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えと・せとら   作者: 三波 圭太
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立川千広のエトセトラ 五

 結局ターミナルセンターでバスの運休が発表されて、僕達はまず東堂先生に連絡を取ったのだけれど、先生もチェーンやスタッドレスタイヤの類は持っていなかった。他の先生に借りようにも、今は出払っていてしばらくは戻ってこないらしい。


 少し時間を潰しておいてくれるか、それだけ言って東堂先生は通話を切った。


「しょうがないからカラオケでも行くか? 中は結構暖かいだろうし」


 湊の提案に乗って、早速すぐ近くの大手チェーンに向かったのだけれど、人というのは大体行動パターンが似通ってくるものだ。


「ここも満席だったか……」


「どうする? もうこの辺は全部断られたよ」


 僕達はどれだけ運が悪いのだろうか。付近のカラオケ店は全て満席で、更に間の悪いことに、勢いの強い雪に混じって霰が降り注いできた。


「いたたたっ! これ以上はシャレになんないぞ。とりあえずあそこの建物に!」


 脇目も振らずに、湊が指差した建物に駆け込んだ。顔をガードするようにかざす腕と雪で、視界はほとんどない。唯一足元の方に、立派な門構えのようなものだけが見える。


 ガラス張りのドアは自動で、僕達が近付くと音もなく横に開いた。中に入ったところでようやく顔を上げて周囲を見渡した。


 周囲はブラックライトに照らされた壁に囲まれているけれど、今立っている場所から二、三メートル先がT字路になっていて、その先に行けば何かしら分かりそうだった。


 何も言わない湊を残して、T字路の先を覗いてみる。右側はエレベーターだった。表示に寄ればここはどうやら四階建てらしい。


 そして左側に目を移し、盛大なため息を吐いた。


 カラフルな部屋の写真が壁一面に並ぶ、目の前の大きなパネルにはそれぞれ点灯しているボタンとそうでないボタンが付いている。パネルの写真に移っているのは、話に聞いたことのある回転ベッド、ジャグジー付きのお風呂、そしてプレイルームと銘打たれた、拘束具やロウソクの並ぶ部屋、その他諸々。


 つまり、僕達はラブホテルに迷い込んできたらしい。


 湊が変なフラグを立てたせいだ。八つ当たり気味にそう思い込む、そうでもしないとやってられない。


「うわぁ……」


 後を付いて来た湊が、目の前の光景に顔をひきつらせた。


「さあ、戻ろうか」


「そうしたいとこだけど、……この状況で?」


 湊が指差した先、建物の外はいつの間にやら猛烈な吹雪に見舞われていて、白一色しか見えなくなっていた。とてもじゃないけど、生身では歩けそうにないだろう。


「だからって、こんな部屋入りたい?」


 もう一度ため息を吐きながら、パネルの部屋に視線を戻す。


「一番シンプルな部屋選べばいいじゃん? 例えばこことかさ」


 そう言って、湊が示すように部屋のボタンの辺りをポンポンと叩く。


「……あっ」


 湊の間抜けな声に猛烈に悪い予感しかしない。


「ボタン、押しちゃった……」


 誤魔化すような笑顔で頭を掻く湊に、僕は早くも三回目のため息を吐いた。とりあえずバカ湊には強烈なデコピンをお見舞いしてやる。



         *



 僕の目の前では、ベッドの上に長時間正座させた湊が足をモジモジさせて、苦悶の表情で目の端には涙を浮かべている。仕方なくホテルの部屋に入った直後、僕が説教モードに入ったのだ。


「それで湊、何か言うことはある?」


「はい、申し訳ありませんでした。心の底から深く、反省してます」



 その姿はさながら、主人に怒られてうなだれる大型犬のようで。僕の怒りもちょうど冷めてきたところだし、そろそろ許しても良い頃だろう。


「もう、次からはちゃんと考えて行動すること。分かった?」


「すみませんでした」


 ようやく足を崩すことができた湊が安堵の表情を浮かべた。ただ僕にはまだ八つ当たりの分が残っている。だから、痺れている湊の足をツンツンつつくのは当然の結果だと言える。


