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第一話 秋空と妹パンツ

 


 それは、遠い記憶。

 そんなことが、昔あったかもしれない。そんなくらいの、途方もない可能性の中の一つ。

 夢を見た。

 優しくも強い、幸せな夢の夢。

「……にぃ!」

 その中で、俺は……

 俺たちは……

「……んぁ?」

「おにぃ!起きてよおにぃったら!」

「……ぽえぇ?」

「うわ、最低に気持ち悪いってか汚い。何より怖い」

「ひ、ひどい……」

 ああ、気持ち悪い、だって……朝一で妹から気持ち悪い頂いちゃったよぉ……きもちいいよぉ……

「そんな脳内で変態マゾ豚してないで早く起きて!朝ごはんできてるんだからね?」

「さすが我が妹、兄の心を読む能力くらい完備してて当たり前だよなぁ?」

「え、本当に考えてたの……?シスコンもそこまで来ると気持ち悪すぎるよ?」

 千佳は女王様よろしく、俺に馬乗っていた状態から降りると、全力でドア付近まで引いていった。カマかけたのか。悪い子だ。からかってやろう。

「お前だってブラコンのくせに」

「ちっ」

「いま起きます」

 こいつ、今兄に向かって本気で舌打ちしてきやがった……

 まぁもう今更なんだけど一応説明しよう。彼女は俺の愛すべき妹、宮村千佳。中三である。

 サラサラな黒髪を肩辺りで切りそろえた超絶美少女(異論は認めない)で、小柄な小動物感溢れる姿は見るものを魅了せずにはいられない。

 きっとかなりモテるはずだが、彼氏は絶対に認めてやらん。もしできたなら……ああ、考えるだけで不整脈に……

「どうしたの?」

「千佳、気になる男ができたらちゃんと言うんだぞ?」

「えぇ、絶対嫌だけど」

「そんなぁ!」

 別に名前を聞いたら最後、暗殺者に成り果てようとか、妹が欲しければ俺を倒してからにしろ!とか言うつもりはない。

「もう拗ねた。俺は起きない!」

「なんだこのめんどくさい兄は!?」

 頭から布団をかぶり、ふて寝する。今日は学校に行かないといけないんだけど仕方ない。千佳が悪いんだからなっ!

「もう、しょうがないなぁ。最終手段」

 ふんふふーんふふーん♪なんてご機嫌な声とともに、スス、という布ずれの音が聞こえる。

 え、うちの妹何してるの?怖い!でも顔をあげてしまったらおしまいな気がする。ここは我慢だ。千佳の方から「好きな男の子は、おにぃだよ♡」と聞くまで出る気は無い。

「ほ〜ら、妹パンツですよ〜」

「いただきます!!」

 脱兎のごとき速度で布団を飛び出し、千佳の手目掛けて跳躍。

 しかし、彼女は闘牛士の如き身捌きで俺からパンツを引き離した。勢い余って俺は本棚に顔面から激突した。

「瞬殺じゃない」

「ぐぬぬ、それは……確か」

 千佳の手に握られた一枚の下着。見覚えがある。そう、あれは……

「お前が母さんと一緒に一年前の9月17日に買っていたいちごパンティーッ!!」

「なっ、なななななに言ってるのこの変態!?」

「それをよこせ!!」

「きゃあああああああ!!来ないでぇぇええええええええ!!」

 千佳は逃げるように……というかどう見ても逃走し、部屋を出て、廊下から階段に向かう。だが、そんなことを俺が許すはずもない。

 すでにその後ろ姿と握られたいちごパンティーはロックオンしてある。

 部屋を飛び出すと、階段を駆け下りる千佳を補足。そして……

「宮村流、奥義!!隼!!」

 俺は階段をジャンプして飛び降り、重力の力を利用して一気に妹に接近した。(危険なので絶対に真似しないでください)

「きゃあああああっ!!変態だあああっ!!」」

 いきなり背後に現れた俺に驚いたらしく、ひるむ千佳。その一瞬の隙を俺は逃さない。

「取った!!」

 俺は千佳の手からパンツを奪い、そして……

「装着!!」

「ぴゃあああああああああああああああああ!!!!」

 かぶってやった。泣き叫ぶ我が妹。

「何してるの返してよ!!」

 怒って理不尽にも俺を睨みつける千佳。

 冷静になれば妹の反応は至極まっとうなのだが、今はそれどころじゃない。

 問題の本質は、そこにない。ここで一番重要な問題は……

「臭わない……だと?」

「臭うかこのばかにぃ!」

「ポチョムキン!!」

 殴られた。さすがにグーはいかんでしょうに。痛い。

「まさかこれ、洗濯したてなのか!?」

「当たり前でしょ使用済み持って歩いてたらそれただの変態じゃん!」

「じゃあ最初にしてた意味深な布ズレ音はなんなんだよ!?」

「おにぃを騙すための嘘!本当は今もちゃんと履いてます!」

「ばっ、馬鹿野郎!それじゃあかぶる意味がなくなっちゃうだろ!!」

「ご、ごめんなさ……ってかぶる方が明らかにおかしいよね!?」

 いや、自分のパンツで兄を釣る妹は変態じゃないのか、と言う疑問を感じつつも、俺にひっついている千佳の感触に脳を溶かされ、突っ込むことができない。

 実際は俺からパンツを奪わんと必死になってぴょんぴょんと飛び跳ねているだけで、意外と180近くある俺の身長によるものなんだけど、まぁ俺のことが好きだからということにしておこう。

