1章『純潔』 (4)
ここは神無市の中心街。
「・・・被害者の周囲に聞き込みを行ったところ、やはり、被害者は死亡前の様子がおかしかったようです」
サーシャでマヤと連絡を取っていた。
人と建物が密集するこの地域には、ビルやショッピングモール、商店街があり、神無市の中で最も人が訪れる場所である。
「被害者全員、死亡前に行動、性格の変化があったようです。特に西園寺武絡みのことですね。
彼に貢ぐ金が増えたり、時間も彼に合わせるように仕事を休んだり・・・。
とにかく、全員が、西園寺武をより優先するようになったようでした」
『なるほどね、・・・やはり、そういうことなのかしら・・・。棚井さんに伝えとくわ」
「はい、・・・では、今から『龍恩院組』へ向かいます」
『ええ、・・・ほどほどにして頂戴ね』
「分かっています」
そう言って、スマートフォンの通話を切り、サーシャは『とあるバー』へと向かう。
繁華街の裏に周り、表とは打って変わって、人気のない路地が続く。
その一番奥には『龍恩院』と癒着関係のある店があった。
まだ開店前であるが、立て看板がでている。
『Rosarium』・・・ロザリオ。
カトリック教会の信心用具として知られるその名前は、吸血鬼の眷属であるサーシャは悪趣味にしか思えなかった。
サーシャがその店に近づくと、後ろから下卑た男の笑い声が聞こえた。
「・・・おいおい、メイドさんよぉ、どうしたんだ?」
振り向くと、構成員らしき男が3人、サーシャを舐めるようにじろじろ見ていた。
「やっべぇ、アルビノっての? 初めて見た」
「しかも、かわいいじゃん。アルビノの美人メイドとヤりてぇなぁ」
「んじゃあ、ホテル行く? メイドさんもいいよね?」
下品な笑い声にサーシャはため息を漏らす。
「・・・残念ながら、お断りさせて頂きますね。ところでお尋ねしたいことがあるのですが」
「んじゃあ、一緒について来いよ。お部屋でゆっくり聞いてやるからよぉ」
男達が、にやにやとサーシャに歩み寄る。
その状況にサーシャは怯えることはなく、むしろ喜びを感じていた。
「・・・これは、正当防衛・・・ですよね?」
瞬間。
「う、ぅぁ・・・!?」
男の一人が倒れた。腹を押さえて蹲っている彼を見下ろすように、サーシャが立っていた。
「・・・まだやるというのであれば、次は拳ではなく、刃物でいきますが」
まだ、男とサーシャの距離まで10歩程度あったはずだった。
メイドは一瞬にしてゼロ距離まで詰め、男の腹に拳を入れたのだ。
【能力】・・・『瞬間移動』
選ばれし吸血鬼の眷属のみ、吸血鬼と同等レベルの固有スキルを持つ。
サーシャはその選ばれし眷族、【人形】なのだ。
「ひ、ひい・・・、この・・・!?」
残りの2人は何が起こったか分からず、怯えた様子を見せた。
しかし、『女』に負けるというプライド心が、彼らに哀れな行動を起こさせる。
「ぜってえ、犯す。・・・おらぁ・・・!!!」
哀れな一人の男は、サーシャに向かって、ナイフを振り上げる。
『瞬間移動』によってサーシャとその男の距離は縮まっていた。
刃が、アルビノの肉を切り裂く感触を彼は脳裏に浮かべただろう。
「あ・・・、あ?」
しかし、その感触は永遠に訪れることはなかった。
「・・・準備体操にもなりませんね、残念です」
すぐ後ろから声が聞こえた。
「な、・・・なんで」
後ろに回りこんだメイドが持つ冷たい刃物の感触が男の首を伝う。
視界に入る白い手が持つ刃物は、確実に男の首を捕らえていた。
「動けば、死にます。大人しくしててもらえますかね?」
サーシャは首を捕らえている男、蹲る男、そして、何もされていないものの恐怖で震えている男・・・。
それぞれを見て、こう言った。
