因縁の対決
「や……やめろよ、やめてくれよ、N!」
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒ」
不気味な笑い声を上げながら、Uを木に押し付けているのはNであった。
彼女は、5thコアの中でも特に精神に異常を示しており、心の許せる者以外は容赦なく破壊してしまう極めて危ないやつだ。
言うまでもなく、地下組の一人である。
一方の、Uは頭に貝殻のような大きな被り物をしている少年で、身体能力は無駄に多いスタミナを除けば波以下である。
故に、Uは絶体絶命のピンチを迎えていることになるが何故かNはとどめを刺そうとはしていない。
「ルナの……ルナの場所……教えろ…………」
Uは魔力感知能力が高く、半径十キロ圏内であれば5thコアのメンバーを特定出来る。
だから、NはUを使ってルナの居場所を突き止めようとしているのだ。
「くそっ……なんでこんな目に」
Uにとって、Nに捕縛されることは想定外であった。
先ほども言った通り、Uには魔力感知能力がある。
当然、Nのこともわかっていたはずだ。
しかし、Nは魔力を押し殺してUに近づいて来たのだ。
そのため、本来の距離を見誤り捕まってしまった。
Uにとってはまさに一生の不覚であろう。
「ルナの場所……教えろ!」
「ぐわっ!?や、やめろ!」
Nは痺れを切らしたのか、Uの頭部を掴み、何度も何度も木に叩き付ける。
すぐにUの頭からは血が流れ、鈍い音が響く。
「し……死ぬぅ、死んじゃうよおお」
「なら、教えろ!ルナの場所!早く!!」
教えなければ殺されるとUは思った。
だが、素直に教えてもNが自分をみすみす見逃すはずがないこともわかっていた。
ぼんやりとした意識の中、Uは必死に考える。
「と、とりあえず降ろしてくれないかい?このままじゃ意識を集中出来ないんだ」
「……」
Nは疑いの目でUを睨む。
「ルナの場所を見つけられなくてもいいのかい!どうせ僕なんかじゃ君から逃げられないよ」
「……ふん」
Nは渋々手を離す。
だが、Uを睨む目は変わらない。
「……ルナの場所だよね」
Uはルナの魔力反応を探す。
5thコアという高魔力反応体が狭い場所に集まっていることもあって、判別に時間が掛かる。
「まだなの……?」
「もう少しだって……あ」
時間にして数分、ようやくUはルナの居場所を見つける。
「ルナはここから南方に数キロ進んだ茂みの中にいるよ。良かったね、結構近くて」
Uは素直にそう答える。
Nに対して嘘をついても無駄な事はよくわかっているようだ。
Nはそういう勘には異様に鋭いところがある。
だから時折、捕虜に対して尋問する際に使われていたこともある。
「そうか……そんなところにいるんだー、ルナ、ルナー、フヒヒヒ」
Nが恍惚とした表情で空を見上げる。
「今だ!!」
Uは、Nが自分からルナへと意識が逸れるこの瞬間を待っていた。
彼は一目散に森の中に飛び込むように走り出す。
「――あっ、待て!!」
Nもそれに気付き、鬼のような形相で追いかける。
再び捕まることは文字通り死を意味する。
Uは必死で走る。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」
NはU目がけて消滅波をいくつも放つ。
Nの能力は消滅であり、いかなる攻撃も彼女の前では意味を為さない。
ろくに魔力も集中させることが出来ないくせに、無駄に豊富な魔力を持ってゴリ押しするのが彼女の戦闘スタイルであった。
しかし、Nの攻撃はUに一つも当たらない。
まるでUを避ける様に攻撃は左右に散っていく。
