守衛としての役目 その1
そこはしんと静まりかえっていた。土埃が空気中をただよいながら、風に乗ってかすかに血のにおいが運ばれてくる。村の入り口は凄惨な状況だった。村の男衆たちがぼろぼろになりながら侵入者に立ち向かい、あげくの果てには虫の息で倒れ込んでいるものもいた。
和泉は努めて平静を装いつつも、襲い来る不安に血液は忙しく脈打ち、興奮に頭がどうしようもなく熱くなってしまう。
「この方たちですか?」
村人に請われてここまで来た和泉は、村を襲おうとする、賊を視界におさめるや身を強ばらせた。一緒に走ってきた地主は背後に引っ込み、おそるおそる頷きかえしてくる。
目の前にはすり切れた布に身をつつんだ男たちが、数人、前傾耐性を取り、こちらが気を抜けば今にも突っ込んできそうだった。
和泉が連絡を受けてきてみれば、そこには農作業をしていた人々が怪我を負い、うなり声をあげながら地べたに伏していた。切り傷のできた彼らの肌からは一筋の血がこぼれ、ところどころ埃をまじえて皮膚の色をくすませている。
「う、がぁ……」
「あ、あいつらぁ……っ!」
警戒と怯えをまとった村人の瞳。
痺れをはらんだ冷たい空気が場を支配し、入り口の隅で固唾をのんで見守る女子供を凍てつかせた。
(酷いものだな)
負い目はあった、和泉は村人をかばうように前進し、彼らと賊との間に割って入る。
地主がすがりつくような目で和泉を射貫き、手足をかすかに震わせ、こちらの背中に声をかけてきた。
「そうです」
「……分かりました」
地主の声を受けた和泉は周りを見渡した。
(とりあえず致命傷を負った人はいなさそうだな)
幸か不幸か怪我を負った村人はまだ片手で数える程度。被害が出ているため弁解をするつもりはないし、実際にしたくもなかったが、自分の至らなさに参りそうになる。
田舎のゆったりした空気感に平和ボケしたのか相手を侮っていたのか、いずれにせよ被害がでている以上、自分の失態なのは事実だった。見張りをつけておけば大丈夫だろうという発想が、今回の不幸を招いたのかもしれない。新人とはいえ見張りにつけたのは腕の立つ兵士ではあったし経験もつませたかったのだが、相手の方が一枚上手だったのかもしれない。
「すみ、ません……。お役に、げほ、立てなくて……」
兵士の一人は地面に倒れ伏し、眉間にきついしわを寄せながら和泉を見上げてきた。付き合いとしてはそれほど立ってはいないが、ぼろぼろになった彼に不覚にも同情を禁じ得なかった。
「いや、大丈夫だ。君はよくやってくれたよ」
「あっ、あっ……」
「後は私に任せて欲しい」
そう言い残すと、和泉は悠然と賊を睨み付けた。
「……何の真似だ?」
賊の一人が和泉を睨みかえす。
「悪いがこれ以上は進ませない」
勇敢な村人たちの思いを、真面目な部下を思いを無駄にしないためにも、和泉はここで引くことはできなかった。この背中には、目に見えない、何人もの無念がのしかかっていた。
「生意気な口をきくヤツだな」
「こっちにも引けない事情があるんだよ」
賊は三人と言ったところか。口々に威圧の言葉を吐いてくる。
和泉はこみ上げてくる怒りを押しころし、ふぅっと一息をついた。冷静になってみれば言葉が通じない相手ではない。可能なら暴力には頼らず、交渉で賊には引いてもらいたかったがはてさて。
「どうやら会話はできるみたいだな」
「舐めてんのかこいつ……! お前もそこで倒れてるみたいになりたいのかよ」
「気分を害したのなら謝る――が、こっちも黙認はできないんでね」
「ふざけやがって!」
賊の一人が一歩まえに進み出た。
「他人に無勢。いちおう警告はしたからな」
「心得てるよ」
和泉はひるまず剣を構えた。
「……チッ、殺さないていどに痛めつけえてやるよ」
賊達もそれぞれ手持ちの武器を構え、剣や斧、見せびらかすようにかざした。その切っ先に跳ね返った陽光が、不気味に照り輝いている。
(……悪くはないな)
数の利で見張りの兵士や村の男衆を倒したのだろうが、相手の構えを見る限り、なかなか様にはなっている。武器や構えの型こそは独特で洗練されていなかったが、その顔や腕には戦士としての自信が満ち、黒いもやのようなものが渦巻いているようにもみえた。単純にそれなりにやる相手だったのかもしれない。
(……言い訳だな。守衛を任されている以上、責任は取らなければ)
和泉は内心で怪我を負った村人や兵士の健闘をたたえた。かりに賊たちにやられたのだとしても、彼らは敵に勇敢に立ち向かったのだ。そんな彼らを誰が責めることができるだろうか。
和泉がそう心で涙を流していると、その時間すらも惜しいのか、賊達が苛立ちとともに挑発をしてくる。
「へっ、こねぇのかよ」
「怖じ気づいたのか?」
安い挑発だった。だが、それに乗るだけの価値はあった。やられた人たちの思いを無駄にはしたくなかったから。
「――そう思うならかかってくるがいい」
「……このぉっ!」
張り詰めていた緊張の糸が、ぴんっと途切れた。
賊達は一斉にこちらへと迫ってくる。
(動きが甘いな)
和泉は真っ先に襲いかかってきた賊と対面すると、剣をはじき、横腹に蹴りをたたき込んだ。
「ごほっ!?」
蹴りを真正面から受けた賊は、腹を抱えるとそのまま膝立ちになってしまった。
「なっ!?」
意外だったのか仲間思いだったのか、賊の一人は地面に倒れ込もうとする同士に目がいき、瞬間、集中力が途切れた。
和泉はその隙を逃さず、そいつの持っていた剣を力尽くでふっとばした。
がきんっ! 金属質な音が肌に突き刺さる。
「う、そだろ……」
剣を失った賊は呆然とした。
「うああっ!?」
金切り声が耳を貫いた。最後に残った賊は初めの余裕をすっかり失い、訳も分からないまま和泉に向かってきた。その目にはすでに理性がなかった。
彼の両手から斧が放たれる。
和泉は足を一歩ひき、ぎりぎりのところで斧の軌道をよけ、次いで剣を横凪ぎにはらった。切っ先が、賊の首筋に迫る。
「な、なんなんだお、まえ……」
賊は硬直したまま震え、怯み、初対面の人間がきくようなことを戯言のようにいう。
そんなの答えを帰すまでもなかった。
「私か、私はこの村の護衛だよ」
「あ、あ……ぁ」
賊の手から武器がこぼれ落ちる。
地べたに斧が触れると、ガシャッ、耳障りな、渇いた音がそこかしこにこだました。