↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

摂氏36.5度で抱きしめて

作者: 福島 エクス
掲載日:2019/08/31

201X年、角田市は核の霧に包まれた!阿武隈川は枯れ屏風岳が裂けるなんてことはなかったが、全ての生物が死滅した。

音もなく前触れもなく誰も気に留める事なく、放射能は瞬殺の領域に膨れ上がって町を眠りつけた。一斉。


私は馬宮(マミヤ)。角田市で女子中学生をしている。今日は卒業式の前日。春休み前の日曜日。ここはビジネスホテルの一室。あまりの突然変異に電気だとか水道だとかの無人系のインフラは俄然なく動いている。生き物だけが死に絶えたここで私はケータイでトピックスを観ている。それによると昨日の14時くらいに、ウクライナとかの事故の放射能雲がハラペーニョ現象とかロナウジーニョ現象だとかで角田市に積もったとかなんとか。結果的に生物の大量死滅と、お偉い東京と名の付く大学教授がそう説明をした。まとめサイトではウクライナでの事故の話題とか安否確認のデマや凶報が飛び交う。意外にもニュースは感情的ではなく事務的だ。きっとまだ安否も信用できる情報も状況も何もわからないだろう。少なくともここで生きているのは、『キムラ』ただ一人だから。



3/18(月) 7:30

「馬宮さん・・眠れた?」

ノックをして、鍵がかかっていない(ストッパーが挟まっている)ことを確認するとそう声をかけた。『キムラ氏』は隣の部屋で夜を過ごしたらしい。角田市がこうなろうとも紳士の代名詞たるキムラは、男女同室はまずいと、部屋を離した。別れればいいが、それはできない。今や私はキムラの傍にいないといけない。そうしないと糸の切れた人形のようになっちゃうから。

今、ここにいるキムラは宇宙服に身を包み、備え付けられたトランシーバー(ブルートゥースのやつ)で会話には困らない。この極地仕様の作業着がキムラを生き長らえさせていた。・・・裏を返せば絶対手出しできないのにね。変な奴だねキムラは。

とりあえずこれからどうしようかと思う。今日は月曜日。本来なら卒業式だが、きっと誰もいない。一夜明けてもここには誰もいない。誰も入れない。何もいなくなった町は昨日までの霧も晴れて静かすぎる。生き物の一つもない。どこにもない。文明が残っていただけだった。そういえばお風呂に入っていなかった。

「シャワー浴びてくるね?」

部屋の風呂桶に水を張り簡単に湯あみをする。昨夜は眠れたかというキムラの一言がいまさらながら頭を反芻する。眠れるわけなんてなかった。休めるわけなんてなかった。結局ずっとケータイをいじって知人全員に送ったメッセージに既読がつかないかと祈ったけどダメだった。私はシャワーの中ですっと自分の腕を見つめる。体を見返す。そのどこにも生前と何も変わっていなかった。

そうさっき、言った通り、角田市で現在唯一の生存者はキムラだけである。私は死んでいる。放射能の雰囲気の中で例外なく死んだのだ。だが私はこうして人格を持ってあれこれと思いを持っている。ゾンビなのだ。私は知らなかったのだが、キムラはそういうことができるネクロマンサーだったのだ。



3/17(日) 15:00

遠くのどこかで爆発事故が起きて、巡り巡ってその時の気団が角田市を飲み込みつつあるころ。つまり卒業式の前日の日曜日に私は公園にいた。キムラといた。理由は単純。デートだ。

クラス会があって、その時にこうしてデートに誘われた。きっと前々から気が合ったに違いない。そんなドキドキ感がグループ内にも確かにあったから。


角田市に見るものはほとんどない。お昼に待ち合わせて駅前のショッピングモールをぶらつき、普通仙台でも行けばいいんだけど、その日はどうしても角田市にいたかったから、山を登ってロケットのある公園に来た。

そういえばここに来たのは小学校の遠足以来かもしれない。キムラもそうだ。ロケットの模型のある横の展示会場にはほかに誰もいない。宇宙の歴史とかには二人とも興味はない。私が探したのは、二人きりになれる場所と宇宙服。奥の人気のないそこで私はキムラにキスをした。不意打ちで。そして呆然としているキムラをしり目に、私は進入禁止と書いてある柵をまたいで超えてその奥の宇宙服を手にする。やっとキムラも気づいて二回くらいきょろきょろして生唾を飲んで何かを期待して。この助平め!!

「どうしたの?ここに入ってしまうと怒られるよ?」

キムラはそう言う。正論だけど、今はこれしか手はない。私にはもう残された時間がないことを知っていた。キムラが特殊な能力を持っていたように、私にも特殊な力がある。それは『未来予知』。

未来予知は絶対で回避ができないことは幼少のころから骨身にしみた事実だ。誰に話しても信じてもらえないし、今まで見えた未来はそのどれもが私に関した些細なことだった。その未来予知の中で最もはっきりと何度も見てきたものは私の最後だ。ここで宇宙服を前に死ぬ。それ以降の未来が見えないのはそういうことだと思う。だから私は何も言わずにキムラをおだてて若気の至りとしてその身を宇宙服で包む。その行動の意味も分からない。単なる自殺行為と俯瞰した自分が言う。これから何が起こるかなんてわからない。未来を変えられないのは帰結したから?それとも・・・そうして最後の思考はここで終わる。一瞬で目の前が灰色にとろけて悔しがることも残念がることもなく答えもなく私という人格は消滅するはずだった。


・・・でも私はこうしてその考えの続きをしている。ゾンビとして私の肉体はこうして息もして、意思をもって、死んだことも嘘かと思ったけど、そのあと静かな長い田舎の道を手をつないで歩いたのはよく覚えている。あたりの霧は深くどこも何もないけど、あぜ道は一寸先もわからないけど、宇宙服とゾンビは放射能の霧の中をならんでいくのであれば、話題には困らなかった。



3/18(月) 9:00

「卒業式って何時からだっけ?」

「えっと、確か10時前だったはず」

することもないので、卒業式をすることにした。提案したのはキムラ。相変わらず町は沈黙していて、誰もいない。でも空だけは高く今日はたくさん飛んでいたヘリコプターももういない。それほどに濃度がやばいのかな?

