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1章『純潔』 (3) 

「マサ君、ちょっといいかな?」


 翌日の昼休み。

 いつものように信太と食堂で昼食をとろうと席を建ったマサを引き止めたのは、クラスメイトの多岐崎梨々(たきさき りり)だった。

 彼女の伸ばしっぱなしの長い黒髪はよく手入れがされている。白い陶器のような肌にその髪はよく映えていた。サーシャとは違う方向で日本的な神秘さを秘めた少女である。

 

 彼女は、マサの元恋人だった。


**************************************************************


 マサは信太に断りの連絡をいれたあと、梨々絵に屋上に呼び出された。

 一般解放されていない屋上なのだが、『渡里高校』の理事長の娘である彼女は、屋上の鍵を入手できたようであった。


「・・・久しぶりだね。こうやって、君と僕で二人きりで話すのは」

「梨々絵、なんだよ、話って」


 梨々絵は、見た目とは違い、少し男子っぽい話し方をする。加えて、すべてにおいて達観しているような物言いをよくする。休み時間はよく一人で読書をすることが多く、人とつるむ様子がないことから、友人も少ないことは伺え、本人も気にしていないようだった。


「君は、最近、三木川友里と仲が良いのかね?」

「・・・依頼を頼まれているってだけだ」

「・・・ということは、やっぱり【吸血鬼(ヴァンパイア)】絡みの事件なのかい?」


 梨々絵は、ある事件をきっかけに【吸血鬼(ヴァンパイア)】についての知識を得ている。さらには、マサとマヤの正体も分かっており、マサが梨々絵と恋人関係を解消した本心についても理解している。数少ない人間だ。


「・・・恐らくはそうだろうけど」


 長い髪を風に靡かせる梨々絵の姿はとても凛としており、他の女子学生とはまるで違うことを感じさせた。かつては、梨々のそういう非日常を思わせる外見に惚れていたのだ。


「では、僕からもひとつ・・・探偵、飛縁真紗君に依頼をしよう。報酬は・・・、そうだね。

 学費免除が有効な成績ラインを下げる・・・ってのはどうだろう?」

「理事長の娘の権限を利用しすぎだろ」


 とはいっても、スポーツ推薦で入学していうにも関わらず、弓道部を退部てもなお、学費を免除してもらっている身であるマサは、梨々絵にはあまり強く出られないところはある。弓道部を辞めた代わりに、学年でトップ10の成績を維持することで、学費免除をお願いしているのだ。実のところ、この進学校で学年10位以内になるのは難しい。そのハードルを下げて貰う・・・というのは、かなり有難い提案ではあった。


「まぁ、この依頼で得た情報は、君にも何かしらの役には立てるかもしれない」


 含みのあるように言う梨々絵の姿に不信感を感じつつも、マサはじっと話を伺う。


「三木川友里の体にある傷について探って欲しい」

「・・・傷?」


 友里と接触する時間は多くなったが、体にある傷については見たことも聞いたこともなかった。


「分からないのならば、仕方ない。・・・そうだな、体育の授業時に着替える際にその傷を確認したということにしておいておくれ」


『しておいておくれ』という言葉に疑問を覚えつつも、マサはその依頼に了承した。


「君にとっても悪くない情報が得られるだろう」


 梨々絵はそう、にやりと笑った。


***************************************************************


 一方その頃、飛縁探偵事務所。そこには一人の来客があった。


「残念だが、そんな【能力(エフェクト)】を持った吸血鬼はいねえよ」


 まるで自宅で一息つくかのような態度で応接室のソファで寛ぐ客人は、棚井治郎(たない じろう)という中年男性だった。彼は、『吸血鬼対策本部』・・・通称『ハンター』と呼ばれる機関の『神無市支部長』だった。『吸血鬼対策本部』は、警察と似た国家機密機関であり、主に【吸血鬼(ヴァンパイア)】に関する事件について調査を行う。飛縁探偵事務所のメンバーのように人間と友好的な【吸血鬼(ヴァンパイア)】と協力することもよくある。

 

「うちのデータベースに、魂を抜くような殺し方をする【吸血鬼(ヴァンパイア)】なんて観測されてないね。まだ観測しされてない【吸血鬼(ヴァンパイア)】か【人形(ドール)】なら知らんが」


 『吸血鬼対策本部』には、今まで【能力(エフェクト)】や【代償(コスト)】が判明している【吸血鬼(ヴァンパイア)】や【吸血鬼(ヴァンパイア)】が起こしただろう事件がデータベースとして残っている。【人形(ドール)】の情報も判明している範囲で記載されており、もちろん、そこにはマサやマヤ、サーシャの名前も載っている。


「で、棚井さんはこの事件、どう見てるのよ」

「うーん、そうだなぁ・・・」

 

 彼が考えるときの癖でタバコに火をつけようとすると、「禁煙です」とサーシャが咎める。

 棚井は舌打してタバコをしまい、答える。


「間違いなく、西園寺武は犯人ではないな」

「そりゃ、そうでしょ・・・」


 マヤが呆れたように、ため息をつく。

 あれから、暴力団『龍恩院組』のたまり場に何度か西園寺武が訪れる姿がカメラで確認された。そして、一人目の佐藤沙織だけではなく、その後の推定犯行時にもアリバイは見つかっている。


