宮沢賢治童話の初期未定稿作品の幻想の豊饒とシュール感について 私的宮沢賢治論
ご存じのように宮沢賢治が、生前に発表された作品はほんのわずかでしかなく、
彼の作品の80パーセントの作品は未発表で死後、草野新平らが発掘して世に広めたものばかりなのです。
生前に発表されたのは
詩集 春と修羅
童話集 注文の多い料理店
そして当時の雑誌に採用されたいくつかの童話のみです。
「オツベルと象」、「グスコーブドリの伝記」などなどだけでした。
これら以外はみんな未発表なのです。
あの「銀河鉄道の夜」も未発表でした。
「風の又三郎」も
「ポラーノの広場」も
「雨にも負けず」も
みんな未発表でした。
そもそも、、
賢治の構想としては
「注文の多い料理店」を皮切りに
「イーハトブ童話集」として
全12巻の大童話全集を刊行予定だったのでしたが
「注文の多い料理店」が全く売れずに返品の山で
この構想はついえてしまったのでした。
もしこの構想が実行されてたらそこには
「銀河鉄道の夜」も
「風の又三郎」も
「ポラーノのひろば」も収録されてたんでしょうね。
今この「注文の多い料理店」の初版本は
古書相場で一冊300万円してます。
天国の賢治が知ったら、皮肉ですよね?
賢治は死ぬまでずっと改作。添削を繰り返し、
一つの作品にしても、
第1稿から第4稿まであるものもあります。
それぞれ内容が変更された部分も多いです。
そしてここが重要なんですが
私から言わせればむしろ
その初期稿の方が想像力に任せて自由奔放で豊饒でより幻想性に富んでいる、
ということです。
それが添削過程で、大幅に内容の変更も行われています。
稿が進むにしたがってより現実化、されてゆきます。
最初の幻想性や空想性の豊饒さは失われてゆくのです。
例えば「グスコーブドリの伝記」の
初稿は「ペンネンノルデは今いないよ」
2稿が「ペンネンネンネンネンネネムの伝記」
3稿が「グスコンブドリの伝記」です。
4稿が「グスコーブドリの伝記」です。
こういう添削過程を見てみると
幻想性や異世界性を削ってより現実化?しようという方向性がうかがわれます。
決定稿ではこの物語は全くの現実的な「村童譚」となってしまっていますが
第2稿では全く別物でありそこではばけもののネネムの異世界での冒険ファンタジーです。
異世界の幻想ファンタジーとなっています。
化け物世界での豊饒なネネムの完全なファンタジーです。
2稿と決定稿とでは全くの別作品です。
3稿が決定稿の下書き状態ですね。
あるいは「風野又三郎」(初期稿)においても、
その初期稿ではずっとメルヘンチックです。
ここではまさに風の精である又三郎は子供たちにしか見えず、先生には見えないですし、
日ごと日ごと
風の精が世界中を吹きわたったその体験談を子供たちに語ってくれるという
ファンタジーになっています。
又三郎が見た世界の情景が丘の上に集まった村童たちに語られるのです。
もちろん又三郎はガラスのマントをギラリと光らせてガラスの靴を履いてますいs顔は真っ赤で赤毛です。異世界の妖魔そのものです。
ここでは決して「高田三郎」なんかじゃないんですよ。
それが、、
決定稿ではメルヘン性が失われてしまって現実的な「村童譚」になりきってしまっていますので
メルヘンとしては、、つまらないですね。
又三郎は夢の中でしか出てきませんし、、。
そして決定稿では削られてしまった内容が
私にとってはむしろよりファンタジックで魔的で素晴らしいといえるものも多いのです。
初期稿では又三郎は「ガラスのマントとガラスの靴」を履いて
ギラリと光らせて世界中の空を飛びまわり、その体験談を子供たちに聞かせるのです。
それが決定稿では「高田三郎」というただの少年でしかなくなる。
あるいは初期作品には、もっと生々しく賢治の修羅としてのまなざしから見えた、
懊悩と幻想とダークさとブラックさが
原型として自由に空想の翼を広げたものも多いのです。
そこにはあなたが知らない(知らなかった)宮沢賢治があるのです。
それは、、
例えば、、こんな作品たちです。
