2.『痛くて危険な魔王討伐はもう古い!?』
鳴り響く甲高い金属音。
俺の胸に激痛が走る事は無かった。
恐る恐る目を開くと、メープル色の長髪に不死鳥をモチーフにした髪留めを付けて魔王インディゴとは対照的に純白の鎧姿で金色に光り輝く大剣を振り抜いた女の子が俺を庇うように立っている。
どうやら闇の矢を大剣で弾いたらしい。
ふう、危なかったと息を吐き、彼女は俺に振り向く。
「な、何で一般人がこんな場所にいるの...?ここは危険だから早く逃げて」
魔王インディゴがいるって事は勇者もいるのは当然だけどタイミング良すぎるだろ...。
彼女の名前はリオン=ブレイブ。
主人公の友達でありレトワール王国から任命された勇者で小さい頃から魔法の天才にも関わらず剣術にも優れていて初期ステータスも主人公や他の仲間とは桁違いだ。ちなみに『レトワール戦記』で俺が最も好きなキャラクターである。
「ほお、貴様が本物の勇者ってわけか...オーラも凄まじいっ!久々に本気が出せそうだ...ははっ」
「あなたが魔王インディゴなのね...女の子だとは思ってなかった」
「それはお互い様だろう?それに______」
「「っ!?」」
魔王インディゴの表情が一瞬にして変わる。
口調とは裏腹に可愛らしかった笑顔は消え失せ、冷酷な目つきで嗜虐的な笑みが顔を出した。
「強さに男女の違いなんて...ちっぽけなものだもんなぁ?」
「こ、これが...魔王の真の力!?あなた、早く逃げて!!ここから先は私にも安全の保証が出来ない!」
鬼気迫った様子でリオンが叫ぶ。
しかし、俺は動けないでいた。
単純に魔王のオーラに腰が抜けて力が入らないのだ。
「のお、リオン!オーガパラディンの群れは倒した...って何じゃあれは」
「あれが______魔王なのですか!?」
「嘘〜、あんなの無理だよぉ」
背後から複数の足音が近づいてくる。
身の丈以上の斧を軽々と担ぎ、口元を髭で覆った爺は斧使い、マホガニー=ゴンズ。
水色地の貫頭衣姿で鮮やかな銀髪をすっぽりと覆い隠して錫杖を持ちポカンと口が開けたままになっている女性は聖職者、カナリア=コンフィ。
そして、口元を黒のバンダナで覆い、腰元に何本ものナイフ、小袋をぶら下げて涙目で弱音を吐いているの小柄な少女が盗賊のアザレア=テラコッタである。
いずれもゲームで仲間になるキャラ達だ。本当はこの人数にもう一人主人公が加わるし、選択肢次第では一部違う顔ぶれになったりもするが、大体はこのパーティーになる。
「みんな気をつけて...今までの敵とは格が違うわ。あ、そうだ!アザレア」
「は、はいぃぃ!何でしょぉ」
「この人を安全な場所まで連れて行ってあげて」
「な、何でこんなところに普通の人がぁ?...ま、まあ...わかりましたぁ。それでこの人を連れて行ったら私も帰って...」
「ダメに決まってるでしょ。ちゃんと潜伏スキルと加速スキル使って戻ってきて」
「ふぇぇ...勇者様は厳しいですぅ」
フレイにぴしゃりと逃走を拒否されてアザレアは不満そうに頰を膨らませながらも俺のもとへと近づいてきてそっと手を差し出す。
「あの...魔王のオーラにやられてますよねぇ?立てますかぁ?」
アザレアは一目見ただけで俺が腰を抜かしている事に気付いたらしい。
流石は盗賊だ。
盗賊は五感や観察力、洞察力に特に優れた職業で攻撃力や防御力の低さは目立つものの隠密行動や撹乱、妨害では右に出るものはいない。リオンが俺を逃すのをアザレアに任せるのも納得がいく。
「ああ、ありが...」
「そんな大声で言われて逃すと思うか?」
「ひっ....」
「きゃっ」
華奢な手を握ろうとした瞬間______彼女と俺の間に俺を殺そうとしたものと同じ闇の矢が通過する。
凄まじい速度で飛来した矢は大広間の壁に当たると爆発を起こし、出来たクレーターの大きさが威力の高さを物語っていた。