「うぐぐ……な、なんだー?」
攻撃が当たらないだけではなかった。
Nの進路を阻むように、周りの木々が、雑草が、石ころが近寄ってくる。
それはまさに異様な光景であった。
まるでこの世界がUをNの魔の手から救おうとしているようであった。
「邪魔、邪魔。邪魔、邪魔、邪魔ーっ!!」
Nはもがくように力を無駄撃ちする。
その行為はNに何のメリットもない。
「今の君に僕は絶対傷つけることは出来ない。指一本もね!」
Uの能力は絶対的天運であり、神懸かり的な幸運を自らに与えるものである。
これにより、UはNからの攻撃から必ず逃れられる様な運命を掴んだのだ。
圧倒的にスペックが違う二人であるはずのなのに、NはじわじわとUから遠ざかって行く。
そして、NがUを見失うのにそれほど時間は掛からなかった。
「はあ、はあ、はあ……とりあえずは撒いたかな」
Nの魔力反応が十分に離れたことを確認すると、Uは倒れる様に地面に横たわる。
「さ、さすがにしんどいな……N相手じゃ」
Uの幸運も魔力があってこそのものだ。
Nから逃げるために魔力を随分消費してしまった。
これでは当分の間、幸運の能力は使えない。
「どこか休める場所はないのか……」
Uの能力は燃費が悪い。
先ほどのような力の使い方が出来るようになるまで半日は掛かるだろう。
それまでの間、無能力で逃げ続けるのは、魔力察知能力があるとしても至難の業だ。
這うように進み、ようやく見つけたのは、みすぼらしい小屋であった。
中をちらっと覗くと、材木が山のように積んであった。
「木小屋か……まあ、この際贅沢は言ってられないしなあ」
Uは慎重に周りに気を配りながら、小屋の中へと入る。
「ひとまず安心かな……ダメだ、涙が」
Uの眼からは涙がポタポタと零れる。
Nのような狂人に捕まっていたのだ、こうなるのも仕方がないだろう。
「……これからどうしよう」
Uはふと考える。
Nを振り切ることが出来た以上、魔力管理を徹底することで大抵の危機は乗り越えられるはずだと。
しかし、それを続けてどうなる?
このゲームは最後の一人になるまで殺し合うことが決定している。
運よく、強者同士で潰しあって棚ぼたで勝利するといった奇跡を目指すというのか。
「守りに徹してもジリ貧なことはわかってるんだ。よく考えろ、逃げ道はないのか?」
本当に戦うしかないのか?
この島からリスクなしに脱出することは本当に出来ないのか?
「ダメだ……思いつかない」
長い沈黙の後、Uはそう呟く。
結局、奇跡に頼るしかないという決断に陥る。
Uは心も体も衰弱していた。
こんな状態ではまともな判断が出来るはずもなかった。
「随分とお疲れなようね、U」
その時、背後の扉から声がする。
心が凍り付くように低い声……あまりの驚きにUは腰を抜かしてしまう。
「な、な、何で!?」
動揺するUとは対照的に、その声の人物はゆっくりと扉を開けて彼を見下ろす。
高級そうなドレスを身に纏い、右手には煌びやかな扇子を持つ女性……Qであった。
「Q……ど、どうしてここに!?魔力反応はなかったのに!」
Uは狼狽えた様子で叫ぶ。
数少ない秀でた能力であるはずの魔力察知能力が、二度も突破されたのだから無理もない。
「魔力反応の操作くらいわけないわ、こんな小屋にコア反応がするから誰が隠れているかと思えば……案の定、雑魚が一匹釣れたようね」
そう言いながらQは扇子を広げて、優雅に扇ぐ。
別に暑くてやっているわけではない。
Qが悦に浸ると決まって行なう言わば癖のようなものである。
「目覚めたら森の中、あちこち歩いて疲れたわね、隣……良いかしら?」
「…………」
Uは何も言わない。
