3.『コーラで新ルートを見つけました』
ラスボスの魔王インディゴに話しかける際に所有している時のみ特殊な選択肢が出現するアイテムがある。
それは『コーラ』だ。
冒険の始まりに王都のどこかにいる少女からの依頼をクリアすると手に入るもので性能としては体力小回復とお世辞にもいいとは言えない。
まだ体力を中回復するソーダや大回復するクリームソーダなどの方が需要があるだろう。
まあ、ソーダやクリームソーダは限られた場所でしか買えないうえに高いのでどこでも売っているポーションの方を使うのがほとんどなのが現実だけど。
コーラはソーダなどと違い購入する事は出来ず、王都の少女の依頼達成報酬でしか手に入らない。
俺みたいな大半のプレイヤーは見逃し、気づいたとしても性能が性能だからボックスを空けるために序盤で使ってしまう。誰も目にも止めないアイテムだと思っていたのだが...
これを魔王インディゴ戦まで所持していると戦う、やめる、の選択肢の他に献上するという新たな言葉が出現するらしい。
するとインディゴが「っ...!?それは」と言い、主人公の「だから話してくれないか、レトワール王国を侵略したい理由を」という言葉が続いたんだそうだ。
しっかりと一言一句間違えずに言えて良かった。
「ごくっごくっ....ぷはぁっ!やっぱこれだな!貴様よく私の好物がコーラだと気づいたな...」
インディゴは俺の献上した自販機で買ったコーラを一気に飲み干し、楽しそうに笑う。
フレイ達はインディゴが急に戦う気をなくしたため頭にクエスチョンマークを浮かべながら立ち尽くしていた。
しかし、警戒は解いていないのかいつでも武器を抜けるように構えているのが分かる。
流石は勇者のパーティーだな。
「さて...私はとても機嫌がいいぞ。貴様の名前など興味などなかったが聞いてやろう」
「俺は信楽浩太と言います」
「シガラキコウタ...か?珍しい名前をしているな」
まあ、そんな事はいいとインディゴは玉座の目の前の床をポンポンと叩く。
「話すなら近い方がいいだろう?ここに来い」
「ちょっと待って!あなた戦いはどうしたのよ?今にも...みたいな感じが出てたじゃない!」
置き去りにされたリオンが慌てて説明を求めるとリオンの仲間たちが一様に頷く。
どうやら皆、気持ちは一緒らしい。
まあ、いざ最終決戦ってなった時に何でいるか分からない普通の人間がコーラを渡したら二人で話し始めた...とかゲームで起こったら俺もリオンたちと同じように頷いているだろう。
「いや、どう考えても貢物をしたやつが優先だろうが...それも最高のものを与えられたとなれば尚更だぞ?」
「え、そういうものなの...」
「このクソ魔王めっ!わしらなど眼中にないということかぁ!?いいだろう...その首マホガニーが貰い受ける!」
顔を真っ赤に染め上げたマホガニーが大斧を担ぎインディゴに向けて一直線に突進する。
筋肉質で大柄な身体に見合わない速度でインディゴとの距離をゼロにまで詰めた彼は大斧を振り下ろ______
「何だ、貴様」
「ぐっ.......」
せなかった。
インディゴが特に驚いた様子もなく指一本で大斧を止めたからだ。
「私は言ったぞ?...貢物をしたこやつを優先すると」
「何じゃ...たかがコーラを渡しただけじゃろが」
「ほお、私の好物をたかがと言うか...」
インディゴの表情がすっと消える。
瞬間。
「が.....はっ」
マホガニーの腹に彼女の右ストレートが突き刺さる。
大柄な身体はゴム鞠のように大広間で跳ね上がった後に動かなくなった。
「「!?」」
「マホガニーさんっ!」
カナリアが急いでマホガニーに回復魔法をかける。
魔法陣の大きさからか上級魔法かと思われるが流石に魔王の一撃を受けたからか即復活とはならないだろうな。
「あなたマホガニーに何て事をっ!」
「好物をバカにしたのだ。当然の報いだろう...勇者一行だか何だか知らんがあまり思い上がるなよ?貴様ら程度の雑魚はそうだな...1分で片付けられる」
勇者パーティーになんて言い草だ。
このまま決戦とかなったらどうしよう。
怒り出しても仕方ないと思ったが、リオン達はマホガニーの一幕を見て踏みとどまったようだ。何とも微妙な顔をしているが。
「ふむ、誰もかかってこないか...よし、コウタよ、来い」
「...あなた、話をするふりをしてその人を殺そうとしてるんじゃない?」
「おいおい、信用ないな...ま、いいだろう。そんなに心配なら勇者、貴様も来い。それならすぐに守ってやれるだろう?」
ここからは会話が続くはずなのでインディゴが俺を殺すのはあり得ないのだがフレイが心配になるのも分からなくもない。
相手は強大な力を持つ魔王なのだ。
それに弱き者を守るという勇者としての性格もあるのだろう。
インディゴが全く悲しくもなさそうに泣き真似をしながら提案するとフレイは納得したのか俺と共に玉座の前の床に腰を下ろす。
「ふむ、コウタよ...貴様が聞きたいのは私がレトワール王国侵略する理由だったな」
「はい」