「被害者は3人で、全員が西園寺武と恋人関係にあった女。2月に1人目の新米警察官の佐藤沙織が殺された。2人目は弁護士の竹野真由子でこっちが3月、3人目は記者の田中早紀は先月の18日に死亡。大体一ヶ月ごとの犯行だな」

 棚井の確認事項にサーシャは続ける。


「今は5月・・・、ゴールデンウィーク開けの週ですので、一ヶ月ごとの犯行であるならば、もうすぐ事件が起きる。そして、その予想される被害者は、」


「えっと・・・三島樹里(みしま じゅり)?」

「だれだよ」


 マヤの出した名前に、今度は棚井がため息をつく番だった。


「マヤ様、三木川友里(みきかわ ゆり)さんです」

 サーシャが代わりに指摘する。


「え、ああ、ごめんね、あははは」


 マヤは苦笑いをするが、サーシャは心配そうに彼女の顔を見つめる。


「ずっと仕事されてますし、あまり無理はなさらないでください。・・・マヤ様が失う【代償(コスト)】は一歩間違えれば重いものですから」

「・・・そうね。おかげで昨日の夜ご飯も思い出せないわ」


 マヤの【代償(コスト)】は記憶消失。殆どは小さいものから忘れていくが、使った力の量次第では重要なことすら忘れてしまう可能性がある。そのため、今まで得た情報はその都度、手帳に書き記している。


 二人の会話を聞いていた棚井が、あっと声をあげた。


「・・・そうか、【代償(コスト)】のほうか?」


 棚井の閃きに、サーシャとマヤははっとする。


「・・・たしかに、これらの殺人事件は【能力(エフェクト)】ではなく、【代償(コスト)】によるものかもしれません」


 今までは【吸血鬼(ヴァンパイア)】の【能力(エフェクト)】によって、殺人事件が起きているのだと思い込んでいたが、【代償(コスト)】によってこの奇妙な死体が出来上がっているのかもしれないということに3人は気づいたのだ。


「つまり、【能力(エフェクト)】は別にあるかもしれないのね」

「・・・そうですね」


 すると、棚井はすぐさま立ち去り、鞄を持ち玄関へ向かう。


「じゃあ、【代償(コスト)】のほうでデータベースにアクセスしてみるぜ。早ければ、今日の夜、連絡する」


 長年の人間と吸血鬼の戦いをすべて表したといっても過言ではない、膨大なデータベースから検索するのはかなり時間がかかる。その負担を軽くするための秘密を『吸血鬼対策本部』は持っているのだ。


 これからそのデータベースを漁る作業をするであろう棚井を見送ったサーシャは、マヤに告げる。


「・・・マヤ様、私も今までの被害者について周囲の聞き込みを行いたいと思います」

「何か思うところでもあった?」

「魂が抜かれたような死体・・・というところに思うところがありまして」

「・・・もしかして、・・・なるほど、私も行くわ」


 マヤの提案にサーシャは首を振る。


「マヤ様は休んでいてください。お疲れでしょう・・・それに」


 サーシャはキッチンシンクの引き出しのひとつを開ける。そこにはいくつもの小型の武器が仕舞われていた。軍用ナイフや小型拳銃・・・どれも違法なものであった。


「『龍恩院』の方ともお話したいですし」


 メイドは久しぶりに暴れられそうな予感に体を震わせていた。


**************************************************************


 「飛縁君、はい、あーん」


 マサは目の前に差し出されたスプーンに困惑しながら、それを口に含む。

 スプーンに乗った甘いパフェの欠片が口を支配した。


『じゃあ、デートして』


 マサは、放課後、友里と一緒に事務所に向かう途中で、梨々絵が話していた『体の傷』のことを聞き出した。すると、友里は『デートしてくれたら教えるけど、どう?』と提案してきたのだった。

 昨日、あんな言葉を交わしておいて、デートというのもおかしな話だが、マサには学費免除の成績のラインを下げて貰うという目的があり、梨々絵の依頼を遂行するという責任がある。それらのことから、『今日だけなら』とその条件を呑んだのだった。


 放課後の神無市の『港パーク』。神無タワーやお店が立ち並び、観覧車が設置されてある港の広場は、ちょっとしたデートスポットにもなっている。海を眺めながら食べるスイーツは、本来であれば美味なものであろう。


 マサがパフェの欠片を飲み込んであろうタイミングで、友里が口を開いた。


 「・・・私、受け入れるよ」


 友里はじっとマサを見つめる。

「私はマサ君の欲望なら受け入れられる。だって、私、マサ君のこと好きだもん」

「いい加減にしてくれないか?」


 不快だ。自らに眠る密かな欲望を、目の前の少女にぶつけて、彼女は耐えられるわけがない。


 マサは【代償(コスト)】が引き起こす、あの欲に飲まれないように必死で抑えている。


 それを軽々しく扱われたようで、友里に対して嫌悪感が増す。


「・・・観覧車にでも乗ろう」


 しかし、その醜い感情をどうにか表に出さないようにし、なんとか声を絞り出して、話を変えようとする。


「いいよ。マサ君が望むなら・・・だって、私、マサ君のこと愛してるの」


 友里は、



「私、愛した人のためなら、何でもできるし、・・・何にだってなれるよ」



 そう、微笑んだ。

【修正記録】

・2019年2月28日初公開


・ツイッター:@kuroi_sumura

・次回更新目標 29日20:00まで

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