校舎は開け広げてあって入り口には卒業式の大きな立て看板がある。人の声もその湧き上がるはずの嬉しさはない。でも体育館の中はすでに準備されていた。二人しかいないのにここはたくさんのパイプ椅子があって寂しい。その真ん中で私は壇上のキムラを見つめる。二人だけの卒業式は一体何から卒業するのだろう?卒業生代表としてそれっぽいことを語るキムラを見ながら思う。なぜ私を生き返らせたのだろう。


私は物心ついたころから未来は見慣れた記憶のようなものだった。それはずっと変わらなかった。どんな悲劇的なことも死でさえも十分に予習済みだったから、達観したような気持でいられたのかもしれない。でも私にはもうこれからのことはわからない。ゾンビとなったから未来は知らない。ロスタイムに与えられた結末について、露ほどもわからない。ただ悲劇であることだけはわかるけど、それはやっぱり研究対象としてのサンプルに対する思想であって当事者意識としてはあまり悲劇的ではないな。


そうしていたら、キムラが私を見る。終わっていたらしい、茶番。

そして私たちは誰もいない体育館をあとにした。



3/18(月) 10:30

キムラにはやりたいことがいっぱいあるらしい。卒業式のあと私は体育館裏に呼び出されてそこで告白を受ける。なんとも情緒もない短距離無線通話のアプリを利用した告白。

「付き合ってください!!ずっと好きでした!!」

キムラはそう言って、手を伸ばして握手を求めるように。偏光ガラスのヘルメットのせいで表情は分からないけど、それが精いっぱいであるということはわかる。私は返事に悩んだ。私はこうなることを全く想像していなかったから。でもそうだな・・別にいいか。

私はうんと頷いた。それは肯定の意味。まだキムラは動かない。もしかしてこれがしたかったからわざわざ卒業式をしたの?

その問いに答えることはなかった。キムラはそれからその姿勢のまま倒れてしまった。



3/18(月) 13:30

「ねえ、僕はどれくらい寝ていたの?」

私は保健室でキムラの横でミネラルウォーターを飲む。3時間くらいと時計へ視線を誘導。沈黙。それが終わるとキムラは起き上がる。

そして当てもなく部屋を私たちは出て行く。まったく医療のことなんてわからない。でもそれでもわかる。キムラは死ぬ。もう幾ばくもない。それは死臭というのか?そういうのがよくわかる。だから観念したように語りだした。

ずっと前から決意していたことだった。卒業式のこの日に告白しようと。それなのに突然のデートがあって目の前で崩れ落ちた私を見たときに、どうしようもないほどの怒りが沸いた。だからやらなければならないことを決めた。先祖代々伝わる秘術を用いて私に反魂の術でゾンビとして生き返らせ、どんな結果になろうとも命を捨ててでもやらなければならないことだって告白をした。

無事終わって緊張の糸が切れたのだ。もうない時間のいくらかは知っている。だからこのままどこかここを離れて遠くへ行こうと卒業しようとキムラは言った。



3/18(月) 13:45~

キムラの足取りは重く、スーツの自重も堪えることもできずに引きずるように進む。最適防具でも完全に防ぐことはできない遺伝子破壊物質の前にもう崩れ落ちようとしている。昨日から何も喉を通していない。そのスーツを脱いだその時に昨日の私みたいに一瞬でブラックアウトするから。だから私にできることは肩を貸してあげる事だけだった。

校庭の真ん中を突っ切る。二人三脚で進む宇宙服の男子中学生と女子中学生のゾンビ。

キムラはきっと私に恋心がなかったらその宇宙服のまま、市外に逃げ出すこともできたはず。今もそうしないのは秘術でよみがえった私が離れることができないことを慮ったから。


私たちはもう死ぬ。・・・それは適当な表現じゃないな。でも今はそんな現象の形容を探している場合じゃない。

だから私はずっとお話をする。宇宙センターであった宇宙食のこととか、未来予知ができたこととか、お昼に食べた冷やし温麺のこととか。そのどれもに返事はない。青空の下にどこまでも人のいない世界には出口もない。それでも田舎のあぜ道を進む。私は泣く、悔しくて、悲しくて、むなしくて。空っぽになることが怖くなって声をあげて泣いた。

そしてその時、キムラはドシャって肩から滑り落ちてしまう。あっと小さな声が漏れたが起こそうとする私も倒れる。全身の筋肉はもう動こうとしない。ロスタイムの終わりを告げるホイッスルが聞こえた気がした。小さくなる意識があることを想う。

果たして未来予知がなかったら私はキムラの誘いに乗ってデートなんてしたのだろうか?天災があってゾンビとして再びがなかったら告白も承諾しただろうか?もしかしたらこれは未来予知のできる私のために、キムラの心残りを叶えるために、与えられたプレゼントだったのかも。二人にとっての最高のハッピーエンドだったのかも。そうじゃないと納得なんて出来ないじゃないか。


それでもたとえ納得できたとしても私は想像するんだろうな。あの日本来なら感じた手と手をつなぐ青い喜びとその確かなぬくもりを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。