6.『料理スキルが急上昇!!』
厨房を探して廊下を歩きまわる。
マホガニーが消えていった方へとひたすら歩いて行くと両側の壁に等間隔に設置されていたドアが消えたと同時に何かの焦げたような香りに身体が包み込まれた。
匂いの発生源は少し開いた両開き扉の部屋だ。
「もしかして...火事!?」
状況を確認するためにその部屋の扉を全開にすると燃え盛る炎は______幸い無かった。
「むむ、何だこの消し炭は」
代わりに。
大型冷蔵庫やオーブン、コンロなどが設置されている銀一色の厨房には食器の上でプスプスと音をたてる謎の物体に首を傾げるインディゴがいた。
「私はパンを作ったはずだぞ?もっと明るい色をしてたはずだが...見た目がアレなだけで味は意外といけたりするのか?」
いや、明らかに味もヤバそうだ。
「インディゴさん」
謎の物体に手を触れようとするインディゴを止めるように声をかけると彼女がこちらに目を向けてくる。
「おお、コウタではないか。どうした、夕飯ならもう少し待て...パンの味見をして大丈夫そうならすぐに残りも....」
「やめといたほうがいいですって。もうバリバリに焦げてるじゃないですか」
「そ、そうか...ちゃんとレシピ通りに作ったんだがな」
気を落としたように謎の物体をツンツンと指でつつくインディゴ。
彼女は自分なりに頑張って作ったのだろう。
あれ、でもインディゴって魔王だよな。
「いつもインディゴさんが料理してるんですか?」
「いや、いつもは魔王城専属のコックが作ってくれる」
「じゃあ何で今はいないんですか」
「新しい下僕を迎えるからな...魔王直々に腕を振るおうと奴らにお願いして夕飯の担当を譲ってもらったのだ」
コック達よ、何でこんな魔王をキッチンに一人にしたんだ。
そりゃ、魔王城のトップに言われたらそうせざるを得ないのかもしれないけど...付き添ってあげるとか色々あるだろう。
インディゴの嬉々とした様子を見ると、お前はもう料理するなとは言いづらいし、そんな事言ったら俺も消し炭にされそうだ。
「腕の鈍りがあったのかもしれんな...貴様も腹が減ってるだろうからまた」
「ちょっと待ってください!」
「何だ?」
このままだと夕飯が食べられないし、彼女に料理させるのは何というか危険だ。
やめろと言えないのであれば...
「俺にも手伝わせてください」
「ほら、これがカタ麦粉だ」
カタ麦粉とはカタ麦という植物から作られる。
こちらの世界でいう小麦粉と小麦みたいなものだ。
ただ、カタ麦は小麦と比べて名前の通り固く、パンにした時にもかみごたえのあるパンに仕上がる。
「ありがとうございます...量が少ないですね」
「どうも魔王領の畑は育ちが悪くてな、収穫量が少ないのだ...明日からは食料に関してから取り掛かるほうが良さそうだな」
「そうですね。食べ物がないと生きていけませんもんね」
魔王領の畑の何が悪いのかは行ってみないとわからない。特に明日する事も決めてなかったから案内してもらおうかな。
さてまずはカタ麦をボールに入れる。
瞬間、ピコンという音と共に脳内に機械的な音声が流れた。
『「料理」スキル習得を確認。スキルレベルアップ、レベルアップ、レベルアップ、レベルアップ、レベルアップ.....』
え、おかしくない。
ただカタ麦粉をボールに入れただけなのに料理スキルがどんどん上がっている。
確か2以上にするには料理を一定数作らなきゃいけないはずだ。
少なくともカタ麦粉だけでこんなにレベルが上がるなんてあり得ないはずなのに機械音声は止まることなくレベルアップを繰り返す。
そして。
『レベルアップ。「料理」レベルが最大になりました。料理の成功率が上昇しました。料理のレパートリーが増えました』
「最大になってしまった...」
「どうした?コウタ、顔色が悪いぞ」
「いや、何でもないよ」
心配そうに覗き込んでくるインディゴに笑顔を返し、考え込む。
何で一気に料理スキルのレベルが上がったんだ。
こんなのは最早チートである。
バグか、料理スキルのレベルアップ条件が大幅に変更されているのか....。
