2章『白濁を紡ぐ姫』 (2)
「は!? あの山岡先輩に彼女が!?」
「声が大きい」
信太の声で食堂にいた何人かがこちらを見る。
マサの諌めによって浅川信太は座り直した。
渡里高校の月曜日。昼休みにて、いつものように食堂で洋食ランチを頼んだマサと信太。
昨日も降っていた雨は、今日も止まず、梅雨の鬱陶しさを感じさせた。
「どんな人!? 随分、奇特な女の子もいるもんだなぁ」
「西洋風の金髪美少女でゴスロリ。オタサーの姫だよ」
「あっ・・・」
『オタサーの姫』という単語で信太は何かを察したようだった。
「山岡先輩・・・、強く生きろよ」
まだ『浮気疑惑』まで話していないのにも関わらず、山岡に同情心を持つ信太をみて、マサは随分と勘の良い友人を持ったと思った。
「やっぱり、外国人の血って惹かれあうのかなぁ」
「?」
「あれ、知らなかったっけ? 山岡先輩のお母さんは外国人だよ。西洋風の。ちらっとだけ見たことある」
山岡は、一般的な日本人の髪と目をしているものの、顔立ちは少しだけハーフのような顔立ちをしてる。人間が『肉塊の化け物』にみえるマサも、人の見分けを始め、人種等の認識は可能だが、山岡本人の性格によって西洋風の印象がかなり薄れていた。マサはそこまで山岡に関心がなかったから余計に気づかなかったのかもしれないのだが。
かつて、外国人居住区であった神無市は外国人の数が他の地域より多い。彼も移住してきた外国人の血筋なのだろうか?
「はー、それでも、俺はサーシャさんと結ばれてぇよ。・・・いや、分かってるんだ。サーシャさんの隣には同じロシア人のイケメンのほうが似合って・・・いや!それでも!俺は!」
マサは、信太にサーシャの本来の性別を教えていない。単純に見ていて面白いというのも勿論あるが、サーシャの『女装の理由』を尋ねられたら返答に困るのだ。
「ていうか、そんなにサーシャに会いたいならうちにこれば?」
「緊張して無理!」
信太は.千切れそうなほど首をぶんぶんと横に振る。
マサは、そんな信太を横目に放課後の行動を考えていたのだった。
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「・・・で、なんで俺がこんなところにこないといけないんですか」
マサと山岡の二人は、中央区のセンター街を訪れていた。東西に伸びたアーケードのついた商店街には、アニメ・ゲーム関連の商品を取り扱うお店が並んでいるエリアがある。
山岡の彼女であるという『氷雨秘姫』をR大学から尾行しているうちに、ここへたどり着いたのだ。『目が良すぎる』マサは、彼女を尾行することなど非常に容易であった。
「・・・俺、こういうところ初めてっすよ」
あまりオタク文化に明るくないマサは、初めて訪れる異様な雰囲気に怖気づいていた。美少女キャラの立て看板や大きな萌えアニメポスターはそのエリア一帯を異質なものにさせるだろう。なお、それらの萌え文化も彼にとっては、醜いものにしか見えない。【代償】がなければ、こういったサブカルチャーも楽しめたのだろうかと思うと、憾むらくは変わらない。
「あ、あそこ入ったぞ!」
モール内の柱の影から覗く二人の前方10m先。金髪ゴスロリ少女が、ある同人漫画ショップに立ち寄ったみたいだ。
「・・・中、見てきてくれよ」
山岡の言葉にマサは目を丸くする。
「は?」
「ほら、ワイだと、ヒメに気づかれるかもしれないンゴ! 店内は割と狭いんだぞ・・・」
「・・・いや、そうですけど」
依頼のためなら仕方ない。マサはため息をつき、了承した。
「あ、ついでにマッサ、『姉と一緒にお楽しみ!』の最新刊も買ってきてほし・・・」
「いやです」
それについては、きっぱりと断わせてもらった。
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マサは店内に足を踏み入れる。まずは、店内に流れるアニメソングが妙に耳についた。
平日の夕方ということもあり、そこまで人は多くなかった。時折、制服を着た高校生がいることにマサは驚く。
マサは店内をちらりと見渡し、金髪ゴスロリ少女の姿を見つける。彼女・・・ヒメが眺めている商品の棚へとさり気なく、偶然を装い近寄る。
