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幻獣たちの恋  作者: クインテット
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ドリュアスの恋

 ドリュアスの姿はしばしば神話で見ることができるのですが、これはむかしむかしの話ではありません。最近の話でございます。

 しかしこれではあんまり情緒がないので、あるところに、は残そうと思います。


 今から両手で数えられるくらい前、あるところにオークの古木がございました。

 それは昔から森の少し込み入ったところにあって、村人はその木をとても大切にしていたそうです。

 誰かに世話を押し付けることなく、全員で協力して世話を行っていました。それが村人に奇妙な団結力をもたらしていることは、想像に(かた)くないでしょう。

 とはいえ村の人口は緩やかに減っていっていて―みな都会に出てしまうのです―、その日体が空いているのは1人、なんていう日もありました。


 そんな村人の中にポシェットちゃんと呼ばれている娘がいました。赤ずきんちゃんのようなものです。

 彼女は大抵ポシェットを身につけていて、とにかく明るい気質なのが特長です。


 ある日、ポシェットちゃんだけが古木を世話できる余裕がありました。

 そこで、スコップとバケツいっぱいの野菜くずを持って、森へと入りました。

 野菜くずは肥料になるのです。

 ポシェットちゃんはスコップをマイク代わりにし、バケツを振り回しながら森の小道を進んで行きました。

 もちろん歩いてではありません。スキップで、です。

 彼女は森の雰囲気を愛していました。しかし、村の若者の中には古木の世話を億劫(おっくう)がる者もちらほらいました。その中で、私は森が、古木が大好きだ、と言う勇気はなかったのです。


 古木の近くまで来ると、1度古木に失礼します、と声をかけました。

 これは村のルールです。これをしないと、祟られるという言い伝えがあるのです。

 今どき、祟りだなんてナンセンスだと思うかもしれません。

 しかし、その祟りというのがテストの点が下がるだとかWi-fiが繋がりにくくなるとかいうものだったので、若者もちゃんと守っていたのです―何だそんなものか、と言う方がナンセンスですよ―。

 古木からの返答は当然ありません。

 ポシェットちゃんはまあ言ったから良いでしょうと、スコップを地面に当て、掘り始めました。

 その週はそこまで多くなかったので、穴はそこそこ小さくて良かったのです。


 掘り始めて数分後、ポシェットちゃんは誰かの声を聞きました。

「そこには根があるから、掘ってはならない。」と。

 聞き覚えのない声にポシェットちゃんはスコップを杖みたいに地面に突きつけたままその場に立ちつくしました。


「私だよ、村の娘よ。」

 声は続けます。

 ポシェットちゃんは驚いてスコップを投げて逃げ出そうとしました。

 カコォン!と乾いた音がしました。それがまたポシェットちゃんをびくつかせます。

「痛いではないか……。」

 ずずっとひこずるような音がして、ポシェットちゃんが振り返ると、木の枝に肩を掴まれていました。

 ひっ、と声をあげるも、もう足も根に絡み取られています。

「すまない、驚かせてしまったな。」

 ポシェットちゃんの涙を見て、根と枝はしゅうーっと音を立てて戻っていきます。目で追うと、あのオークの木に戻っていくのです。しかも、よく見ると、木の幹に美しい顔が埋まっています。

 とはいえのどかな村育ちのポシェットちゃんです。

 生き埋めだとかそんなことは全く思わず、

「妖精さんね!」

とまさか正解を1度で導き出してしまいました。

「いかにも、私はこのオークの精。

 そなた、名は何と言う。」

 その妖精は、仮に、名前をユーとしましょう、少しずつ人らしい姿を現しました。

 日光に照り映える金髪を、長く幹まで垂らして、筋肉など知らないほっそりとした体をこちらに伸ばしています。

「ポシェットちゃんです!

 アイドル目指してます!」

 ユーはこちらに近づいてくるのをやめ、

「な、何と言った?」

と言いました。

 もしこれが漫画の中のお話であれば、きっとユーの顔には汗が一筋垂れていたでしょう。

「アイドルになりたいんです!

