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幻獣たちの恋  作者: クインテット
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ユニコーンの恋

「ユニコーンさん!」

 草原の草に(ひざ)を埋めながら、ひとりの少女が走ってきた。

 私はそちらの方に顔を向け、一声いなないた。

 少女はそれに答えるように、照れた笑いを返す。

 私はその顔が好きだ。

 しかしそれは、週末にしか見ることができない。それも、今だけ。


 この草原は、ひとりぽっちのものしかたどり着けない。

 私たちの種は絶滅してしまった。だから、私はここにいるのである。

 アヴァもひとりぽっちなのだろう。

 しかし、私は人間というものがまだ絶滅の危機にないことを知っている。

 だから、アヴァには、“ともだち”というものがいないのだろう。


 アヴァの言うことには、それはとても大切なものらしい。

 ではそれは家族のことか、と私が聞くと―ある程度、人の言葉を話すことができるという、役に立たない特技を私は持っている―、アヴァは首を激しく振って否定した。

 家族とは違うけど、とても大切なものなの。私にはいないから、良くは分からないけれど……。

 と、言いながら、アヴァは泣き出してしまった。

 私がその涙を舌で()めてやると、アヴァは嬉しそうに笑った。


 私の仲間がまだ生きていた頃、私は人間の研究をしていた。

 我々ユニコーンにとって、人間はとても興味深い種だった。

 それは人間にとっても同じものだったらしい。

 我々の角は人間の病を治す力があるらしいのだ。角は10年ごとに生え変わるため、その時に取れた角を人間にやる代わりに、人間の優れた加工技術を学んでいた。

 我々は、仲良く共存していたのである。


 しかし、ある時から、人間は我々を頼らなくなった。医療技術が発達したのである。

 我々も加工技術をもう充分に学んだ後だったため、さして気にしなかった。

 私も人間学者をやめ、教壇に立つようになった。

 そして数百年の月日が流れ、私たちは人間たちに語り継がれる存在となった。

 そして、私たちを探し始めたのである。ハンターとして。

 人間の技術は飛躍的に発展し、銃という兵器を手に入れた。

 角を手に入れるため、名声を得るため、剥製(はくせい)にするため。目的はいろいろあっただろう。

 私たちの仲間は、長寿(ちょうじゅ)である代わりに、あまり子供が産まれない。だから、どんどん数が減っていくのだ。

 それに怒った仲間たちは人間を襲うようになり、ますますユニコーン狩りに拍車がかかった。私たちが(くつろ)げるのは、銃を持つことのできない非力な若い女の前くらいだった。


 我々は、散り散りに逃げた。

 私と一緒に逃げていた仲間たちが、どんどん減っていく。

 時々旅の途中で出会う女が語る我々の数も。

 沢山いる。

 数百頭らしい。

 数十頭くらい。

 数頭。

 一頭。

 こうして、私はひとりになった。


 私は、旅の中で、この美しい草原に辿り着いた。

 そこは、見たことのないものでいっぱいだったが、いくつか分かるものがあった。それはどれも、世界にひとつしかないと言われているものばかりだ。

 この時、私はこの草原の役割がわかった気がした。


 この草原で暮らすようになってから(しばら)く経って、アヴァがやってきた。

 その頃のアヴァは幼く、親とはぐれてきたと言う。

 私が慰めてやると、アヴァは弾けんばかりの笑顔を返した。

 その笑顔に、つい魔が差したのだろう。私は、またおいで、と言ってしまった。

 それからというもの、アヴァは毎日私のところに来るようになり、私はその時間が楽しみで仕方ない。毎日が楽しかった。

 アヴァが学校にいくようになり、来るのが週末だけになっても。

 アヴァは変わらなかった。

 しかし、彼女が欲しがるものは変わっていった。

 初めの頃は、私とずっと一緒にいれるよう、たくさんの時間が欲しいと言った。

 そして、学校に行くようになり、暫く経ち、アヴァはともだちを欲しがるようになった。私と会えない時、寂しさを埋めてくれるように。


 私は、ともだちというものが良く分からない。

 恐らく仲間の感覚に近いのだろうが、いかんせん私にもいたことがないので分からない。だから、アヴァにあげたくてもあげられなかった。それに、あげられるものでもなかろう。