「西園寺武について、知っていることをお話してもらえますか?」
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「今日は楽しかったよ、飛縁君」
日が沈み、夜が訪れた中心街の広場。
友里とマサはベンチに腰をかけていた。
「・・・で、その、体の傷のことなんだけど」
友里はもじもじしている。
「・・・私、お父さんに暴力振るわれているんだよね」
「お父さん・・・って警察署長の?」
「うん」
友里はマサの手をぎゅっとにぎる。
「ごめんね、誰にも言えなくて・・・。
・・・ついに耐え切れなくて、家を飛び出した日があって、
その時に声をかけてくれたのが西園寺武君」
警察署長が自分の娘に暴力を振るっているという事実が、確かに存在することにマサは怒りと恐怖心を覚えた。
「自分を受け入れてくれたり、自分を肯定してくれたりしてくれるのが『恋人』って、飛縁君言ったよね?・・・そうなの。私は居場所を『恋人』に求めてたの。そして今は・・・」
友里のマサの手を握る力は強くなった。
「飛縁君、今はあなたなの。私はあなたを求めている。だから、私は大丈夫だよ。
飛縁君も私を求めて。あなたの欲望は、全部私が受け止めるから」
マサはそっと友里の手を自らの手から離す。それは、否定を表すのに十分すぎるサインだった。
「・・・どうして、なんで・・・」
「お前には無理だ。・・・受け止めきれない」
「どうして? サーシャさんなら大丈夫なの?」
「サーシャは関係ないだろ・・・!」
声を上げそうになったマサは街中であることを考慮し、必死で喉を使って怒りの声を調節する。
「・・・私、分かってるよ。飛縁君がサーシャさんを見るときの顔が」
「やめろ、そんなのじゃない」
マサの否定の言葉に、友里は頷いた。
「・・・そっか。気のせいなんだ」
「もう、帰ろう。明日からこそ、普通の関係に・・・」
「ねえ、私、帰りたくないの。分かるよね?」
再び、友里の手がマサと重なる。
「二人でどこか泊まろ? 私、何でもしてあげ・・・」
「・・・だからっ・・・!」
マサが友里に抱く嫌悪感は更に大きくなっていた。
触れられた手から、不快感が増す。普通の女の子の手なのに。
「あれ、マサ様と友里さん?」
助け舟かと思った。凛とした声が響いた。
二人に声をかけたのは、
「サーシャ・・・?」
繁華街でも目立つアルビノのメイドが二人の傍に歩み寄った。
「今からお帰りですか? 私も帰るところなのですが、・・・その道に迷ってしまって。
マヤ様もお仕事でずっと通話中ですし、困ってたところなんです。助かりました」
『助かったのはこっちもだよ』という言葉をぐっとこらえ、マサは何事もなかったように話を続ける。
「・・・んじゃ、帰るか。・・・その、三木川さんも、来るか?」
友里はサーシャをじっと睨み、立ち上がり、
「その『女』と一緒にいるなら、暴力振るわれたほうがまし」
と、駅のほうへ走り去ってしまった。
「私、やはり、嫌われてますよね・・・」
「うーん、気にしなくていいんじゃないか」
女の嫉妬心か敵対心・・・のようなものなのか。
それらは、自然と生まれてくるものであって、サーシャは気にすることではない・・・とマサは思った。
すると、サーシャのスマートフォンが着信音を鳴らす。相手はマヤだった。
「もしもし、こちらサーシャ・・・」
『すぐに事務所に戻ってきて。犯人が分かったわ』
マヤが、その名を告げる。
『犯人は・・・、三木川友里、依頼人本人よ』
・2019年3月1日 初公開・・・目標時間より遅れてしまった。
・次回更新目標、2日の24:00 ツイッター:@kuroi_sumura
・予告:第1章が終わって、第2章が突入した段階でタイトル変えます。