腕を組んでうんうん唸っていたものの、いくら考えても理由がわからないし、隣にはインディゴもいるので取り敢えずパン作りを優先する事にした。
レベルが最大ならば成功率はほとんどの料理が100パーセントだし、ほとんどの料理が作れるから結果としては好都合だ。
ありがたく受け取っておこう。
料理スキルに関してはそう考えることにして、引き続き、カタ麦粉の入ったボールにキッチンで放置(恐らくインディゴが使った)されたイーストと食塩、砂糖を加えていく。
そうしたら小さめの鍋に水を入れて火にかける。
この時に大体四十度、お風呂くらいの気持ちぬるめなお湯にしたいため沸騰するより前には火を止めなければならない。
「インディゴさん...バターってあります?」
「ば、ばたー?何だ、それは」
「あ、わかりました」
ゲームだと農場で乳牛とか飼うようになれば牛乳から料理スキルを用いてバターを作れるのだが、この方法以外では手に入れる方法がない。
正確には料理スキルでバターを作り、そのレシピを売却、または公開しないと街で買えるようにはならないのだ。
バターを使った方が美味しく仕上がるので聞いてみたのだが無いのなら仕方ない。
でも、バターは便利だからいつか作るとして...。
「油持ってきてくれませんか?」
「うむ、わかった」
今回はバターの代わりに油で作ろう。
インディゴが青藍の髪をふわふわと揺らしながら冷蔵庫の前に向かい、油で満たされた容器を渡してくれる。
「ありがとうございます」
「下僕のくせに私をこき扱うとは...いい度胸だなっ」
あ、やばい。殺される。
つい何気無くお願いしちゃったけど...魔王様にお願いするのはまずかったよな。
魔物のトップに立つ人に普通の人間が指図とか...あれ、これ「気に入らん、失せろ」とか言われて終わるんじゃない!?
「す、すみませんっ!!!」
「...まあ、許す。私も手伝えて嬉しかったからな」
頰をプクッと膨らませながら不機嫌そうに距離を詰め
てくるインディゴに必死で頭を下げると、本気で怒っていたのではないのかすぐに笑顔の花を咲かせ、舌を少し出して見せる。
これもしかして。
「......からかわれてました?」
「貴様は本当に面白いな!...でも私が魔王だと言うことを忘れるなよ?機嫌次第では殺してたからな」
「.....ははは」
今度からは自分で取りに行こう。
そう心に強く決めたのだった。
だってまだ死にたくないし。
隣で興味深そうに覗き込んでくるインディゴを横目にボールに油を注ぐ。
そして、泡だて器でかき混ぜ開始だ。
丁度、いい感じのぬるま湯になったので小さな鍋の火を消してボールの方へ移して水分が行き渡るぐらいまで混ぜたら、シャツの袖を肘くらいまでまくる。
あとは手で捏ねる。
ボールに押し付けて、押し付けて...だんだんと一かたまりになるように。
「べたべたしとるな」
「もう少し経ったらベタベタしなくなりますよ」
手に生地を少し纏わせながらひたすら捏ねていくとだんだんと生地が丸っこい形を帯びてきて、指で突いてみると心地よい柔らかさが伝わってくる。
これくらいでいいかな。
キッチンに置かれている少し生地のこびりついたこね板に生地をそのまま置き、また捏ねる。
最初は上下に引き伸ばすように捏ねて...ある程度捏ねたら生地の端を持って叩きつける。違う所も同じように叩きつけて、体重をかけながらゆっくりと両手で捏ねていく。
「なあ、私にもやらせてくれないか」
「あ、いいですよ」
そういえば手伝うだけだったのにほとんど俺がやってしまっていた。
謎の物体を作り出した魔王に任せるのは少し不安が残るが、あとはただ両手でしっかり捏ねていくだけだし、流石に大丈夫だろう。
こね板の前をインディゴへと譲ると俺の見様見真似で両手で生地を押し付け始めた。
「むー、やっぱりベタベタするな...大丈夫なのか、これ」
「しばらくすればキメが細かくなって手につかなくなりますよ...というかインディゴさんもレシピ通りに作ったならこの工程もやったでしょ」
「え...?」
「え...?」
レシピ通りとは一体。
パンの作り方なんて大半が捏ねるなのに捏ねる工程やってないとか...それはパンなのか?