出口はQの背後にある。
まだ魔力は乏しい現状で、Qから逃れる手段などない。
彼に出来る事と言えば、時間を稼いで、幸運の能力を取り戻すことしかないのだ。
「そんなに怯えなくても良いじゃない。別にあなたを殺す気はないわよ?」
そう言って、QはUの隣に座る。
高級そうな香水の匂いが小屋中に充満していく。
「一つ、取引をしましょうか?」
短い沈黙の後、QがUにそう言う。
彼女の眼は真剣で、嘘を言っているわけじゃないことはUでもすぐにわかった。
「取引?この僕とかい?」
「そうよ、私と手を組むのよ」
Uは、Qがどうして自分にそんな取引を持ちかけたのか、いまいち理解出来なかった。
自分がUよりも優れているところと言えば、魔力察知能力である。
Q自身も多少は察知出来るが、僕ほどではない。
だからと言って、複数人で行動するリスクを抱えるなんてどうかしている。
相手にも察知されてしまった場合、逃げ切れない可能性がある……というかその方が高い。
その点で単独行動の方が明らかにメリットがあるのである。
難しい顔で悩んでいるUの頭部をQは優しく撫でる。
この行為が何を意味するか、Uにはよくわかっていた。
Uの頭部にはコアが存在する。
そんな急所を触っているのだ、もうUに考慮の余地はなかった。
「わかったよ、その取引受けるよ」
考えても無駄だ、後はどうにでもなれと言わんばかりにUはQの取引を受ける。
それにQは、5thコアの中でもかなりの実力者である。
今は彼女の言いなりでもいい、隙を見つけて逃げればいい。
そうUは考えることにした。
「それじゃあ、こんな小屋からはとっとと出ましょう」
そう言ってQは、Uを自分の前に立たせる。
「周りの魔力反応はどう?」
「……近くに反応はないよ。気付かれたとしても十分に逃げ切れると思う」
N同様にセンサー扱いを受けて、Uはうんざりする。
ゆっくりと小屋から出た二人を満天の空が覆う。
「空は昨日までと何も変わらないようね」
Qは少し悲しげにそう言う。
隠しきれない色香を漂わせる彼女にUは思わずドキッとしてしまう。
「U……あなたこんな状況だというのに元気なのね」
QはUの下半身を見つめてそう言う。
「ち、違うよ!」
QにからかわれてUは顔を真っ赤にして反論する。
「少しはリラックス出来たかしら?あなたにはこれから存分に活躍してもらうわよ」
「Q……わ、わかったよ。取引だからね」
研究所にいた時にはほとんど面識のなかった二人であったが、上手くやっていけるような気がするとUは思った。
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長い夜が明け、島全体には強い日差しが降り注ぐ。
それを合図にするように、息を潜めていた者達が少しずつ行動をし始める。
そんな中、私はふらふらしながら森の中を歩いていた。
Fの攻撃を真面に受けた時は死が頭を過ぎったが、思った以上に身体は頑丈であった。
どうやら無意識に魔力を発し、反転膜を大幅に強化していたらしい。
しかし、随分と魔力と体力を消費してしまった。
こんな状況で、誰かと遭遇するのは非常にまずい。
どこかで休息を取らなければ……
その時、私の目の前に姿を現したのは、薄暗い洞窟であった。
入口付近には木々がなく、入るところを見られる可能性は非常に高い危険な場所であったが、疲労困憊の私にはそんなことを考える余裕はなかった。
甘い蜜に誘われる虫のように洞窟へと入って行く。
「ひんやりとしていて、気持ちいいわね」
中は意外にも広く、外の暑さが嘘のようにひんやりとしている。
