4.『勇者一行がもれなく下僕落ち』
「それでも俺は....やりたいと思います」
これでしか辿り着けない未来があるから。
リオンとのアフターストーリーがあるのかは分からないけどそれを見るためならどんな事でもやろう。
.....あ、嘘。戦いたくもないし死にたくないからそれ以外ならやる。
というかリオン達を見ても主人公らしき人物はいないから俺が主人公なはずなんだが...スキルとかは覚えられないのだろうか。
ゲームなら主人公も様々なスキルが持てるし、育成によっては魔法も使えるようになったりする。
今度試してみようかな。
剣術なら素振りをする、魔法なら詠唱練習に身につけたいスキルに関わる事をすれば多少なりともスキルレベルは上がったからここでも同じ事をすればいけるかもしれない。
ま、出来たとしても戦いたくないから戦闘系のスキルは覚えたくない。
痛いの怖い。
「問題は山積みだぞ...それでも?」
「はい」
「良かろう。ではこれを付けろ」
何処からともなくインディゴが取り出したのは禍々しい色をした赤いリングだった。
指輪かと思ったが、大きすぎるし...腕輪にしてもまだ大きい。
まさか....。
「これどこに付けるんですか」
「首だ...さっさと付けろ」
「....はい」
俺は犬じゃないと反論したくなるが、力の無いか弱い俺は黙って従う事しか出来ない。
首に付けると少し空いていた隙間が一瞬で埋まり、ぴったりと肌にフィットする形になる。
「これは私との契約の証だ...少しでも失敗したり、万一私に歯向かおうとした時には______首が飛ぶ」
「何て物騒なもの付けさせてるの!?」
「どうせインディゴさんならこんなの付けなくても俺くらい殺せるだろうが!?」
「ははは、念のためだよ...それに契約って響きとは甘美だからな」
インディゴに迫るリオンと俺を軽く流し、恍惚とした表情を浮かべ「ちなみに私のはこれだ」と対照的に紅の宝石のついた銀のお洒落なリングを見せてくる。
ずるい、俺もそれがいい。
「さて...貴様には明日から仕事に励んでもらおう。部屋と食事は用意するから気にするな」
「.....明日?」
流石に早すぎじゃないか。
「何を驚いている?言っただろう...貴様が思ってるよりも問題は山積みだと」
「....ああ、言ってましたね」
「レトワールの侵略をやめてやる今...ゆっくりしてる暇はないのだ。王国を守りたいなら働け」
「.........」
「明日、王国攻めようか」
「魔王様の仰せの通りに」
目にも留まらぬ早さで頭を下げた俺にインディゴは満足そうに「よろしい」と呟いた。
いや、これ社畜確定だ。
よくよく考えたらただの高校生が国を建て直すとか無理じゃない?
「(でも、逆らったら首が飛ぶしな...)」
この世界で死んでも元の世界で復活出来るという可能性も否定できないが、絶対ではない。
それにせっかく大好きなゲームの世界に来れたのにこんなくだらない理由で終わるわけにはいくか。
....今日は寝れなさそうだ。
「貴様らはどうする?下僕の件は済んだから戦っても良いぞ...まだその男は回復しきってないようだが」
インディゴが今度はリオン達の方に向き直ると、未だに動かないマホガニーを含めて全員が黙り込む。
これが正しいルートならリオン達もインディゴに協力するはずだ。
というかしてくれないと困る。
仮に戦いが起こってしまったら______終わりなのだから。
「私はぁ...魔王様につきたいかなぁ...」
沈黙を破ったのはおずおずと手を挙げるアザレア。
「何を言ってるの...!?私達を裏切る気?」
「.....どういう事ですか?」
リオンは怒ったように、マホガニーを治療中のカナリアは冷静にアザレアの方を見る。
「裏切るっていうかぁ、私がリオンさんのパーティーに加わったのはぁ...王国に残る家族を守りたかったからで...魔王討伐に臨んだのもそれしか方法がないと思ったからですぅ。でも、それ以外の方法があるならぁ...話は別です」
気の抜けた声質が一気に引き締まる。
アザレアは大切な事を話す時、あるいはとんでもなく感情を揺さぶる出来事があった時のみ普通に話す...という設定があるのは知っていたが見たのは初めてだ。
「私はリオンさん達が大好きです。だけど知っての通り私は戦いが嫌いです...怖いんです。だから、盗賊っていうあまり前線には出ない職を選びました...魔王様、私も協力してはいけませんか?」
「私は魔王だ。仮に協力を受け入れたとしても貴様を殺すかもしれん...そんな危ないのに協力するくらいならこの場で殺した方が良いのではないか?」
殺される気がないくせによく言う。
というかインディゴを殺せるのって先代の勇者達だけだろ...彼らは皆もう死んでいるし、この世にインディゴを殺せる者なんているんだろうか。
想像もつかない。
「確かにぃ...そうかもしれませんけどぉ...」
「む、話し方が戻ったな」
