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えと・せとら   作者: 三波 圭太
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立川千広のエトセトラ 四

 見事なまでの失恋から一ヶ月とちょっとが経ち、僕もようやく自身の気持ちに踏ん切りが付いた。今ではすっかり、湊とも普通に接することができるようになった。


 片思いをきれいさっぱり忘れて、大事な親友として湊の隣にいられること。今はそれが一番の喜びだと分かる。


 結局、湊は牧野には告白しなかった。どうしても本気になりきれなかったらしい。千広のせいじゃないからな、と湊は笑っていた。


 暦の上では十二月、終業式はすぐ目の前だ。そして、短い冬休みが終われば寮の部屋替えが行われる。二年間立て続けに同じ人と同室になることはないから、もうすぐで、湊との共同生活も終わりになる。


「千広、そっちはもう済んだか?」


「うん、最低限だけ残して残りは全部詰めたよ」


 僕達は、部屋の片付けを始めていた。終業式が終わればすぐに帰省となるので、今のうちに実家に送る分の荷物を段ボール箱に収納しているのだ。こっちで買い込んだ文庫本やCD、クローゼットに仕舞っていた衣類。それらを仕分けしてテキパキと段ボール箱に詰めていく。


 今日は冬休み前、最後の土曜日。平日は期末試験の勉強で全く時間が取れないから、今のうちにやれるだけのことをやらないと。


 昼前になって、個室とリビングの荷物の整理が粗方終わった。リビングの隅には二人分の段ボール箱が数箱くらい積まれていて、殺風景になったリビングにどこか物悲しさを感じてしまう。


「久しぶりに二人で外出しようか」


 湊が明るい声で提案してきた。


「街をぶらぶら歩いてさ、どこか適当な場所で飯食って、またぶらぶらして帰る。気分転換にもなるだろ?」


「うん!」


 以前のように意識することもなく、純粋に楽しみだ。


 二人で寮監の東堂先生に外出届を出してから、最寄りのバス停まで歩いていった。


 僕は紺色のニット帽に白いカシミヤのマフラー、薄手の白いトレーナーの上からグレーのセーターに深緑のジーンズと青のスニーカー。湊は黒のダッフルコートにシャツと愛用のクリーム色のカーディガン、下はグレーのチェック柄のパンツにおしゃれな茶色のワーキングブーツという出で立ちだ。


 お互いの吐息は白く染まり、自然と言葉少なになる。会話こそ少ないものの、バスが来るまでの間のんびりとした、居心地の良い時間が流れていた。


 バスは海岸沿いを南に十分程の距離にある中心街へと向かった。広めに整備されている国道は他にも沢山の車が走っていて、バスの走りは遅い。


 何度目になるか分からない信号待ちの最中、ずっと窓の外を見ていた湊に軽く肩を叩かれた。


「千広、見てみろよ」

 上の方を見上げる湊に倣って、僕も窓の方に身を乗り出して空を見る。


 雪が舞い始めていた。風に流されてふわふわと地面や車の窓に落ちていき、そして溶けていく。


「初雪、になるのかな? きれい……」


「ああ、きれいだな」


 僕達が交わした言葉はそれだけだ。後はずっとこの光景に見とれていた。


 バスがようやく動き出し、僕も体勢を元に戻す。


 言うまでもなく、さっきまではほとんど体が密着するような状態だったのだけれど、それでも不思議と胸がドキドキすることは、もうなかった。


 バスが中心街のターミナルセンターに到着し、乗客全員を降ろした。

 バスの中からも赤と緑に包まれた街の様子はチラチラ見えていたけれど、ターミナルセンターの中もクリスマス一色になっていた。作り物のモミの木に電飾やリボンなんかが飾られ、壁の広告看板にはメリークリスマスの文字。


「街はすっかりクリスマスの雰囲気なんだね」


「ホント町中赤と緑だらけだよな。ここまでするのも日本独特っていうかさ」


 そういえば湊は幼少時代をロンドンで過ごしていたんだった。


「ロンドンではどんな感じだったの?」


「ロンドンだとクリスマスの間は店なんかが全部閉まるんだよな。だから家で七面鳥焼いて食べたり、教会にミサに行ったりってくらいだよ」


「へえ、敬虔なクリスチャンって感じなのかな?」


「うん、クリスマスの間は静かにキリストの生誕を祝うものって教えられるからな。盛り上がるのはその後のニューイヤーズイベントだけ」


 日本人の、イベントでなんでも盛り上がる風潮は、他の国から見れば少々奇妙に映るのかもしれない。


 ターミナルセンターを出て繁華街を散策していると、一軒の店の前で湊の足が止まった。


「……ちょっとここ寄ってこうぜ」


 そこは手編み物の専門店だった。軒先のショーウィンドウからは、手編みの暖かそうなセーターを着せられたマネキンが通りを覗いている。何か湊の欲しいものがあったのだろうか。