「・・・え、男の人もBLって読むんだ」
「しっ、声が大きいよ」
女性二人組にちらちらと見られるマサであったが、彼は気が差さずにヒメを改めて観察する。彼女は、商品を珍味するのに夢中でマサの視線には気づかないようだった。
一般的に見れば美少女と言われるだろう彼女の鞄には、多くのアニメキャラのキーホルダーがぶら下がっており、つけえたられた缶バッチの数も多い。マサは、『これがオタサーの姫か・・・』と妙な感心を抱いていた。
ヒメは、欲しい本がなかったのか、別の商品の棚に移動するようだった。流石に同じタイミングで動くと気づかれる。マサは、彼女が移動した先を目で追いつつ、暫くしてから尾行を再開しようと思った。
しかし、
『R18 この先18歳未満の人は立ち寄れません』
と書かれた桃色の暖簾の奥へと彼女は消えていったのだ。
『超遠視』を持つマサでも、障害物があればその先は見えない。つまり、暖簾の奥を見ることは出来ない。飛縁真紗・・・16歳高校2年生は、まさかの事態に頭を抱えるしかなかったのだった。
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「・・・こんなところに呼び出すなんて趣味が悪いですわ」
桃色の暖簾の奥。肌色の多い美少女のイラストの描かれた本が羅列している本棚。金髪のゴスロリ少女、ヒメはそれらを眺める『ふり』をして、小さく呟いた。その呟きは店内の派手なアニメソングにかき消されていく。
18禁エリア内には、少女以外にも数名男性はいた。しかし、その男性は彼女を気にも留めない。そして、その少女のすぐ隣にいる『魔女』にも。
金髪のゴスロリ少女とその隣には、やたらと胸の開いた黒いドレスに黒い三角帽子の『魔女』。いくらサブカルチャーの場とはいえ、このような目立つ容貌をした女性二人が男性向けの18禁エリアにいれば、ちらりと見てしまいたくなるだろう。しかし、その場にいる男性は誰もそちらに目をやることはなかった。
「・・・仕方ないでしょ。【東を司る魔女】がこれが欲しいっていうもの」
黒いドレスの『魔女』は、ヒメに一冊の本の表紙を見せる。そこには、胸の大きな下着姿の美少女と『姉と一緒にお楽しみ!』というポップな字が載っている。
「・・・で、何のようですの?」
名前の通り、貴族のような喋り方をするヒメの言葉に『魔女』は呆れた様に返答した。
「私が取引きをしていた【魂転移】が捕まったのよ。やつらは、【吸血鬼対策本部】は我々の情報を手にしているかもしれない」
「そう、それは残念ですの」
ちっとも残念そうではなく、むしろ清々するといった風にヒメは言う。
「いざとなれば、あなたもこちらに戦力を貸して欲しいの。分かるわよね?」
「・・・分かってますの」
「で、他の【異形】は作れそうなの?」
『魔女』の言葉に、「はぁ」とヒメは呟き返答した。
「・・・簡単ですわ。あの年代の男はすぐに『やる』ことができますの」
「とんだクソビッチね」
『魔女』の罵倒の言葉にヒメは声をあげる。
「誰のせいですの! わたくしは、騎士『ライアン』以外の男には抱かれたくないですわ!
あなたのせいで・・・、あなたのせいで、わたくしは・・・」
ヒメの怒号は店内に流れるアニメソングをかき消すぐらいに大きかったが、それでも周囲の人どころか、暖簾の向こうにいるであろう客にも聞こえることはなかった。
「・・・いつまで、続ければいいんですの・・・」
「さあね」
そういい残し、魔女の姿は消えた。
すると、ようやくヒメの存在に気づいたアダルトエリア内の男達が、そちらを見やった。
「・・・【西を司る魔女】・・・」
ヒメは先ほどの『魔女』の名を小さく零した。
2019日3日7日 初公開。
残業により、目標更新大幅オーバー。無念。
いくつかの章のプロットは組み終わってますが、この章含むいくつかの章が『ミステリー要素』が迷子中なので、あらすじとキーワード変えるか迷っていたりします・・・。
お気づきかもしれませんが、1章でひとつの依頼をクリアといった形式です。
ツイッター:@kuroi_sumura
(遅れる等はこちらで報告します)
次回更新目標:7日24時ちょっとすぎ