仮の住まいにするには十分すぎるほど快適に思った。
特に、私の目を奪ったのは、長細い岩であった。
まるで、最初から私の為にあったかのようなサイズであり、ベッド代わりに最適だと思った。
「あれ、寝心地良さそう……三十分だけ、寝る…………」
私はそう呟くと、倒れる様に岩の上に寝そべる。
それから意識を失うのにそれほど時間は掛からなかった。
私は昔から一度寝てしまうと、簡単には起きない。
こんな死のゲームの最中にそんなことをするのは命知らずもいいところだというのに……
「こいつ……今の状況を理解してるのか?」
そう言いながら岩の影からすっと姿を現したのはシャドーであった。
どうやら彼もこの洞窟を見つけて休んでいたらしい。
彼の能力は影であり、影を操る攻撃や、影の中に入ることが出来る。
光のある場所なら、いかなる致命傷も意味を為さない為、その強さランキングは四位と最強レベルを誇る。
「ここは暗いから能力が十分に出せないが……このチャンスを逃すメリットがあるか?」
シャドーは悩んでいた。
私を殺そうと思うのであれば、反転膜を越える威力を与えなければならない。
しかし、薄暗い洞窟内ではそれは難しいのではないかと。
だからと言って、洞窟を出て攻撃をするというのも危ない。
「外にあいつがいるからな……ずっとこっちに殺気を送ってやがる」
私が洞窟内に入った時点でシャドーは気付いていた。
何者かが私を狙っていることに。
冷たい、凍り付くような視線……シャドーは思わず身震いする。
「みすみすリスクを冒してまでこいつに関わるのはやめた方がいいな。どうせ、勝手に潰し合ってくれるだろう」
シャドーはそう言うと、再び岩の影の中に消えて行った。
「逃がした魚は大きい、なんてことにならないと良いが」
この判断によって、シャドーは後に苦しむことになるが、それはまだ先の話である。
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「A……お前、本気で俺と戦うつもりなのか?」
強固な鎧甲冑を身に纏った大男のKは、そう言って目の前のパーカー姿の少年であるAを睨み付けた。
「ここで会った以上、仕方ないでしょ。これも運命だよ、K!」
そう言い終わるや否や、Aは一瞬でKの背後に回ると、目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出す。
「おっと、そんなんじゃ効かねえぞ!」
Kはすぐさま振り向き、大きな腕を振り回して反撃する……が、Aは物凄い速さでまたKの背後へと回り込み、ただ執拗に殴り続けた。
Aの能力は加速であり、5thコアの中では最速を誇る。
しかし、それ以外の性能は軒並み平凡であり、いまいち強くないというのが彼の現状であった。
一方のKは、恵まれた身体能力と高性能の能力により、5thコアの五本指に入るほどの強さを誇っており、デスティニーからの信頼も厚い男であった。
能力差は火を見るよりも明らかだと言うのに、AがKに戦いを仕掛けたのには理由があった。
AとKは幼少の頃から親しく、訓練や任務も一緒に行うことが多かった。
ある頃から、力の差がぐんぐんと大きくなり、やがて彼らの間には埋めようがない絶対的な差というものが生まれた。
それでも、AはKに追いつけるように必死に訓練をしていた。
血が滲むような、骨が軋むような辛い訓練の日々……その支えになったのが打倒Kであったことは言うまでもない。
『お前じゃ、俺には勝てない』
訓練の度に聞かされたKからの呪いの言葉……Aはどうしても覆したかった。
そして自分の強さをKに見せてやるのだと――!