 店の扉を開けると、まずはカウベルの鈍い音色が僕達を出迎えて、次いで店員のお姉さんの、いらっしゃいませという挨拶が聞こえた。


 湊はもう欲しいものが決まっているみたいで、店の奥の陳列棚に真っ直ぐに向かっていった。


 僕は特別衝動買いしたくなるものも見当たらないので、丁寧に編み込まれた商品一つ一つをとりあえずといった感じで眺めるだけだ。


 と、レジの方で湊のお会計のやり取りが聞こえてきた。かかった時間を考えると、ほとんど即決で品物を選んだということになるだろうか。


 湊の方に顔を向けると、その手にはクリスマス用にラッピングされた袋と、そうではない普通の包装のものの二つが握られていた。

「千広、少し早いけどクリスマスプレゼントだ」


 湊からの僕へのプレゼント、これほど嬉しいものはなかった。


 お店を出て近くのベンチに座り、早速開封してみる。水色の生地に白い糸で可愛らしいデザインが描かれている手袋だった。


「僕、こんな素敵なクリスマスプレゼントは初めてだよ! ありがとう、湊」


「気に入ってもらえて何よりだな」


 そう言いながら湊がもう一つの、自分用に買った方の袋を開封する。湊が何を買ったのかはすぐに分かった。


 僕のと色違いで同じデザインの、手編みの手袋。本人はペアルックかどうかなんて多分意識していないだろう。


 湊のことだからきっと、千広に似合いそうだからこれにしよう、俺もちょうど手袋が欲しかったから色は別にして同じ奴を買っとくか、なんて考えに違いない。


 良い意味と悪い意味、その両方で湊は鈍感というか豪胆というか。とにかくこちらの微妙な感情の揺れ動きにはほとんど無頓着、かと思いきやたまに、変に鋭い時もあるし。


 この先湊の彼女になるだろう人は僕以上に苦労させられるんだろうな、と内心苦笑いしてしまった。


 僕達は早速お揃いの手袋をはめて、また歩き始める。


 結局その後の買い物と言えば、僕が湊へのクリスマスプレゼントとして買った耳当てくらいだ。別売りの猫耳や犬耳を取り付けられる半分おふざけみたいなものだったけれど、湊は殊の外ノリノリで、自分で犬耳を買っていった。


 こうなったら後々いつ見ても笑える写真を撮るしかないだろう。と言うことで、昼食前にプリクラを撮っていった。


 出来上がった写真には、犬耳を付けた湊が変顔で僕にお手をしたり、お座りのポーズをしている光景が写っている。


 こんなふざけた写真だけれど、僕にとっては大事な宝物になるだろう。


 写真の中の僕達を一撫でしてから、丁寧に財布の中にしまった。



         *



 ファストフード店で昼食を取り、さあ帰ろうかという時になって雪が本降りになってきた。急いでターミナルセンターに向かう途中にもどんどん雪が積もっていく。こんなに雪が積もるような地域ではなかったはずだ。これも最近の異常気象というやつだろうか。


 バスが運休にならなければいいけれど、とこういう時にはよく当たる悪い予感を振り払う。空には黒い雲が立ち込め、昼間ながら薄暗くなってきた。


「これはちょっと怪しいかな」


 湊までもがそんなことを言い始める。


「下手したら、東堂先生直々のお迎えコースだな」


「東堂先生、チェーンとかスタッドレスタイヤとか持ってるのかな?」


 さあな、と湊が肩をすくめた。


「まあ、もしダメでも今日一日ぐらいはカラオケで寝泊まりできるだろ」


「不吉なフラグ建てないでよね?」


 どこまでもあっけらかんとする湊に僕は苦笑するしかない。


「それとも泊まるならホテルが良いか? この辺なら安いとこありそうだしな」


「……それはラブホのことでしょ? 高校生は泊まれないって。っていうか、僕達二人でラブホって色々問題あるよね」


「あっ……」


 ここまできて、ようやく湊がそこに思い至ったらしい。俯いて急に黙り込んだ。


「……優しく、しろよな」


 お尻を押さえてもじもじしながらこんな馬鹿なことを言ってくる湊に、僕が思わずデコピンをかましたのは何も間違っていないはずだ。優しくしろって、僕が襲うこと前提になってしまっている。未遂の前科はあるけれど、僕は親友には手を出さない。


 ……そう思っていた時期が、僕にもありました。

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