「くっ……どうして無駄にでかいんだおにぃは……っ!!」

「ふはははは、妹よ、せいぜいそこでぴょんぴょんして俺を楽しませるがいい!!」

 ふぅ、千佳はSで攻めてもMで受けてもどっちでも可愛いなぁ……だがまぁそろそろ満足だ。千佳が涙目になってきてるしな。

「よし、じゃあそろそろリビングに行くか」

「返さないんかい!」

 俺がリビングの扉をあけると、目玉焼きとウインナーの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 キッチンを覗くと、そこには長い黒髪を後ろでまとめた、美人さんが立っていた。そう、俺の母さん、宮村爽子である。

「あら、おはよう。二人とも朝から元気ねぇ」

 料理もできて、器量が良く、ご近所づきあいもうまくいっている。われながら完璧な母親だ。

 そんな母上は、千佳にしがみつかれた俺の(変態として)完成された姿を見て、ため息をついた。

「おは……何それ、千佳の?」

「ああ、そうだよ?」

「……奏多」

 低い声で俺の名を呼びつつ、母さんはゆっくりと俺に近づき、そして……

「それは私のよ!!」

「浅い!!これは俺のもんだ!」

「あたしのだよ!!」

 俺の頭部めがけて凄まじい速度で手を伸ばしてきた。

 あ、危ない。あとコンマ1秒でも気づくのが遅かったら奪われていた。

「だがさすがだよ母さん。侮れないな……」

「ふっ……息子よ、これ以上は母さんも加減できそうにないわ。

 早くそのパンティーを渡しなさい」

「いや、まず私に返そうよそれで万事解決だよ……」

 一家揃って朝から女子中学生のパンツで騒ぐ家庭に日本の終わりを感じなくもないが、今の俺たちにとっては何よりも優先すべき事象なのだ。

「全くしょうがないわね千佳、代わりにパンをあげるわ。二枚ね」

「それでパンツとか思っているならお母さんはもう精神科か脳外科に行った方がいいよ」

「ほら千佳、これ返すよ。だから朝からパンツパンツ連呼すんな」

「そうよ千佳。女の子なんだから、少しは恥じらいを持ちなさい」

「なんで自分が譲歩したみたいな顔してるの!?」

 反抗しながらも、俺の差し出した自分のパンツを受け取る千佳。唇を噛みながらのその姿はなんというか……そそる。

 あ、勘違いしてほしくないんだけど、別にいじめているわけじゃないから。みんな千佳が大好きで、大好きすぎて表現がアレになってしまっているだけだから。そう、これが俺たち宮村家の普通。日常なのだ。

「そういえばおにぃ、ゲーム作ってるんだっけ?」

「ん?まぁ一応な」

 パンツを大事にポケットにしまうと、受け取ったパンにバターを塗りつつそんなことを話してくる。妹も妹で、なんかそういうのに慣れ始め、切り替えが異常に早くなってしまった。これはもっといい反応を引き出すためにセクハラを激化しなくては。今夜母さんと会議だな。

「へぇ、さすがパパの息子ね!」

「別に、父さんは関係無いよ」

 バツが悪くなり、そっぽを向く。

 そう、ここにいないことから皆さんお察しだと思うが、俺たちの父さんは、もう……

「今回は京都かな?今回の出張は長いらしいからねぇ」

「せっかくのネタが台無しだよ!」

 はい、ただの出張でした。

 いつもはこの家から東京のビルへ出勤しているのだが、今日は本社のある京都に行っているらしい。

 ああ、ゲーム会社に勤務しているからって、京都に本社がある例の大企業とは一切関係ないから。あとス○ブラのサ○ス弱すぎ強化しないとそろそろ爆破するからね?