「今こそ、俺の真の力を見せてやる!A・ドライブ!!」
そう叫ぶよりも早く、Aの身体は何十人にも増える。
勿論、分身している訳ではない。
凄まじい加速によりそう見えているに過ぎない。
それが、彼にどれほどの負担になるか、Kはよくわかっていた。
「加速に加速を加えるか……無茶しやがって」
Kの身体能力はどれも高水準ではあるが、敏捷性に関して言うと、5thコアの平均レベルにまで落ち込む。
それ故に、今のKにはAを目で追うことは出来ない。
右往左往するKを尻目にAは凄まじい速さで攻撃を仕掛ける。
大気が割れ、轟音が周りに響き渡る。
「ぐっ!」
それに対してKは防御姿勢を取るだけで、まるで動けずにいる。
Aの身体が次第に悲鳴を上げ始めるが、それ以上にこの状況への喜びが込み上げる。
圧倒的に上の存在に思っていたKが、自分の攻撃に手も足も出せずにいる。
今までの訓練が少しでも報われたような気がしていた。
しかし、この状況が長引くにつれて、AはようやくKの思惑に気づく。
一見すると、Kは防戦一方で、Aが有利のように思えたが、実際は逆であった。
いくらAが加速に乗せて攻撃を打ち込んでもKにはダメージが通っていないのだ。
何百、何千ものAの攻撃を浴びているとは思えないほど、Kの体には変化がなかった。
一方で、Aの腕は真っ赤に染まり、骨の軋む音が増すばかりであった。
あまりにも無駄な時間があっという間に過ぎていく。
「はあ、はあ、はあ……」
遂に、Aは動きを止める。
滝のような汗を全身から吹き出し、満身創痍の表情からはとても彼が一方的に攻撃をしていたとは思えないほどであった。
「気は済んだか?A……生憎、俺も暇じゃねえんだよ。昔からの仲だ。ここは見逃してやるからさっさと失せろ」
Kはけろっとした表情で、Aを冷たくあしらう。
それは今まで何度も見てきた諦めの表情に他成らなかった。
「ふ、ふざかるな!こんな、こんなことぐらいで負けを認めてたまるか!俺は、俺はお前に勝つんだ!!」
それが空威張りだと言うことはA自身よくわかっていた。
実際、Aの足はガクガクと小刻みに痙攣し、立っているのもやっとなのだから。
「そうか、それはすまなかったな、A」
Kがそう静かに答える。
何時になく険しい表情がAの身体を貫くようであった。
「お前がせっかく本気でぶつかってきているというのに、俺は何もしない……そんなの不公平だったな?」
そう言って、KはAに向かって右手をかざす。
「絶対支配領域」
それは一瞬の出来事であった。
Kの右手を中心に、薄紫色のバリアのようなものが急速に展開される。
そのあまりにも速い展開力からAは逃れることが出来なかった。
万全な状態であったとしたら、逃げ切ることが出来たかも知れないが、それを今考えるのは蛇足だ。
「くっ!う、動けない」
Aは必死に逃げようと試みるがもう遅い。
彼の身体はもう彼の支配からは逸脱してしまっていたのだ。
これこそがKの能力、身体的支配の能力なのだから。
一定範囲内のKが対象とした生命体の身体的コントロールを奪い、意のままに操る。
殴り合いを好むKからは想像も出来ない能力であり、本人もこの能力を良しとしていない。
だから、Aもまさか使ってくるとは夢にも思っていなかったのだ。
「A……気分はどうだ?」
「最悪の気分だよ、K」
「だろうな」
短い言葉を交わし、Kが渾身の一撃を無防備なAに打ち込む。
それで終わりであった。
時間にして僅か五分。
AとKの因縁の対決を終わらせるには、それでも十分すぎる時間であった。
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「命!どうしてすぐに会いに来てくれなかったの!?」
顔を真っ赤にして怒るアスカは命を地面に押さえつけてそう叫ぶ。
一方の、命は涼しそうな顔でただ彼女を見ていた。
どうやらアスカの怒りの原因は、彼女の首に掛かっている薄汚い首飾りが原因のようだ。
「私、ずっと待ってたんだよ!この首飾りは私たち三人の友情の証だから、魔力を籠めればお互いの場所がわかるって、そう命が言ってたのに!!」
