頭には数えきれないほどのレシピが入っていた。
作り方も細かい所まで解説されているので...食べたいと思ったものはほとんど自分で作れる。
「それは...凄いですね!!」
「.....カナリアさん?」
カナリアの目の色がキラキラとしたものに変わる。
声も自然と大きく興奮気味になっているがリオン達は
「またね」
「またですぅ」
「....ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉ」
特に気にした様子もなく一瞥しただけで食事に戻って...ん?今、変な音が聞こえたんだが。
「貴様、いびきがうるさいぞ!寝るなら部屋で...ん?」
マホガニー、お前寝てたのか。
隣にいたのに全然気がつかなかった。
白いテーブルクロスに涎を垂らしながら、赤く染まった顔で幸せそうにいびきをかくマホガニーのもとへインディゴが近づいていったが...何かに気がついたように動きを止める。
「この匂い...まさか!?」
インディゴの顔が次第に青ざめ、焦ったように厨房へと走り去っていく。
数分後、厨房から響く涙の滲んだ発狂。
「え、大丈夫かしら...っ!?」
「何ですか...あれ」
「....殺されないよねぇ」
リオンが席を立とうとした瞬間______インディゴが厨房の中から姿を現した。
ドス黒いオーラを出しながらゆらゆら、ゆらゆらと生気のない顔でよろめく少女は...先程までの快活さとは似ても似つかないものだった。
彼女はあまりの衝撃に動けない俺たちには目もくれず...ただ真っ直ぐにある一点を目指す。
「.....ちょっとこいつを借りる」
それだけ言ってインディゴはマホガニーを引きずって厨房を出る。
バタン
「な、何があったのかしら?」
「これは...ちょっとヤバそうだねぇ。カナリアさんは魔力の回復をしておいた方がいいかも」
「.....?わかりました」
厨房の出口を見つめながらポカンと口を開けるリオンに応えながら、アザレアは腰のポーチから魔力回復のパープルポーションを取り出して、リオンとは反対側の席に差し出す。
カナリアは首を傾げていたものの、最終的にはおずおずと受け取り、口をつけた。
匂い、厨房での悲鳴...そして、豹変したインディゴ。
あ......。
『これは実はな...コウタの部屋に来る途中で厨房を偶然見つけてな______』
あの高級そうなお酒ってインディゴのお気に入りだったのかもしれない。
マホガニーの近くに寄ったらお気に入りのお酒の匂いが漂っており、まさかと思って厨房の冷蔵庫を開けたら入っていたはずな酒瓶がない。
だとしたら飲んだのはあいつ...ユルサナイ。
...みたいな流れだろう、多分。
怒られても知らんぞとは言ったが、あの様子だと怒られるどころでは済まない気がする。
「(ジジイ...自業自得だが、生きて帰ってこいよ)」
これから地獄を味わう仲間に心の中でそっと親指を立て...まだ残っていたパンにかじりついたのだった。
もう一話投稿しますのでよろしくお願いします!