1章『純潔』 (2)
【登場人物】※読み飛ばし可
⚫サーシャ
飛縁探偵事務所のアルビノのメイド。
【能力】瞬間移動・・・距離:目視できる範囲 重量:自分含めて120㎏)
【代償】?
⚫飛縁真紗・・・マサ
飛縁探偵事務所の双子の弟。
【能力】超遠視・・・?
【代償】?
⚫飛縁真弥・・・マヤ
飛縁探偵事務所の双子の姉。ハッキングが得意。
【能力】?
【代償】?
●三木川友里
依頼主。マサのクラスメイト。
●西園寺武
連続殺人事件の容疑者。行方不明。
●綾瀬秋
アラサー独身の女性。飛縁探偵事務所がある「綾瀬ビル」の大家。飼い猫は『たま』
●朝川信太
マサの友人。
「おい、マサ~・・・、いい加減にサーシャさん紹介しろよなぁ」
渡里高校の昼休み。
マサとその友人である朝川信太は洋食定食を啜りながら談笑していた。
私立の学校ということもあり、元高級レストランで働いていた料理人が働いているとか聞いてるが、味に疎いマサと信太はそこらへんのファミレスとどう味が違うのか分からずにいた。
スープを飲む際に曇らせてしまった眼鏡のレンズを吹きながら、マサはめんどくさそうに答える。
「お前またそれかよ。そんなにサーシャと仲良くなりたいなら、サーシャを雇えば?住み込みは無理だろうけど、通いメイドぐらいなら、小遣い稼ぎのために引き受けてくれるだろ」
「お前なぁ~。もううちはメイドは足りてるんだ。それに、俺は使用人とその主じゃなくて、恋人になる前提で仲良くなりたいわけであって・・・」
自称『庶民派』と名乗る信太であったが、父親が社長だかなんだかで家も豪邸・・・・いわゆる『お坊ちゃま』らしい。しかし、全くそのように見えない立ち振る舞いを見せる彼だからこそ、マサと仲良くなった。
渡里高校は私立といえども、そこまでお金持ちが集まるわけではなく、学力や部活動による学費免除も行っている。信太もマサも、中学校時代の『弓道部』の活躍により、この学校へ推薦して貰った。
「ロシア人のアルビノで美しい外見と立ち振る舞い・・・、あんなの惚れるなというほうが難しいね。マサは同じ屋根の下で一緒に住んでいて妙な気は起こさなねえのかよ」
「ねえよ」
信太は以前、サーシャをみかけたときに一目ぼれしてしまったようだ。
「そんなことより、信太。今度、弓道部の試合があるんだろ。恋愛なんかに現抜かしてていいのか?」
「同じ部のライバルであり友であるお前が辞めちまったから、いまいちやる気でねえんだよ」
信太はため息をつく。マサは去年、あるきっかけで思うところがあり、弓道部をやめてしまった。学費免除の件は、成績をトップクラスに保つところでなんとかなっている。
二人の間で妙な雰囲気が流れたところに、明るい少女の声が割りこんできた。
「飛縁君、いたいた。ねえ、今日、そっち行っていい?」
現在の依頼主、『三木川友里』だった。
「ん、ああ、いいぞ。こっちも伝えたいことはあるし」
「じゃあ、一緒に帰ろうね」
「ああ」
そう短く会話すると、友里は食堂の外へと行ってしまった。
「ん、あれ、三木川?なに、新しい彼女?」
「ちげえよ」
信太のおちょくった言葉を否定するようにマサは言った。しかし、信太は首をかしげ、尋ねた。
「あいつ、あんな奴だっけか?」
「三木川さんのことか?俺も今年同じクラスになったばっかりだし、よく知らねえよ」
「去年、俺と同じクラスだったんだけど」
現在2年生であるマサと信太は、中学からの馴染みもあり、こうして交流は続いているが、高校に入学してからは一度も同じクラスになったことはない。どうやら、信太は去年、友里と同じクラスだったみたいだ。
「あんな明るかったっけ?ていうか、色っぽくなった感じするよな」
『悪い彼氏にひっかかったから、変わったのか?』とマサは考えたが、一方、信太はにやっと笑って、
「これは、きっとお前に惚れてるやつだな!」
とおちょくる。そんな信太にため息を漏らすマサだった。
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「結論からいうと、西園寺武はシロね」
監視カメラの映像が映し出されている複数のディスプレイをバックにマヤは言った。
放課後、マサと友里が共に事務所に訪れると、マヤのハッキングによってかなり調査は進んだようだった。マサと友里は、サーシャから出されたお茶に手をつける間もなく、彼女の見解を伺う。