「疲れましたぁ....」
「......そ、そうか」
魔王が...インディゴが珍しく困っている。
アザレアのマイペースさには魔王も勝てなかったか。
「私はぁ...魔王様に勝てるとは思いません。立ち向かったところでぇ、即死は目に見えていますぅ...」
「で、でも!私たちが力を合わせればっ」
「本当にそう思うんですかぁ...リオンさん」
「え....」
「確かにぃ...私たちは魔王の手強い部下たちも倒してここまで来ましたぁ...私たちが王国で最も強いのは間違いないでしょお...」
「じゃあ....」
「しかし、それだけですぅ。本当は分かってるんでしょ...この人は格が違う」
アザレアの言葉にリオンは言葉を詰まらせる。
何も言い返さないということはつまり肯定だ。
しかし、魔王を討伐する勇者として王国の命運を背負わされた以上簡単に認めるわけにはいかないのだろう。
「ふむ...貴様、私の力をどこまで分かっている?」
「...ご想像にお任せしますぅ」
「ははは、いいだろう!戦闘能力はともかくとして貴様は...出来る。貴様との契約を認めてやろう...勿論、首輪は付けてもらうが」
「....オシャレですよね、その首輪ぁ。是非、付けたいですぅ」
「オ、オシャレ?....う、うむ。ならいいのだ」
確かにアザレアは出来るな。
魔王のインディゴのペースをここまで崩すんだから。
戦い以外だったら意外に勝てるんじゃないか...例えばトランプとか。
でも、センスは...正直絶望的な気がする。
「それならば...私もお願いします。アザレアの言う事は最もです...それに私は魔物も救ってあげたい」
「魔物も人間も救いたい...とは珍しいやつだ。それは聖職者だからか?」
「それもそうですが...いえ、これはいいでしょう。私はあらゆる者の安寧と安らぎを望みますので」
「......首輪」
「っ...!?つ、付けます...」
治療を継続しながら顔を真っ赤に染めて恥じらうカナリアを見たインディゴが何故かこちらを見てくる。
「なあ、あれが普通ではないのか?私はこんな反応が見たかったのだが...私がおかしいのか?」
「いや、おかしくないと思います」
恐らくアザレアの事を言っているんだろう。
というかこの魔王、悪趣味だな。
「え、カナリアまで...!?うぅ...」
意識を失ったマホガニーを除けばこの場でインディゴへの協力を申し出てないのはリオン一人だ。
すっかり孤立無援になってしまった勇者は困惑したように頭を抱える。
そんなリオンに近づいたのはアザレアだった。
「ねえ、リオンさん...これは負けなんかじゃありませんよぉ」
「え.....?」
「私たちが全滅し、王国が魔物の群れによって侵略されてしまったらぁ...それは間違いなく私たちの敗北でしょう...でも、私たちはまだ生きていますぅ。王国の人たちも同様ですぅ」
「.........」
「私たちが目指していた勝利は...もう手に入らないのかもしれません...だけど、それが何だというのですかぁ」
「アザレア」
あれぇ、これ主人公アザレアに見えてきたぞ。
リオンの目、めっちゃ潤んでるし...え、これから見るのってリオンとアザレアの結婚ストーリーなの?
アザレアの方が一緒にここまで冒険してきたわけだから好感度は断然俺より上だし、今のアザレアは男の俺が見てもカッコいい。
....強敵だなあ〜、これ挽回出来るのか。
「私たちはただ違った形で勝利を収めるために一歩を踏み出すのですぅ...」
「......わかったわ。私は魔王インディゴ、あなたに従う」
「ほお、勇者一行が皆、私の下僕になると...面白い事になってきたな」
「ただし、私は諦めないわ...これまで以上に強くなっていつかあなたを倒してみせる」
「それは楽しみだな!でもちゃんと仕事はしろよ」
「分かってるわ」
こうして『レトワール戦記』は誰もまだ見ぬルートに入った。
アザレアに美味しいところ取られちゃったけどゲームならともかく今の俺はリオン達と初対面の一般人だ。
厳しい戦いを乗り越えてきた仲間の言葉だからこそ心動かされたのだろう。
これに関しては諦める。
うーん、でも他におかしい事があるんだよな。
間違いなく『レトワール戦記』のストーリーは前に進んだ。
つまり、ゲーム通りのシナリオで進んでいるというわけだ。
「(なら何で俺はリオン達の仲間として存在してないんだ?)」
ゲームならば俺は勇者パーティーの一員としてこのルートに進んでいるはずだ。
だから主人公じゃないのかと思ったら、ブログに書いてあった主人公が起こすコーライベントはきちんと俺が発生させてるし。
全く意味が分からない。
俺は...この世界でどういう存在なんだ?
まあ、考えても仕方ないだろう。
ストーリーは問題なく進んでいるんだからどうだっていいじゃないか。
それよりリオンとどう距離を縮めるかと明日やる事について頭を回そう。