表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

1章『純潔』 (EP) 

 翌日の昼間。

 サーシャとマヤは事務所で棚井の報告を聞いていた。


 棚井はサーシャの出した茶を啜りながら、煙草を取り出すが、やはり「禁煙です」とサーシャに咎められた。


「とりあえず、犯人は東京に輸送されるらしい」


 あれから、公園から少し離れた車で待機していた棚井の手回しにより、速やかに【魂転移(ソウルインポーター)】は『吸血鬼対策本部』によって逮捕された。その後はもう、探偵事務所の出る幕ではない。


「それにしても、【異形(クリーチャー)】と融合させる力・・・そんなものどこで手に入れたのでしょう?」

「・・・分からん。とりあえず、色々情報を集めるしかない。犯人は、錯乱していて話にならん」


 サーシャの問いかけに、棚井は頭を抱えた。


「とりあえず、娘を虐待していた獅子川瑠璃(ししかわ るり)の父親は降格確定。

 ・・・あー、この事件解決したら、警察とコネ作ってもらうはずだったのに、まさか依頼人が犯人だなんて」

「・・・三木川友里です」


 がっくりと肩を落とすマヤの言葉をサーシャは訂正する。

代償(コスト)】で、記憶喪失とはいえ、なぜ毎回そんな妙な名前の間違いを起こすのか・・・棚井には少し分からなかった。


「・・・彼女、【魂転移(ソウルインポーター)】も『忘れっぽい』んですよね」


 【魂転移(ソウルインポーター)】。【代償(コスト)】は『本当の自分』を忘れること。


 彼女にも本来は、家族がいて友人がいて、恋人がいただろう。しかし、その記憶をすべて失った。だからあんなに恋人に依存してしまったかもしれない・・・と、サーシャは考えた。


「・・・私もいつかあんな風になっちゃうのかな」


 『記憶喪失』の【代償(コスト)】を持つマヤは不安そうに呟く。


「大丈夫です。マヤ様」


 サーシャは、マヤをぎゅっと抱きしめた。


「あなたがどれだけ忘れようとも、ずっとあなたの【人形(ドール)】です」


 マヤはその腕の中でこくりと頷いた。



******************************************************

 

 一方、渡里高校での昼休み。マサと梨々絵は、屋上にて話をする。



 「そんなことがあったのかい? それは残念だ」


  マサからも尋ねたいことがあったので、そのついでに、今回の事件を梨々絵に伝えたのだ。


「なんで梨々絵は三木川のブログを知っていたんだ?」

「最初から彼女のブログという確証はなかったよ。だから君に情報の照らし合わせを頼んだ」


 靡く黒髪をそっとかきあげ、彼女は笑った。


「三木川友里がブログで使用していたハンドルネーム『リリー』。

 これは百合の花を意味する単語から、付けられた名前だろう。・・・そして、それは僕も同じ」


 マサは、あっと声をあげた。


「梨々絵・・・、『リーリエ』、お前の名前も百合を表す名前・・・」

「ご明察。僕も彼女と同じブログサービスを使用し、同じハンドルネームを使用していた。

 だから、たまたま、彼女の記事を見つけたのだよ。

 同じ在住市で同じハンドルネーム、気にならないわけはないだろう?」


 梨々絵はすっとブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、操作を行った。


「良かったら、僕のブログも見るかい? ・・・リンク送っといたよ」

「・・・遠慮しとく」


 元彼女のブログを見る勇気はマサにはなかった。送られてきたリンクを開くことはないだろう。


「・・・でも、そのブログをなんで俺に・・・?」

「もし、あの悲しいブログが彼女のものであったら・・・。

 僕は、『君が彼女を救うきっかけ』を作ってほしかっただけだよ。

 そして、君も救われるはずだった。残念だよ」


 相変わらず、梨々絵のお節介な性格は直らないみたいだったようで、マサはどこか安心感を覚えた。


「・・・俺は三木川さんに恋はできない。彼女は周りと『同じ』だった」

「なるほど・・・、さて、君はまだ僕を『美しい』と感じるかい?」

「他よりはましではある。だけど、以前の美しさはない」


 マサは、『恋愛をした対象』以外、醜い『肉塊の化け物』にしか見えない。

 それがマサの【代償(コスト)】だった。


 常人なら、発狂してしまう光景をずっと見続けているが、マサがその光景を見始めたのが5歳のときで、普通の景色の思い出は少なく、この異常な光景を見ている期間のほうがずっと長い。もうすでにマサは自らの【代償(コスト)】を受け入れることができていた。誰が誰であるかの区別もつくため、日常にはそこまで困ってはいない・・・と思う。


 マサは、本能的に一目ぼれをした相手なら、最初から『美しいまま』、対象を認識できる。梨々絵は、マサが最初から美しいと思った数少ない人間だった。恋愛感情を抱かなくなっても、心の奥底にまだどこかしら未練というものが残っているようで、その未練があるうちは、梨々絵を美しく認識できる。しかし、その未練が薄れていっている今、彼女もだんだん歪み始めていた。


 最初から、『肉塊』のように認識していた三木川に恋愛感情はなかなか抱けないだろう。

 確かに、内面によほど惹かれるものがあれば、三木川を美しいと思えた日があったかもしれない。梨々絵もそれを考慮したのだろう。


 それに、周りが『肉塊の化け物』ばかりで、愛した人間だけ美しく思えたとして、様々な欲望をすべてその美しい人間にぶつけてしまう。それは、性欲だったり、品性であったり、独占欲だったり・・・。かつて、それらの欲求をすべてぶつけてしまった梨々絵には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 【代償(コスト)】の対象は何も人間だけではない。人間以外の生物はもちろん、植物、大地、空、木、建物、音・・・すべてのものに、マサは美しいとは思えないのだ。梨々絵が提案した『学費免除ラインの成績を下げる』というものに、プライド心もなく同意してしまったのはこのため。芸術科目の実技がかなり致命的に足を引っ張るのだ。


「・・・でも、君はまだサーシャはまだ美しく見えているんだろ?」

「・・・」


 サーシャも、マサが一目ぼれした数少ない人間で、一目みたときから美しく見えていた。その後、サーシャが『男』と知って恋心は終わると思っていたのだが・・・。


「・・・あのメイドをずっと美しく見ていたいなら、特に気にすることはない。僕はそれをおかしいとは思わない。僕は、君のことを一番に思ってるよ。・・・だって僕は、」


 梨々絵はにこりとマサに笑いかける。


「僕は君の元彼女なんだから」


 歪みかけた彼女の笑顔。マサはまだそれを美しいと思えた。

2019日3日4日 初公開。

一章完結。次回からは新しい依頼が3人を待っています。

章タイトル「純潔」は百合の花言葉で特に白色の百合の花言葉です。

能力!メイド!アルビノ!女装!吸血鬼!そして、なんちゃってミステリー?

好きなもの全部詰め込んだ作品です。よろしければ、感想評価ブックマークお願いします!

では、次の事件でお会いしましょう!


遅れるなどの報告→ツイッター:@kuroi_sumura

次回更新目標:5日24時ちょっとすぎ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