 では、私は何なのだろうか。

 1度、アヴァに尋ねてみたことがある。

 アヴァ曰く、私は"ともだちではなくしんゆう"なのだそうだ。

 しんゆうでは駄目なのかと聞くと、アヴァはしんゆうに会えない間が寂しいからともだちが必要なの。と言った。

 私はどちらも良く分からないから、ああそうかいと言うばかりで、別段そこから深く聞くようなことはしなかった。


 アヴァの話を聞く限り、どうやらともだちというものは人間にとって必要不可欠なものらしい。

 だから、いつかアヴァはともだちというものを手に入れる。

 その時、アヴァはもうひとりぽっちではなくなるのだ。もうここに来ることもないだろう。

 それを分かっているから、私は毎週末、

「またおいで。」

そう言ってアヴァを送り出すのだろう。


 昨日、アヴァは休日でもないのにここに来た。

 理由はこうだ。


 アヴァは、息を切らし、顔を紅潮(こうちょう)させながら、草原へとやってきた。

 そこには、私を呼ぶ口上(こうじょう)もなかった。

 アヴァは興奮気味に喋りまくり、私が(いさ)めて呼吸が整った後、何とか彼女の話の内容を聞き取ることができた。


 どうやら、アヴァにはともだちができそうらしい。

 ずっとひとりぽっちだったアヴァに、話しかけてくれた子がいたのだ。その子は体が弱く、学校も休みがちだったが、最近は安定期を迎えたらしく、午前中だけは来ているらしい。

 彼女は、アヴァがひとりぽっちであるという事実を知らなかったらしく、何の気なしに話しかけたそうだ。

 その子とはまだ教室間の移動を一緒に行う程度だが、今度家に来ないかと誘われているらしい。アヴァ曰く、「家に遊びに行ったらともだち」だそうなので、その日が来れば、見事ふたりはともだち、ということだ。


 アヴァが落ち着いた辺りで、私はどういう言葉を返そうかと考えた。少なくとも、またおいでとはもう言えまい。未練を持たないよう、突き放すべきだろうか。

 しかし、アヴァに嫌われたくないという臆病な自分がこちらをじっと見ている。いっそ、またおいでと言ってしまおうか……。

 アヴァは、ここにはもう辿り着けないのだ、別にそう言ったって、アヴァにもう会えないという結果は変わらない。

 しかし、アヴァはいい子だから、きっとここを探して彷徨(さまよ)うだろう。それは少し可哀想な気がした。


 結局、私は、アヴァにまたおいで。と言って、その日は帰した。

 いつもはアヴァとの別れを感じるのが嫌で目を背けていた小さな背中を、なるたけ目に焼き付けた。

 さあ、もうこれで後悔はない。


 そして、今日、またアヴァがやってきた。昨日と同じように息こそ乱れているが、顔は青みを帯びている。

 口上は、やはりない。


「どうしよう。」

と一言。

 私は、続きを促した。

「昨日言ってた子、また病気が悪くなったんだって。

 今度こそ、死んじゃうかもって……。」

 私は、絶句した。残酷すぎやしないかと。

 せっかく手に入れかけたともだちを、今にも失いそうだと言うのか。


 私は、我に返ると、泣きじゃくっているアヴァの顔を舐めて慰めた。

 落ち着いたところで、私はノコギリを家から持ってくるように言った。

 アヴァは走り、10分程で帰ってきた。

 私は、

「さあ、そのノコギリで私の角を切りなさい。」

と言った。

 アヴァは躊躇(ためら)ったが、痛くないからというと、意を決したのか、角に刃を突き立てた。


 ぎぃ、ぎぃと不快な音が響いた。

 力仕事をやらせるのは酷な気がしたが、他に適任者がいないのだから仕方ない。

 アヴァは汗を流しながら、懸命に角と戦っている。

 あと半分程か。

 ああ、この角は砂時計なのだ。これがアヴァといられる残り時間なのだ。

 いいんだ。

 頑張れ。

 あと少しだ。

 私は心の中で叫びながら、アヴァの瞳を見つめていた。


 バキッという音がして、角が地面に転がった。

 アヴァは勝ったのだ。

 私は、頑張ったね。と言った。

 アヴァは、照れたように笑った。

「さあ、この角をすりおろして、飲みやすくしてからその子に飲ませなさい。

 きっと、その病気は治るから。」

 そう言うと、アヴァの顔がようやく赤味を取り戻した。

「ユニコーンさん、ありがとう!」

 アヴァはそう言うと、草原の彼方を目指して駆けて行った。


「またおいで。」

 私は、誰にともなくそう言った。

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