〇双子の星
チュンセ童子とポウセ童子の双子のお星さまは水晶のお宮で星の楽を銀の笛で奏でるのです。
まさにメルヘンですよね。
〇カエルの消滅
これはのちに、「カエルのゴム靴」と改稿されます。
ゴム靴を手に入れて得意のカン蛙はてんとうむしの娘と結婚して新婚旅行に行くが
木の杭の穴に落ちて死んでしまう。というシュールなお話。
このシュ-ル感がたまりませんよね。
〇タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった
これは異世界へ迷い込んだ少年のお話、、もう空だってべろべろの赤い寒天でできてるんだ。
〇種山ヶ原
その先にはキケンな別世界がある、、というお話
危うく異世界に迷い込みそうになった主人公は我に返り奇跡的に生還を果たすのです。
〇月夜のけだもの
(動物たちの葛藤です)
〇毒もみの好きな署長さん
依存症はやめられないしコワイというお話?です、警察署長であるのに法を犯して
毒モミのとりこになったはてに斬首刑になる、
それでも「ああ楽しかった俺はあの世でも毒モミをするぞ」
という署長さんにみんなは開いた口がふさがらないというお話。
このシュール感、、。
〇マグノリアの木
(サトリとは何かというお話です)
〇若い木霊
(若い木霊が異界探訪に出ます)
〇十力の金剛石
(本当の宝石とはなにか?というお話です)
〇ポランの広場(初期未定稿)こちらの方がより幻想的で面白い?ですよ。
というか私はこれこそが「ポラーノの広場」の決定版だと勝手に思っているのです。
「主人公のキュステが小学生のファゼロと「ポランの広場」に行き、山猫博士(デステゥパーゴという名前はない)らとの歌合戦に参加する物語で、「ポラーノの広場」と比較するとファンタジックな内容である。」(ウイキペディアより)
〇ガドルフの百合
ガドルフは旅人。旅の途中、。黒い家に泊まることになる
そこで見た幻想譚です。
〇黄色のトマト
博物館の、剥製のハチ雀が語る哀しい兄弟のお話です
〇ビジテリアン大祭
ベジタリアン(菜食主義)だった賢治の面目躍如という作品。
〇ペンネンネンネンネンネネムの伝記
これはもう最高に面白いある意味ぶっ飛んだあっちに行っちゃった
シュールなファンタジーです。もう最高、、としか言えませんよね・。
〇インドラの網
壁画に書かれた童子の物語です、
〇銀河鉄道の夜(第3稿)
ここではブルカニロ博士が登場する。ジョバンニがカンパネラを見うしなった後、この博士が登場してジョバンニに生命の意味を解き明かすという重要人物であるが、、残念ながら、
決定稿ではカットされてしまっている、このブルカニロ博士の場面こそ銀河鉄道の「キモ」とさえいう人もいるくらいな、重要人物なのである。
というわけでこの第三稿は必読である。
ところで、、
全くの私の妄想?だがあの「銀河鉄道999」の車掌さんはこのブルカニロ博士へのオマージュなのではないか?と勝手に思っているのです。
〇サガレンと8月
賢治お得意の異世界彷徨譚ですね。
〇よく効くくすりとえらい薬
深読みすれば、、薬物中毒の怖さ?魅力?のお話、
〇学者アランハラドの見た着物
本当のものとは何か?
、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、
などなど
これらの初期稿作品群には
自由な空想の発露が
そして豊饒な幻想が
深い直観が
宗教性が
ナマの形で?
あるいはシュールな感性で
横溢しているのです。
ファンタジー作家としての本領は
これらの初期作品群にあります。
というのは、
決定稿作品では豊饒な幻想性は
添削で削られてしまっていることが多いからです。
メルヘンとしての空想性
ファンタジーとしての豊饒性
それはこれら初期作品の中にこそあるといえるでしょう。
これらの豊饒なファンタジーの中から
シュールで
ぶっ飛んだ?
あっちに行っちゃった?
ある意味ダークファンタジーな
それとも、異界からの詩(死?)の伝道者?
そんな
あなただけの宮沢賢治を探してくださいね。