「いくらなんでも、どの事件においても周囲のカメラに西園寺武の姿は確認できなさすぎる。そのうえ、一人目の犠牲者である佐藤沙織が殺害されたと予想できる時間なのだけれど・・・」
マヤはひとつのディスプレイを指さした。
「これは、犯罪防止用の監視カメラじゃないわ。神無市を牛耳る暴力団『龍恩院』のたまり場ひとつ・・・そこにある監視カメラね。暴力団が独自で設置したカメラだから、もちろん警察は管轄外。このたまり場が、西園寺武が勤めていた居酒屋付近にあったから、もしかしたらと思ったけど」
暴力団のたまり場であるどこかのバーには、団員に頭を下げている西園寺武の姿があった。
「どうやら彼、暴力団とコネを作ろうとしてたみたいね。そうやって、定期的に暴力団と接触してたみたい。佐藤沙織が殺害されたという時間に、暴力団と接触していた記録を見つけたわ。連続殺人事件の被害者はどれも奇妙な死に方をしている。同じ人物による犯行が濃厚だから、彼はシロといってもいいわね」
暴力団とつるむ行為が犯罪的な行為ではないとはいえないが、暴力団と接触したことで、アリバイになっていることは皮肉なものだ。
「・・・でも、この映像は警察に出せないですよね?暴力団のたまり場を警察に教えるようなものですし・・・、彼の立場がますます悪くなっちゃいますよね」
友里は不安そうに言う。それにマヤも頷き、
「まぁそうね。しかも、西園寺本人が見つからない限りは、根本的な解決にはなってないでしょ」
マヤはサーシャの淹れたお茶を一口飲み、申し訳なさそうに言う。
「正直、ハッキングは頑張ってみるけど、西園寺武本人の安否は保証できないわ。
・・・・ごめんね、西川由美さん」
「えっと・・・」
聞きなれない名前で呼ばれたことに困惑した友里の姿をみて、マサはため息をつく。
「その人は、三木川友里さんだ」
指摘されたマヤは首をかしげて、
「あれ、そうだっけ・・・・うーん、ごめんなさいね。私、忘れっぽくて」
「あ、いいえ、いいですよ。私も・・・」
それから友里は少し俯き、
「忘れっぽいですから」
と零した。その声はとても、寂しそうだった。
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今日は、サーシャではなく、マサが友里を送るようだった。昨日の友里の様子をみてサーシャは、彼女からあまりよく思われてないことを察し、マサに友里を送るように提案したのだった。
事務所で、サーシャとマヤが二人っきりになり、マヤがふと呟く。
「・・・問題はやっぱり被害者の死に方なのよね」
『死体はみんな傷口がないんです。魂がすっぽり抜け落ちたような死体で。どちらかというと凍死に近い感じ。ですが、検死してもはっきりとした原因が分からない。』
二人は、友里の言葉を思い出す。マヤが得た情報でも、その死体についての情報は正しいと判明もしている。警察、及び、その上の『とある機関』も殺され方を奇妙に思い、この事件について世間一般には公表していないのであろう。
「やはり、【吸血鬼】による犯行でしょうか」
サーシャの言葉にマヤは同意する。
「そうね。この殺された方は奇妙だわ」
【吸血鬼】。
一般的には日光が苦手だとか、十字架が苦手だとか、強力な力を持っている代わりに多くの弱点を持つといわれている種族。
しかし、それは間違いで、すでに【吸血鬼】はそれらを克服している。
もちろん、ただではない。
弱点を克服するために、それぞれ違う【代償】を払っている。それらは、自動的に払われるものもあれば、本人が能動的に払わないといけないものもある。
そうすることで、【吸血鬼】特有の【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】と、固有の【能力】を持つ【吸血鬼】として生命を維持できるのだ。
「サーシャ、・・・・そろそろ、私」
マヤがサーシャの胸元で揺れるメイド服のリボンを掴む。
【主】であるマヤの行動で、その眷属である【人形】のサーシャは、彼女が何を求めているのか察することができた。
「はい、・・・マヤ様」
メイド服のボタンを上から二つ目まで開けて、サーシャはうなじを【主】であるマヤに晒した。そして、そのうなじがマヤの眼前に来るように、屈む。