「ちょっ、それ……マジ無理だから」


 隣で延々と足をつつき続ける僕の両手を掴んで、湊が何とか止めようとする。ただ足に力が入らずバランスが不安定な状態で上半身だけを無理やり動かせば、一体どうなるかなんて簡単に想像がつくだろう。


 勢い余った湊が僕ごとバランスを崩し、ベッドに倒れ込んだ。僕の両手は湊に掴まれたまま頭の上に持って行かれている。


 湊の横顔が僕の耳元のすぐ隣にあった。時折耳に掛かる湊の吐息がくすぐったくてしょうがない。


 僕は思わぬ展開に、完全にテンパってしまっていた。もう諦めたとはいえ、湊は僕の想い人だった。そんな彼に、不慮の事故とは言え半ば押し倒されたような状況だ。


「み、湊? とりあえず一旦退いてくれないかな?」


 僕の呼び掛けに湊が顔を上げた。その目は何故か、大型犬から狼へと変わったように見えた。


「何、恥ずかしがってんの? もしかしてこの体勢、意識しちゃった?」


 先程までの情けない声はなりを潜め、低く色っぽい声がする。今や形勢はすっかり逆転してしまい、僕は湊の顔をまともに見ることができなくなってしまう。


 顔を横に背け、ギュッと目を閉じる。その顔もきっと真っ赤になっているはずだ。


 湊が僕の両手を片手で留めて、空いたもう片方を頭から下の方の肌に滑らせた。くすぐったいような、ぞくぞくするような、もどかしい感覚だ。


 湊は本気で僕とそういうことをするつもりなんだろうか。ストレートであり、僕とはそういう関係になれないとまで、はっきりと言った湊が、こんな状況に流されるだろうか。


「湊、これ以上は後戻り出来なく……」


 ここで湊の体が震えたのを不審に思い、うっすらと目を開けてみると、笑いをこらえる湊の姿があった。


「ごめん、さっきの仕返しにからかおうとしたら、想像以上に反応が面白くてさ。……でも、ちょっと無神経だったな。悪かった」


 最後は真剣な表情で湊が謝ってきた。


「……また僕が湊に迫ったらどうするつもりだったの? 湊相手にまた我慢できる自信は無かったんだからね」


 憮然とした表情の僕に、湊は苦笑しながら、ただひたすらと平謝りだ。


「ホントにごめんな? 俺も雰囲気に流されて、あのまま迫られたら多分しちゃってたと思う。千広が相手ならってさ。千広の想いは受け入れられないって断ったのに、最低だよな」


「ホント最低だよ、僕じゃ無かったら愛想尽かされてもおかしくないんだからね?」


 本当にその通りだと思う。下手したらビンタの一発だってもらうかもしれない。僕だって、これが湊じゃなければ……


「……千広は、そうじゃないんだな」


 湊は、僕の一番の親友だから。


「とりあえず、この体勢直さない?」 


 直接言うのがちょっぴり恥ずかしくて、照れ隠しに別の話題を振ったけど、湊が首を振った。


「いーや、今日くらいは俺が千広に甘えたいんだけとダメ? 一番の親友だろ?」


 恥ずかしくて言えなかったことをピタリと言い当ててくる湊は、実は性格が悪いんじゃないだろうか。そう思いつつも、僕の胸にすり寄せてくる湊の頭を、優しく撫でてやった。


 湊が僕に甘えてくるなんて、初めてのような気がする。やっぱりその姿は大型犬みたいだった。湊は基本的にワンコ気質なのかもしれない。


「俺、寒いのすごく苦手でさ。特に今までこんな日が無かったから大丈夫だったんだけど、今はなんか無性に人肌恋しい……」


 静かな口調になる湊。


「僕は湯たんぽじゃないんだけどね。まあ、今日だけだからね。今日は特別に湊を甘やかしてあげる」


「ん、千広大好き。ありがと、俺の親友……」


 湊の言葉の最後の方はだんだん尻すぼみになっていき、代わって寝息が聞こえ始めた。こんなに寝付きがいいなんて、羨ましい限りだ。


 かく言う僕も今日はちょっと疲れた。少しくらいなら寝てもいいだろう。そう結論付けて、少しだけだから、と目を閉じた。

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