 でも、まぁその代わりに会社からたくさんのゲームをもらってきてくれて、それら囲まれながら、俺たち兄妹はこれまで健やかに成長してきた。

 ……息子の一人がゲームプログラミングを覚えて、自主制作ゲームを作ろうとするくらいには、だ。

「お父さん今度は何持ってきてくれるかな?」

「新発売のス○ッチとかじゃないか?ゼ○ダが面白いらしいぞ」

「え〜、でもあれ右コントローラがうまく動かないって不評じゃん」

「え、まじ!?任○堂最低だな!!」

「やめなさい二人とも。赤い配管工に刺されるわよ」

 …………うん、健やかに成長してきたんだよ。




 ***




「よし、そろそろ行くか!」

「おおー!」

 飯を食ったところで、時刻は8時5分。もう学校に行く時間である。

 急いで身支度をし、千佳が待つ玄関に向かう。

「じゃあ行ってきます」

「行ってきます、お母さん」

「行ってらっしゃい。お兄ちゃんに気をつけるのよ?」

「そこは車とかにしとこうよママン……」

 文句を言いつつ靴を履き、玄関を出る。

 扉の外は晴天で、少し冷たくなって来た空気が心地いい。と、そんないい朝の風景に紛れ込んでくる、小太りのよくいそうな主婦。

 見るに、ゴミ出しをしていたところに出くわしてしまったらしい。

「おはようございます」

「あら千佳ちゃん……と、お兄ちゃん」

「……お、おは……」

「おばさん、この前はリンゴのおすそ分けありがとございました」

「あら、いいのよ。千佳ちゃんに食べてもらえてうれしいわぁ。

 ああそうそう、送ってきてくれた青森のおじさんがねぇ……」

「あはは……」

 相変わらず話の長いババァだ。未読スキップ実装して欲しいくらいだ。

 っていうか、あんた俺の存在完全に視界から消してるだろ。

「それじゃあ私たち、学校なんで」

「ああ、ごめんなさいね?それじゃ、気をつけて」

「はーい」

 おばさんとようやく別れ、通学路をゆっくりと歩く。

 神奈川の、田舎でも都会でも無いどこにでもあるような街の、どこにでもあるような住宅街。

 近所づきあいも大事だとはわかっているのだ。わかっているのだが……

「コミュ障」

「うっ……」

 最近の若者によくある現象、すなわち、人見知り。又の名をコミュ障。

 俺は、まさにその典型だった。

「いや、ほらだって、話す必要性がないじゃん?」

「あたしが日頃からニコニコして話していたからリンゴとかもらえるんでしょう?」

「べ、別に欲しくないもん!」

「5個も食べておいてよくいうよねぇ〜」

「ぐぬぬ……」

 確かに美味しかったです蜜がいっぱいでした。あと、本当はこっそりもう一個食べてましたすみません。

「そ、そんな報酬が不確定なクエストは受注しない主義なんだ。

 合理主義の申し子である俺は、もっと確定的に安定した……」

「はいはい、悪いのは俺じゃないよね、世間だよね?」

「その通り!」

「内弁慶」

「ぐはっ……」

 いいこと言ったと思ったらこの掌返し。

 的確に俺の痛いところを突いて来るな。妹よ、どうしてこんな育ち方を……いや、ほぼ間違い無く俺のせいなんだろうけど。

「はぁ……そんなんだから彼女いない歴イコール年齢なんだよ」

「は?俺の彼女はおま……」

「それ以上はBP○に規制されるからやめたほうがいいよ」

「それ映倫だから俺たちは気にしなくていいんやで」

「ラノベだからってあからさまにセ○クスとか近親○姦とかしたらアウトだと思うけど……」

 全く、倫理なんて糞食らえだ、表現の自由の否定だよまったく。だからお風呂シーンから不自然な光や湯気や影を取り除いてくださいお願いですから。

「ふーん、まぁいいや。そろそろあたし曲がるから」

「そんなぁ、お兄ちゃんと一緒に学校行こうよぉ」

「おにぃは高校生でしょうが。あたしはこっち」

 家とたまに公園、コンビニくらいしか無い単調な町並みを歩いた先に、俺の通う高校、「私立石渡高校」がある。

 ちなみにその近くに妹の中学、「神奈川県立沼田中学校」はその近くだ。決して妹の中学から近い高校を合わせて選んだとか、そういうことはない。

 まぁ不審者も多いご時世だし、多少はね?

 ……意外と難しくて猛勉強したから、千佳はどうしてもやりたいことがあるんだと勘違いしている。まったく、兄の愛をわかってくれない鈍感ガールだぜ。

「そんじゃあね、童○」

「お前今さらっと何言ったぁあああっ!!!?」

 千佳が手を振る。すると俺が離れるのを待っていたかのように、同じ制服を着た中学生が千佳に寄っていった。

 ってかあいつ、いつのまにそんな汚い言葉を……あれ、なんかゾクゾクしてる自分がいる。怖い!

「はぁ……」

 これ以上ここにいても仕方ない。学校に向かおう。

 千佳の後ろ姿からなんとか視線を引き剥がし、一人分かれ道を進……


「おはよ、今日もうるさいね、身内だけには」


 もうとしたその寸前、声をかけてくる皮肉がこもった一声。

「おはよう、朝から毒舌だな、双葉」

 小柄で丸メガネをかけた茶髪セミロングの彼女が、これまた微妙な微笑みを湛えて、こちらを見つめていた。



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