1章『純潔』 (6)
「そんな・・・、じゃあ、私は男に嫉妬していたってこと・・・?」
友里が怒りで震えている。
「・・・とりあえず、あなたにはしかるべき機関で処置を決めます。今は大人しくして貰えるでしょうか?」
「・・・するわけないじゃない」
友里は、俯き、・・・そして、
「大人しくなんて、するもんかァアァァア!!!!!!!!」
「サーシャ! 離れろ!」
『彼女』の雄たけびのような声を聞いたマサは、サーシャに呼びかける。
「・・・っ!?」
サーシャは、咄嗟に友里の体から離れ、マサの右隣へと【瞬間移動】する。
『オォォオ・・・・!!!』
前かがみに呻く『彼女』からは、ブレザーをつきぬけ、『男の上半身が生えていた』。
「・・・西園寺武・・・?」
その男の体は茶色く変色しており、醜く血管が浮き出ていた。
その顔は、西園寺武の顔と一致していた。
「まさか、【異形(クリ-チャー)】と融合して・・・」
サーシャは絶句した。何が彼女をそこまでさせるのか、サーシャには分からなかった。
『ァ・・・、ア、・・・アァ・・・』
【異形(クリ-チャー)】は涎を垂らし、呻く。
『彼女』自身は、完全に意識を失っているのか、友里の体は完全にお辞儀をするように垂れ下がり、本来、あるはずの上半身には、【異形(クリ-チャー)】が存在していた。
「どうやって、【異形(クリ-チャー)】と融合したのでしょう・・・?いや、それよりも今は・・・」
珍しく取り乱すサーシャに、マサは冷たく言い放つ。
「もう、どうでもいいよ。あんな『肉塊』」
彼の両手から血が流れる。しかし、その血液の出口となる傷口は存在しない。
血が彼の両手を伝い、やがて、その流れはある形状を作り出し、液体から固形物へと変化する。
右手には矢、左手には弓・・・。彼は、自らの赤い武器を構える。
【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】。
彼は、慣れ親しんだ弓矢に血を変化させ、固有の【能力】である『超遠視』と合わせて強力かつ確実な矢を放つのだ。
『・・・、ヒエンクン、ドウシテ・・・? ドウシテ・・・?』
醜い男の口が動く。『彼女』本体が意識を失っているから代わりに【異形(クリ-チャー)】が喋っているのか。それは2人は分からなかった。とにかく、イレギュラーな自体に困惑している場合ではない。
サーシャも【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】で刃を生み出し、戦闘態勢に入る。
「さっさと消えろ」
マサが放った赤い矢は、確実に【異形(クリ-チャー)】の心臓を貫いた。
本来の矢より、深く突き刺さり、【異形(クリ-チャー)】は赤黒い血を流出させていた。
そんなグロテスクな光景に構わず、マサは淡々と矢を放つ。
【異形(クリ-チャー)】の頭、腕、腹・・・、確実に的に当てていく。
『アァァア・・・・!!!』
しかし、【異形(クリ-チャー)】は、再び、声を上げる。すると、突き刺さっていた矢がするりと抜け、貫かれた空洞が再生していく。
「・・・クソ」
マサは悪態をつく。
「・・・あは、あははは」
ふと、友里の声があがる。どうやら、本体である『彼女』は意識を取り戻したようだ。
『本体』は、前かがみになったまま、こちらを見て、嘲笑している。
「ここからが・・・、本番よ」
【異形(クリ-チャー)】の茶色く変色した背中から黒い翼が伸びる。
夜の闇に溶け込むような漆黒の翼を羽ばたかせ、【異形(クリ-チャー)】と三木川友里が『融合したもの』は空へ舞い上がる。
「あははははははは、もういいんだ! 別に愛されなくても!!!」
頭上から友里の声があがる。
マサは舌打ちをして、空へと矢を放つ。
「そう何度も、喰らわないわよ・・・」
およそ二人分もありそうな重力をもつ融合体はくるりと矢をかわした。
「絶対にこの力は使いたくなかった・・・。こんな醜い化け物になんかなりたくなかった。
・・・でも、また誰かに乗り移ればいいや。・・・マヤさんとかどうかなァ? ・・・んふふ」
夜空でくるくる動き回るそれに、マサの矢は当たらない。
どれだけ、遠くのものを見ることができる能力でも、マサ自身の動体視力は並であるし、確実に避けられてはどうしようもないのだ。
マサはいらいらしながらも、サーシャを見て「・・・頼む」と声をかける。
「・・・承知しました。我が【主】
サーシャは主人に軽く会釈をしてから、再び、空に浮かぶ『それ』を目にやる。
次の瞬間、サーシャは空へ舞い上がっていた。
闇夜に映える白いメイドは、異世界を訪れたかのように美しい。
サーシャは、【瞬間移動】を発動させ、『それ』と距離をつめたのだ。
「・・・しつこいメイドね」
とはいえ、重力には逆らえない。重力によってサーシャの体は下がる。
