サブミッション=クリア
「これが今回のターゲットだ」
部屋の中央にある窓から外を眺めたまま、いつものようにボスは写真を差し出した。黙ってそれを受け取り、じいっ、とそこに写る顔を記憶する。3秒後、ボスがライターで火を灯すと、ターゲットの顔があっという間に炎に飲まれていった。薄暗いオフィスに、焼け焦げた匂いが漂った。
「目撃者は全員始末しろ。いいなリザ」
「…わかったわ」
私の方を見ることもなく、ボスが低く唸る。肩をすくめ、私はさっさと踵を返した。そういえば、この仕事に就いて三年が経つが、未だにボスの顔をまともに見たことがない。まあ私には必要のないことだし、興味もない。それに、暗殺なんてそっちの方がやりやすいと思わない?ねえ?
「待て…リザ」
「何?」
部屋を出る直前、雇い主が私を呼び止めた。
「失敗したら、お前の代わりなど…」
「いくらでもいる…何回も聞いたわよ」
肩越しに、振り向きもせず私は静かに答えた。さあ、お仕事の時間よ。そのまま後ろ手でドアを閉め、私は早速現場へと向かった。
暗殺稼業に失敗は許されない。
裏社会の掟は厳しい。捕まったら自分の命はもちろん、家族や友人の安否でさえ危ういだろう。発覚した時点で、依頼主は無関係を決め込むのがこの世界のルール。それでも暗殺の依頼は机の下で飛び交い、危険を顧みずそれを請け負う馬鹿野郎共も後を絶たない。
もちろん私も、その一人。スコープを覗く私の右目と、引き金を弾く人差し指に六人の兄妹たちの生活がかかってる。だから、止める気なんてさらさらないわ。まともに働いてたんじゃ到底手に入らない報酬が、ほんの少し指に力を込めるだけで手に入るんですもの。こんな楽な仕事って中々無いと思うの。ねえ?
「着いたわ…ここね」
私はターゲットのいる目的地を見上げた。時折強く吹く北風が、高層ビルの間を唸り声を上げながら通り過ぎていった。私はそっと最上階の空き部屋に侵入し、床に這いつくばって隣のビルの一室をスコープで覗き込んだ。
…いた。
ターゲットだ。レースのカーテン越しに、ワインを飲みながら仲間と談笑しているのが見える。二人、三人…五人。部屋の中には全部で五人だ。こちらに気づいた様子はない。あと少し…あいつがクローゼットの右にずれれば。
「そう…そうよ。いい子ね…」
ふっと息を吐き出し、私は人差し指に力を込めた。
「きゃああああっ!!」
静かだった夜の街を切り裂いて、辺りに悲鳴が響き渡った。窓ガラスが割れ、一瞬の間も置かずターゲットが床に崩れ落ちた。これでメインミッション完了。ね?簡単でしょう?
あとは、速やかに目撃者を排除するだけ。何が起きたかわからずパニックになる向かい側の住人たちを、間髪入れず始末していく。
二人…三人…。パーティでも開いていたのだろうか、部屋の中ではたくさんの料理が散乱していて、その上に次々と目撃者が倒れこんでいった。泣き叫ぶ女の子の顔を見て、私はふと兄妹たちのことを思い出していた。サラはもう、咳は治ったかしら。洗濯物は取り込んでおいてと、彼女に頼んでおいたけれど、心配だわ。
「ダメよ…そっちは入り口…」
逃がさない。銃口を微調整し、指先に力を込める。四人…五人。やがて、静かになった向かい側の部屋には、真新しいパーティグッズが五体出来上がっていた。さて。
「あと一人ね」
私はスコープから目を外して、さっきからこちらを見ている読者に銃口を向けた。
悪いけど、目撃者は全員始末しなくっちゃ。ここまで見てくれてありがとう…さようなら。