「今まで数えきれないほどの者たちが私に殺されたり逆に殺したりしてきたが...そんな事を言う奴は初めてだ。皆、揃って私との戦いを選ぶからな」
『レトワール戦記』の設定では魔王とは何千年も前から存在していて倒されてもまた気がつけば復活してそれをまた倒すを繰り返して今に至るという流れがある。つまりこの魔王インディゴは何千人もの勇者や仲間達と死闘を繰り広げてきたわけだ。
「やはり貴様は面白いやつだ。私がレトワール王国を侵略する理由としては魔物達の繁栄を実現したいからだ」
「魔物達の繁栄?」
「ああ、ここ...そうだな、仮に魔王領と名付けておこう。この地にはゴブリンやスライム、オークやオーガなど様々な魔物が暮らしている。しかし、食料問題や住処の問題など色々な障害が山積みになっているのが現状だ。何千年前かに何度か試行錯誤をしたものの芳しい効果は得られなかった______だからレトワール王国を侵略する事にしたのだ」
「ただの気まぐれじゃなかったのね」
「貴様、失礼なやつだな。これでも魔...王!だからな」
フレイが意外そうな様子でそう漏らすとインディゴがすっと闇の矢を飛ばした。
危ないと言おうとしたがフレイは表情一つ変えずに大剣を振り抜く事で弾く。
「チッ、外したか」
「あの矢結構重かったわよ?不意打ちとは卑怯ね」
「ははっ、私は魔王だからな」
インディゴが闇の矢を創生してから放つまで一瞬だった。前動作も無かったのに何と言うこともなく反応できるって...やっぱりフレイは強い。
「レトワールなら食料、住処などあらゆる問題が解決する。王国から適当に商人の捕虜とかを捕まえて商売のやり方でも教えさせれば魔物の繁栄を象徴する国の出来上がり...ってわけだ」
「でも、それじゃあ私の故郷の人はどうするのよ?」
「殺すさ。捕虜も役割が終われば殺す。魔物の国に人間などいらないからな」
「やっぱり許せないわ...気まぐれじゃないのは分かったけどあなただけは殺さないとっ!」
「おー、怖いね。その殺気!ゾクゾクしてくるぞ」
ここまではシナリオ通りだ。
フレイが大剣の鍔に手をかけて今にも斬りかからんとインディゴを睨みつけているが大丈夫だ...多分。
あとはここで俺がある提案をすれば良い。
(...ここから先は何が起こるか分からないんだよな)
今まではあのブログに記してあった台詞の通りに話し、展開も一致していたから安心出来た。
しかし、主人公がある提案をするところで文章は止まってしまっている。
もうシナリオ通りの正解なんて頭にないし、ゲームみたいにセーブ機能なんて存在しないから一度失敗すればその時点で終わりだ。
レトワール戦記って結構選択肢多めで行動の自由度もかなりあるゲームだから、それをセーブなしで一発でちゃんとエンディングを引き当てなきゃいけないとか...考えただけで頭が痛い。
「そんなに怒るなよ。貴様らだって私の大切な下僕たちだけではなく私が頼りにしてきた部下まで殺してきたんだろう?...ならば私が人間を殺す事をどうして躊躇うか」
「それはっ...!」
口を噤むフレイに責めるような言葉を吐いた割に怒った様子もないインディゴが冷静に続ける。
「貴様らには故郷の国を守るという重責がある。だから、魔物たちや私のような魔王を殺す事を迷っている場合ではないのだろう。それと同じで私たちも魔物の繁栄という夢を叶えるために...容赦なく人間を殺すのだ」
魔王インディゴには実は理知的という裏設定がある。
レトワール戦記の製作者は「インディゴは魔王だが悪とは必ずしも言えない」と話していだはずだ。
今になって気がついた事だがこの言葉を見れば魔王インディゴを倒してはい、終わりなんて有り得ない。
やはり、彼女と戦う選択は間違っているのだろう。
「(それにしても...静かになっちゃったな)」
正論をかました魔王様のせいで大広間に重い沈黙が訪れてしまった。
丁度いい、ここで動こう。
またフレイとインディゴだけの世界に入られたら口を挟めなくなるからな。
「あの、魔王様」
「インディゴで良いぞ...普通ならまず許さんから光栄に思えよ」
機嫌が良すぎて怖くなってくる。
許可貰ったから名前で呼んでやっぱ気に入らんとか言われて殺されたりしないよね?
「....インディゴさん」
「うむ、何だ」
恐る恐る名前を呼んでみるとインディゴは普通に反応してきた。
命は...うん、まだある!
俺はまだ生きてるぞ!
「私が許可を出したのだ。それに従って殺すなんてつまらん事するわけなかろう」
「ナンデカンガテルコトワカルンデスカ?」
「これくらいどうって事はない...少々、心を読んだだけだ」
失礼な事考えたら殺されるやつだ。
これからはインディゴの前では無になろうと心に決めた。
「で....要件は何だ?」
「はい、もし俺が魔王領をレトワール王国以上に活気溢れた国にすることが出来れば王国の侵略をやめてもらえますか」
俺が頭を下げるとインディゴは「ほお」と漏らし、空になったボトルを弄びながら
「面白い...面白いが、貴様が思っているよりもそれは楽ではない。」
どこか過去を見るかのように遠い目をしたのだった。