「そいつは驚くほど雑魚だ。弱い拘束魔法にさえ抵抗出来ないくらいのな...でも、そいつは私の居城を突破して一人でここまで来たのだ。そんな意味のわからんやつを逃したら何が起こるかわからん」
インディゴの話を聞き、リオン達が信じられないものを見るかのように一斉に視線を注ぐ。
いや、気づいたらここにいただけだから。
何かインディゴの中でもフレイ達の中でも俺がとんでもない力を隠し持ってるとか思われてそうだな...そんなものないのに。
「その人を逃したから戦いたかったんだけど...仕方ないわ。みんな!その人を護衛しながら戦って」
「ほいほい」
「わかりました」
「頑張りますぅ...」
「おいおい、そんな中途半端な戦闘スタイルで私を倒すつもりか?何の思い入れもない一般人なんか放っておけばいいものの...全く、私も舐められたものだな」
インディゴが呆れたように溜息をつきそれぞれ武器を構え始めるフレイ達を哀れむように首を横に振る。
これはマズイな。
魔王インディゴはリオン達が全力で戦ったとしても勝利出来ない相手だ。ましてや俺を庇いながらなんて戦い方をしたら...すぐに全滅するのは目に見えている。
『レトワール戦記』が大好きな俺はこのゲームのクリアを夢見て何度も何度も魔王インディゴ戦に臨んできた。
でも、一度たりとも勝てていない。
つまり、この戦いの勝負はもう決まっているという事だ。
くそ、どうすればいい?
普通に戦ったら勝てない。俺が大好きなキャラ、リオンや仲間達は死んでしまう。
その後に残った俺も魔王インディゴに瞬殺されて一生を終えるんだろう。
力のない俺には何もする事が出来ない。
ただフレイ達が惨敗する様を見ている事しか出来ない。
そんなのは嫌だ。
せっかく大好きな『レトワール戦記』の世界に来たんだ。まだ誰も見たことのないエンディング、アフターストーリーを直に体験できるなんていう機会を無駄になんかしたくない。
何か方法は...何か方法はないのかっ。
思考を必死で巡らせる。
必死で必死で必死で必死で....。
「...........あ」
確か一週間前に俺は『レトワール戦記』の攻略に疲れてネットを見ていた。
もしかしたら誰かがこのゲームの攻略の糸口を見つけているかもしれないから。
そんな淡い期待を抱きながら...レトワール戦記の公式サイトや俺と同じ悩みを抱いた人の数々のブログをスクロールしていく。
どうせ今日もないんだろうなと思った時。
ページをめくりすぎてとうとう関係のない話題に検索結果が並んできた一番下にこんなタイトルを見つけた。
『痛くて危険な魔王討伐はもう古い!?レトワール戦記攻略に光』
正直こんなものは世の中にいっぱい溢れててその一つ一つがことごとく失敗に終わっている。
だから、これも気が向いた時に試そうと軽くサイトを見ただけに留めたのだ。
「まさか使う日が来るとはな...こんな形で」
必要なキーアイテムは一つ。
その情報を書いた人もまだやりかけでエンディングには辿り着いていないらしい。
誰も進んだことのない茨の道だという事だ。
ゲームとは違って失敗したらやり直せない。
でも、行くしかない。
問題はアイテムがあるかという事だが______これが奇跡的にあるんだよな。
あとは俺の覚悟次第だ。
覚悟を決めろ。
戦わなくても魔王に勝てることを______
「ちょっと待って!!!」
「「「「「!?」」」」」
戦闘態勢に入ったリオン達とインディゴが驚いたようにぴたりと動きを止める。
「何なんだ?貴様から殺して欲しいのか...大人しくそいつらの後ろでガタガタ震えてれば...」
「これを貴方に献上するっ!?」
「.....っ!?それは....」
「だから話を聞かせてくれないか?貴方がレトワール王国を侵略しようとする理由を」
証明してみせるんだ。