それに加え、くるりと動く『それ』と間合いを詰めたといえる時間はほんの一瞬なのだ。
その一瞬で刃を振り上げても、すぐにかわされるだけではなく、【異形】によって地面に叩きつけられてしまうのだ。
叩きつけられる前にサーシャは再び、【瞬間移動】し、『それ』に近づく。
「・・・はあ・・・、しつこい・・・。本当にめんどくさい」
サーシャと『融合体』のやり取りの間にも、マサの支援射撃はやまなかった。しかし、どれもうまくかわされてしまううえに、もし、命中したとしても、また再生されてしまうのだ。
「・・・いい加減に諦めたら? ・・・さっさと私に殺されなさいよ」
そしてついに。
「・・・っ」
【異形】の手が、サーシャの腕を捕らえた。
「サーシャ!!」
【瞬間移動】で脱出を試みたが、それは甘かった。
本体の手・・・つまり、『三木川友里』の手がサーシャの目を塞いだ。
「ふふ、【瞬間移動】するところに目をやってるからもしかして・・・と思ったけど」
目視できる範囲に【瞬間移動】する【能力】。
つまり、【瞬間移動】には視覚による媒体を必要とするため、目を塞がれては、その【能力】は発動しないのだ。
「く、この・・・っ!」
空中で、動きが鈍いサーシャはもう片方の腕も、友里の背中から生えた男の手によって捕まってしまう。手にしていた血の刃がメイドの白い手から零れ落ちた。
「くそ・・・、サーシャ・・・!」
「はい、動かないー。このメイドがどうなってもいいの?」
マサは声を詰まらす。
今、サーシャは『融合体』の前で体を吊るされている状態だった。
両手首を【異形】の頭上で掴まれ、その下では、友里の手が目を覆われている。
「ふふ・・・、あとは、【代償】が女装だっけ・・・?
この服を脱がせたら、何もできないんじゃないのー?」
友里は、両手をサーシャの目に当てながら、サーシャのメイド服の首元に口を近づける。
「・・・、手が使えなくて不便ねー。でも。一瞬でも離すとまずそうだし」
メイド服のリボンを口でつまみ、器用に外す。外した赤いリボンが、風に吹かれていく。
次に襟元のブラウスのボタンを噛み千切るように引っ張るすると、ボタンが落ち、サーシャの襟元がはだける。
「・・・貧乳だとは思ったけど、男だなんてね・・・。本当に胸なさそう。ふふ」
馬鹿にしたような友里の笑い声は、マサをひどく不愉快にさせた。
「やめろ・・・」
「・・・ふふ、いい気味」
「・・・るな」
「なんて? 聞こえないー」
「汚い肉塊が、サーシャを汚すなァアアア!!!!!!」
マサの怒号が夜空を走る。
次の瞬間。
「か・・・は・・・っ、・・・なんで」
『彼女』は血反吐を吐いた。
『三木川友里』と【異形(クリ-チャー)】の融合体の背面一面にびっしりと・・・数にして、数十本の赤い矢が刺さっていた。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!」
遅れて、激痛の声を『彼女』はあげる。
今度はしっかり本体にも矢が刺さっている。しかも、背面から尻、太ももやふくらはぎの裏まで。その痛みに耐え切れず、友里は思わず手を離す。
視覚を取り戻したサーシャは、マサの元へと舞い降りるかのように【瞬間移動】した。
『融合体』は浮力を失ったのか、音を立てて地面に叩きつけられる。
【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】。
その力によって、【吸血鬼】は自らの血を自在に操ることができる。
うまくコントロールしていれば、今までマサが放ち、そして、外していた矢すべてをこちらに『戻らせてくる』ことだって可能だ。そうして、こちらに戻ってきた矢がすべて『融合体』の背面を貫いたのだ。サーシャの動きは意識を背後に向かせないための・・・、いわば、囮役のようなものでしかなかったのだ。
もちろん、これらのコントロールは、並の【吸血鬼】には出来ぬ芸当だ。高等な技術を持っているマサは、並より強力な【吸血鬼】であることを示していた。
マサは、『それ』に目を落とし、呟く。
「・・・当たり前かもしれないだけど、最初から『本体』狙わないといけなかったんだよな・・・」
「・・・マサ様・・・」
「はは、なんでだろ。やっぱり、『三木川さんの体』には情が沸いちゃったのかな。・・・こんな『肉魂』にも」
マサの枯れた声にサーシャは何も言えずにいた。
『彼女』が想いを伝えたこの公園の夜にて、
・・・『連続殺人事件』及び『西園寺武行方不明事件』は解決したのだった。
2019日3日4日 初公開。
予定長引いたことにより目標時間オーバー。寝てないから毎日更新理論は健在。
遅れるなどの報告→ツイッター:@kuroi_sumura
アクション難しい。修正するかもしれません。次回は1章のEP。
次回更新目標:4日24時ちょっとすぎ