「サーシャ・・・」
いつもの自信に満ち溢れているマヤの顔が、うっとりとした表情に変わる。サーシャのうなじにキスマークをつけるように甘く噛んだと思えば、いっきにサーシャの皮膚を噛み千切る。
「ん・・・、マヤ・・・様・・・」
【吸血鬼】の本来持つ『血を吸いたくなる衝動』は健在で、【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】を使用するとその欲求は大きくなる。
マヤはハッキングに使用するために、目には見えないものの【血を具現化する能力(ブラッディ・マニュプレート】を特殊なプログラミングや回線へと具現化している。ここずっとハッキングによって消耗し、彼女の血への執着心は限界に達していた。
一方、【人形】であるサーシャは【吸血鬼】と同様の力を持つものの、【吸血鬼】とは対照的に、契約を交わした【主】に血を吸われることを欲求としている。
二人は夕日が差し込む事務所の中で、しばらく、お互いの欲求を満たしあっていたのだった。
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マサは友里の「少し話がしたい」という言葉を受け、道中の公園に立ち寄った。
公園といっても、だいぶ前に遊具が撤去されたため、ベンチと砂場しかないため、子供も遊びにこない。まだ遊具が存在していたことは、よく、マヤと遊びに来たものだが。
二人は公園のベンチに腰掛ける。夕日で赤く染まった砂場に目を落としつつ、言葉を交わした。
「・・・飛縁君、やっぱり私、西園寺君とは付き合えない」
友里の気持ちは分かる。ある程度、女たらしだとか、非行歴があると分かっていても、暴力団とつるむ男とは付き合うのは流石の友里でも限界だろう。そもそも、友里の父は警察署長だ。何かしらのしがらみはいくつもあるだろう。
「あ、でも、一度依頼したからには、ちゃんと最後まで見届けるよ。西園寺君が見つかったら、私、彼と別れるように言ってみるね。・・・それで、なんだけど」
友里はもじもじしつつ、口を開いた。
「・・・ねえ、これが解決したら、飛縁君、私と付き合ってくれる?」
マサははっとして彼女を見る。そして、信太の言葉を思い出した。
「・・・それはできないな」
否定の言葉に友里は悲しみを含んだ声色で言う。
「なんで?・・・私、そんな魅力的じゃない? そりゃ、サーシャさんと比べれば私は」
「違う」
サーシャの名前を出したとき、マサは声をあげ強く否定した。ここで、あのメイドの名前を出されることに嫌悪感を抱いた。
「サーシャとはそういう関係になれないし、そういう気も起きない」
「・・・そう、なら安心した」
そういうものの、安心よりもむしろサーシャに対する憎しみを感じ取る声だった。マサがサーシャに対する恋愛以上の何かを感じていることを読み取ったのであろう。
「・・・恋愛ってお前はなんだと思う?」
「・・・え?」
マサの唐突な質問に友里は戸惑う。そんな彼女に構うことなく、独り言のようにマサは呟く。
「俺は、自分を受け入れてくれたり、自分を肯定してくれたり、・・・そんないつでも戻ってこれる場所のひとつとして『恋人』っていると思うんだ。家族や友人とは違う、自分の醜い欲求も含めて自分を認めて迎えてくれる存在・・・、それが『恋人』」
マサはかつての『恋人』を思い浮かべ、言葉を紡ぐ。
「そんな『恋人』の役割を実在する人物に求めるのが『恋愛』だと思う。でも、恋人に『恋人』であることを求めすぎても崩壊してしまう。難しいものだ」
彼の目はたしかに友里をみていたのに、違う誰かを見ている。それを感じ取り、友里はマサを真っ直ぐに見ることはできなかった。
「ただでさえ、『恋人』への欲求は多いのに、並の人とは違う別の『欲求』が生まれてしまったら?俺は絶対に『恋人』を傷つけると思う。だから、お前とは付き合えない。・・・だから、ごめん」
友里は怖いと思った。彼の中に眠る何か大きな欲求が、恐ろしいと感じた。
「俺は、『欲』に塗れすぎたんだ」
彼の目はもう友里を見ていなかった。
【修正記録】
・2019年2月27日初公開
・3月6日 誤字修正
・ツイッター:@kuroi_sumura
・次回更新目標 28日24:00まで
・そろそろ話進むはず。