 あの、テレビで観た……。」

 ポシェットちゃんは続けようとしましたが、ユーが手で制しました。

「分かった。

 ポシェット、ひとまず、そこにある肥料を何とかしよう。

 虫がたかるぞ。」

 ポシェットちゃんはようやく自分がここに来た目的を思い出し、ユーの指示に従って少し離れたところに穴を掘り、そっと肥料を埋めました。


「で、ポシェット。

 アイドルとは何だ。」

 ポシェットちゃんが作業を終えて汗が引いたところで、ユーが聞きました。

 ポシェットちゃんはまた額から汗を吹き出させながら、

「人に、夢を与えるお仕事です!」

と叫びます。

 ユーは面食らって、

「うむ、うむ。それは分かった。

 すごい仕事なのだな。

 それで、具体的にはどういうことをするのだ。」

と少し木に戻りながら言いました。

「歌ったり、踊ったりー。

 お話したり、取材に答えたり!

 いろいろするんですよ!

 すごいですよね!

 働き方は人それぞれ違うんですよ。

 得意なことが違いますから!」

 ポシェットちゃんは木の幹にぐぐっと近づきます。

 ユーはますます身を引いて、

「そ、そうか。

 ポシェット、お主は何が得意なのだ?」

と聞きました。

 つんのめっていたポシェットちゃんは急に直立して、ないんです。と答えました。

「それが私の悩み。

 秀でる才能もないし、何でもソツなくできるほど器用でもないんです。」

 ユーはどうしていいか分からなくなりました。

 聞いてはいけないことだったのです。

「そうか。

 まあ、精霊は歌が得意だ。

 いつもの礼に、教えてやろう。」

 ユーは償いもこめてそう言いました。

 ポシェットちゃんから笑顔が消えると、バターの塗られていないトーストを食べるのと同じくらい虚しくなるのです。


 それからポシェットちゃんは毎日ユーの元に向かいました。

 村人はポシェットちゃんは信心深くなったなぁと言いながら、面倒な管理作業をしなくて済むので、助かったと思っています。

 空の青い5月のことでした。

 ポシェットちゃんはいつも通りユーのお世話をして、歌を教えてもらいました。

 もちろん今風の歌ではなく、しかも精霊達が歌うものですからその歌詞もポシェットちゃんには理解できないものです。聞きよう聞きまねで、何となく歌詞を覚えて歌います。

 でも歌詞はそれほど大事ではなく、美しい旋律をなぞることが必要だと、ユーは言います。

「歌詞にこだわるのも結構だ。

 だがいつも自分の気持ちと同じ歌詞を歌えるとは限らない。

 美しい旋律は、歌詞が分からなくとも、人を感動させられる。」


 ポシェットちゃんはある日、失礼しますも言わずに

 ユーにまくしたてました。

「ねぇっねぇっ、今度ね、街の方でオーディションがあるの。

 合格したらね、東京でアイドルできるんだよ!

 あの、あなたが教えてくれた歌、歌ってもいいかな。」

 ユーは初め無礼を注意しようとしましたが、最後の方の言葉を聞いてついやめました。

 そして木の中に引っ込み、好きにしなさい、と言いました。

 ポシェットちゃんはいつもと違うユーの様子を不思議がりましたが、そんなことも吹き飛ぶくらい嬉しいのです。

 両親から許しも得ました。あとは合格するだけ。

 オーディションのメインは歌なので、とても自信があります。

 ポシェットちゃんはスキップで村へと帰っていきました。

 ポシェットちゃんの手にスコップが握られていないことにユーが気づいたのは、恐らくこの時だったでしょう。

 ポシェットちゃんは正直、歌のおけいこのために毎日通っていましたが、ちゃんと手入れの道具も持ってきていたのです。

 ちゃんと草を抜き、枝を剪定(せんてい)し、肥料も作っていました。

 でも、もう、ポシェットちゃんにスコップは必要ないのです。

 ユーは、必要ないのです。


 ユーには、悪い予感がしていました。

 もう、ポシェットちゃんが帰ってこないかのような、悪い予感が。

 はぁ……実際、その通りになりました。

 ポシェットちゃんは東京行きの白い列車に連れ去られ、二度と村に帰りませんでした。

 オークの古木が枯れたとポシェットちゃんが聞いたのは、数週間前のことだそうです。


 おや、私が作った寝物語はお気に召しませんでしたか、お嬢様。

 どうにも俗っぽいですからね。

「あなたは、ポシェットちゃんの知り合いなの?」

 ええ、そうですよ。よく知っています。

「ポシェットちゃんはその後、どうなったの?」

 ああ、彼女なら。

 アイドルにはなりましたが、デビューができず生活が苦しくなって引退。

 今は、どこかで家政婦として働いているとか……。

 おや、眠ってしまいましたか。

 そうですね、ここはあの物語には不要な部分ですから。

 おやすみなさいませ、お嬢様。


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