アスカはヒステリーを起こしながら、命の胸ぐらを掴み、上下に振る。
「ご、ごめんなさいアスカ。気付いてはいたのよ?でも、敵が多くて中々近づけなかったのよ」
少し顔を青くしながら命は申し訳なさそうに答える。
だが、アスカの怒りは収まらない。
「私、作の死体を見つけたんだ……それは全くの偶然だったんだけど。あの子、どうも鋭利な刃物みたいなもので刺されたみたいなんだ。しかも、全く抵抗した痕跡がない……これってどういうことなの?」
アスカは命を睨み付ける。
まるで、犯人はあなたじゃないの?と言わんばかりの表情である。
実際、アスカがそう疑うのも無理はない。
5thコアのような戦闘集団がわざわざ包丁のようなものを使って攻撃を行なうとは思えない。
それほど自身の能力に誇りを持っているからだ。
だとしたら、考えられるのは一つ――そんなものを使わなければ攻撃も出来ないような人物だということだ。
更に、作には抵抗した痕跡がなかった。包丁のようなもので攻撃をするという不条理を考えれば、いくら作でも少しは抵抗の余地があるはずだと。
それがないということは、犯人は作と親しい関係にある人物……つまり命しかいない。
そう、アスカは考えていた。
「どうなの、命?もし間違っているのなら納得のいく説明をしてよ!」
アスカは両手に魔力を籠めながらそう尋ねる。
非戦闘要員である彼女達ではあるが、アスカだけは少し異なっていた。
彼女は、あらゆる属性の素材を精製出来る関係上、魔力の扱い方についてデスティニーから学んでいたのだ。
それ故に、ちょっとした魔法攻撃は勿論のこと、上級レベルの魔力結界も創り出すことが可能であった。
この時のアスカは、命が少しでもおかしな行動をすれば、拘束してしまう気でいた。
作のように殺されないために……
それほど、彼女の精神は追い詰められていたのだ。
そんな彼女を知ってか知らずか、命は長い沈黙の後、こう答えた。
「……あなたの言う通り、作は私が殺したわ」
それを聞いてアスカは背筋が凍り付いて行くような感触を覚える。
もしかしたら……あるいは……あくまで想像の域でしかなかった憶測が、真実だと分かった。
それが彼女にとってもっとも認めたくないことだとしても。
「でも、だったらなんだというのかしら?」
命はアスカの様子を憐れんでいるのか、はたまた蔑んでいるのか、少し残酷な表情でこう続ける。
「これは死のゲームなのよ?たった一人しか生き残れない。そんな絶望的状況に立たされている私にどしろと言うの?今までのように仲良しごっこで身を滅ぼせとでも言うの?それで一緒に誰かに殺される……あなたはそういう結末がお望みなの?」
ぐいぐいと命はアスカにそう言い放つ。
その表情は闇だ。
この世の全ての闇を一身に背負うようなそんな気迫をアスカは彼女から感じ取ったのかもしれない。
「わ、私は……し、死にたくない!いやだ、いやだよおおおおお!!!…………ヘヘヘ、あはははは、あははははははははは――」
アスカの精神が崩壊するのに時間はそれほど掛からなかった。
元々、気の弱い性格の彼女だ、こうなるのは時間の問題であった。
それでも最後の救いになるはずであった命から、この世の絶望にも似た何かを見せられてしまった。
それが最も致命的なことであったに違いない。
もう、彼女は元には戻らない……かのように見えた。
「壊れたか……でも大丈夫よ、アスカ。すぐに戻してあげる」
そう言って、命はアスカのおでこに向かって軽くキスをした。
「え?命……今何を?」
黒く濁っていた目に光が戻り、彼女はすっかり元に戻っていた。
いや、むしろ明るすぎるであった。
「少しは落ち着きなさい、私がそばにいてあげるから」
命は優しい声でアスカを抱きしめる。
「……ご、ごめん命。私、どうかしてたよ」
アスカは素直に命に謝る。
命はその様子を横目で確認すると、静かにアスカに囁く。
「アスカ……あなたにしか出来ないとっても大事なことがあるんだけど――」
命のこの提案が一波乱を起こすことは誰にとっても容易に想像出来ることだろう。
だが、これは始まりにしか過ぎない。
命という悪魔はまだ牙を隠しているのだから。