そもそもあの謎の物体はどうやって作ったんだろう。
疑問は尽きないが、インディゴがパン作りを再開し始めたので監視に切り替える。
それにしてもインディゴって...よく見ると可愛らしいよな。
魔王は主に魔王城でしか出てこないため、その時にしか見たことがなかったのだが...それはほんの一部だったようだ。
整った顔立ちだとは思っていたけど、こうやって一生懸命パンを捏ねてる姿を見ると、魔王だということを忘れてしまうくらい普通の女の子っぽい。
確かインディゴは俺より少し年下なはずだ。
それなのに魔王やってるとか普通に考えて凄いよなぁ...。
「お、手に付かなくなってきたぞ!コウタ...む、コウタ?どうしたんだ、私をじっと見て」
「あ、ああ...何でもないですよ。よし、代わりましょうか」
「うむ、思ったより楽しかったぞ」
「これから発酵するからインディゴさんは手でも洗ってきたらどうですか」
そう言うとインディゴは「手が気持ち悪いのは嫌だな」と洗面台にとてとてと走っていった。
そんな彼女の姿を微笑ましく見送りながら、仕上げに優しめに捏ねて再びボールに生地を戻す。
ラップで封をしたいのだが、ここにはラップが存在しないので大型冷蔵庫にかかっていた大きめの布を代わりに被せることにした。
乾燥しないように隙間をなるべく少なくしたらあとは三十分から四十分の一次発酵をするのでしばらく暇になる。
ただ待っているだけも何なのでもう一品くらい作るか。
コンロの上にフライパンがあるから...本来作る予定だった卵焼きでも焼いていよう。
「インディゴさーん、冷蔵庫にあるもの適当に使っていいですか」
「構わんぞー、あまり量はないがな」
一応、インディゴに許可を貰って大型冷蔵庫から卵を出す。新しいボールに卵を割って、塩と砂糖を入れるのだが、俺は甘めが好きなので少し砂糖の量を多めにしておく。
あとはよくかき混ぜて油を敷いたフライパンに流し込めば、あとは手前から奥へクルクルクル。
「戻ったぞ。ふむ、何だその美味しそうなものは」
「卵焼きですよ...砂糖多めにしちゃったけど大丈夫ですかね?」
「構わんと思うぞ?私は甘い方が好きだからな」
魔王様のお好みなら問題ないか。
上手く焦げ目がついたらあとはお皿に移して完成。
「.....味見していいか」
「ダメですよ。パンが出来るまで待ってください」
「む〜、し、仕方ない」
インディゴが残念そうに歯を食いしばっているが、許したら全部食べてしまいそうなのでしっかりと止めておいた。
まったり卵焼き作って休憩している間に発酵の済んだ生地をガス抜きをして切り分けて...生地を休ませるベンチタイムを取ってからまたガスを抜いて軽く成形した後に今度は二次発酵。
待っている間にオーブンは二百度ぐらいまで暖めておいて発酵の済んだパンを入れて十二分間焼けば...
「「おお!!」」
こんがりとした焼き色のついたパンの完成だ。
あとは粗熱を取ればすぐに食べられる。
オーブンからパンを取り出そうとすると...インディゴが何か言いたげに肩を叩く。
「どうしました?」
「あのな...コウタ、卵焼き冷めてしまってないか」
「..........あ」
弁当の定番である卵焼きだから冷めても美味しいはずだが...焼きたてが一番美味しいのに違いはない。
パンが出来る直前くらいに作り始めれば良かったなと後悔をしながらインディゴと二人で笑いあったのだった。