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幻獣たちの恋  作者: クインテット
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夢魔の恋

 僕はバス通勤をしている。

 毎朝同じバスに乗り、会社まで約1時間揺られるわけなのだが。

 1つだけ気になることがある。

 それは、左側1番前の一人席のことだ。

 人には無意識下に好みというものがあって、それはバスの座席に関しても例外ではない。誰にでも、窓際に座りたいだとか、降りやすいから通路側が良いだとか、好みはある。

 だから、大抵同じ人が似たような席に座る。

 しかし、同じ人が毎日同じ席に座ることはまずありえない。

 地域によってそもそもの乗客数が少ない場合は別かもしれないが、僕の使っているバスは比較的始点に近い最寄りのバス停から乗っても時々座れないくらいの盛況ぶりだ。そんな言い訳は効かない。

 しかし、例外的に、先程の座席にはいつも、同じ女性が座っているのだ。


 その女性は黒い髪を真っ直ぐ下ろしており、いつも薄黄色いカーディガンを着ている。

 第一印象も第二以下の印象も、どうも幸が薄そう、で固まっている。なんだか(はかな)げというよりは(かす)かで、給料そこそこの演出家に恐怖体験の再現VTRを任せたら、間違いなく彼女を幽霊役に起用するだろう。

 そんな人に、興味が湧かない人がいるだろうか。

 とはいえ、1番前となると顔を見るのが困難だ。

 ここまで話すと分かりそうなものだが、僕は彼女の顔をまともに見たことがない。

 通路を挟んだ反対側の席に座れば、横顔だけでも拝めると思った。

 しかし、長髪を耳にかけるでもなく体の前面に向かって流しているものだから、輪郭線(りんかくせん)すら見ることができない。

 では降りる時にひょっと見てやろうと思ったが、よくよく考えたら彼女は僕より先に降りて、バスの進行方向へと歩いていくのだった。

 いつしか僕は彼女を思い浮かべる時、薄黄色いカーディガン、黒い長髪、そして真っ白なのっぺらぼうを空想するようになった。

 僕の中の彼女には顔がない。本当の彼女にも、きっと目も鼻もどこにもない。それでいいじゃないか。


 そうだ、これも言っておかなくちゃ。

 僕は、バスの中で時たまうたた寝をしてしまう時があってね。

 すると、必ず彼女の夢を見る。

 でも、夢の中の彼女には目鼻口がある。

 とはいえ、その顔立ちは毎回違って、平安時代の美人顔だったり、瓜実顔(うりざねがお)だったり、外国人の様な彫りの深い顔だったり、いろいろだ。

 僕がようやく彼女の顔を拝むと、僕はいろいろと批評を始める。

 人の顔にいろいろと評価をするというのはあまり品のいいこととは言えないが、

 夢の中に品があるとしたら、それはひんではなくしなであろうから、目を瞑って欲しい。

 ともかく、僕はこの顔は好みだとか、鼻が高すぎるだとか、好き勝手言うのである。

 それが実際の僕の好みと同じであるから、あながち夢もインチキと言い切れない。


 さて、そんな感じのここ半年だったわけだけど、

 実は困ったことに、夢の中の彼女の顔が固まってきたんだ。僕好みに!参ったよ。

 こんな調子じゃ、薄黄色はのっぺらぼうのままじゃいられない。

 僕も、積極的にうたた寝をし始めた。

 え?それをうたた寝と言うかって?ま、まあ……いいじゃないか。

 それで、昨日。

 彼女はとうとう花束を差し出してきた。

 僕はそんな夢を見た時、これは夢の中だと強く意識していて、自由に動くことができた。

 横を見れば、いつもの景色が流れている。バスの放送もいつも通り。

 そんな中に、くっきりとオレンジ色の花束が浮き出ている。

 僕はしばらく周りをきょろきょろしていた。

 でも、動けるってことがどういうことかようやく分かって、僕は1歩踏み出した。


 そのあと?丁重にお断りしたよ。

 夢の中なんだぞ。

 1度してみたかったんだ。女性をふるっていう体験をね。

 彼女が花束を取り落とした瞬間に、目が覚めたよ。

 気づくと、僕は終点まで連れて行かれていて、1番前の席に彼女の姿はなかった。

 今朝のバスにも。いなかった。

 そこには、見慣れない小太りの男が座っていて、僕は何だか心がざわついた。

 変な感じだよ。

 いつもいる人がいないだけで、こんな気持ちになるなんてな。


 彼は160円のカフェオレを飲みながら語った。

 僕は230円のカプチーノを含みつつその話を聞いていた。

 世界にはいろいろな伝説がある。

 僕はその中の、夢魔(むま)の伝説をふと思い返していた。

 人間の夢に現われ、意中の人の好みの姿をとるとかいう、悪魔。

 でももし彼女がそれだとしても、悪魔的なものは感じなかった。むしろ、どこか、善良な……。


「なんてな。」

「ん?どうしたんだ?」

「いや、なんでもないよ。

  それより、そろそろバスの時間だろ。

  出なくていいのか?」

「おお、ほんとだ!じゃな、奢るよ!」

 彼はそう言って、最寄りのバス停まで走って行った。


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