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3/6

死のゲーム、開幕

「ううう、まだ舌がヒリヒリしやがる……」


昨日の激辛カレーの影響は強く、一日たった今でも調子が悪い。


「こんな調子じゃ、定期検査の結果にも響きそうだな、って私は何を素直に言うことを聞いてるんだ」


久しぶりの地上、旧友との再会に浮かれすぎていた。

あいつの心情がわからない以上、私は反抗するつもりでいたのに。


「定期検査をバックれる……なんてことは出来そうにないしなあ」


自分の都合で霙に迷惑をかける気はない。

彼女は、自分の今の待遇が保たれることを大切にしており、デスティニーの命令には決して逆らわないし、任務遂行のためにはどんな手段も選ばないと聞いたことがある。


「どうしたの、蓮花?私達は第三訓練場に集合よ、早く行きましょう」


「お、おう」


霙に引っ張られる形で、第三訓練場に入る。

中にはすでに私達以外の全員が集まっており、入ってきた私達に一斉に視線を向けた。


「やっと来たわね、お二人さん。さあ、ちゃっちゃと始めましょうか」


命はさも嫌そうに私達を手招きしている。

結局、デスティニーに丸め込まれたんだな。


「へいへい、っと」


他のメンバーと同じように訓練場の中央に向かう。

その時だった。


突然訓練場内の電気が消え、アラームが響き渡る。

出入り口も完全封鎖され、私達は閉じ込められる。


「何だ何だ?最近の定期検査はこんな演出を入れるようになったのか?」


軽くおどけて見せるが、周りの表情は戸惑いの色に変わっていた。


「何よこれ!?一体どういうこと!」


珍しく動揺する命を見て、これは想定外の出来事であることがわかった。


「どこか別の出口はないのか?」


「何が起こってるの……」


口々に不安の声を上げるメンバーをよそに、命は壁に備え付けてあった緊急電話に手を伸ばす。


「デスティニーなら何か……わかる……は…………ず」


しかし、命は急に意識を失い、その場に力無く倒れた。

それは命だけではなかった。

次々と倒れていくメンバーを見て、ようやく私は異常事態が発生していることに気付く。

だが、気付いた時にはもう遅かった。

私の意識もまた深い闇の底に落ちていったのだから――


=====================================


「さすがはM開発の睡眠ガスね。誰一人として逃れることは出来なかったか」


モニター越しで、様子を窺っているのは言うまでもなくデスティニーであった。


「何人か粘ったみたいですが、全員眠ったようです」


部下と思われる研究員がデスティニーに報告する。


「そのようね、ご苦労様。では、後は例の措置を早く済ませなさい。ここからは時間との戦いよ」


「「「はっ!」」」


デスティニーは部下達に後の事を任せると、少し駆け足で自分の研究室へと向かう。

彼女の部屋は、研究所内でもかなり厳重なセキュリティに守られている。

何重もの結界を解除し、部屋へと入る。

中はいかにも指令室というような雰囲気をしており、机には膨大な量の研究資料が積まれている。


「さてと、確かこのボタンを押せば……よし」


デスティニーが机の裏に設置されているボタンを押すと、天井からはモニターが姿を現す。

数にしてざっと五十台。

それらはみなどこかの場所を映していた。


「異常はなさそうね……ふふ、わくわくするわね」


デスティニーは思惑通りに計画が進んでいることを楽しんでいた。

その時、突然デスティニーの前に何者かが姿を現す。


「やけに楽しそうじゃないか、デスティニー」


「なっ!?誰だ!」


見た目はどこにでもいそうな普通の青年であるが、言いようのない威圧感を漂わせている。


「お前は……勇人か。全く、お前はどこでも湧いて出て来るわね」


「おいおい、人を虫みたいに言わないでくれよ?お前の研究のスポンサーだろう?ひどい扱いをしてくれるぜ」


その男の名は緋原勇人ひばらゆうと

デスティニーの研究に多額の援助を行っているお得意様である。

彼のおかげで、最大の難点であった資金繰りが解決し、研究所を発展させることになったというのは、言うまでもないことである。


「どうしてここに?よりにもよってこんな日に」


「今日だからだよ、デスティニー。面白そうなことをするみたいじゃないか、俺も見物させてくれよ」


そう言って、緋原は来客用のいかにも高級そうなソファーにどさっと座る。


「まあいいわ、邪魔さえしないというのならね……良かったら飲まない?」


デスティニーは年代物のワインを一本差し出す。


「いや、遠慮しておくよ。なんせまだ勤務中なんでね。お茶で良いよ」


「あら、そう。」


「――それにしても、よくこんなことをやろうと思ったものだな。何か意味があるとは思えないんだが?」


お茶をいきおいよく飲み干し、緋原はデスティニーにそう尋ねる。

デスティニーは緋原の目の前のソファーに座り、お互いに向き合う形になった。


「そうね、あえていうなら新しい自分になるためかしら。それに、面白そうだとは思わない?凄まじい力を持った者達が必死になってもがく様を見るのって」


楽しそうに話すデスティニーに対して、緋原はやや表情を曇らせる。


「そうか……何を言っても無駄なようだな」


「ん?何か言ったか?」


「いや、別に。」


「なら、いいわ」


そう言ってデスティニーはワインをグラスに注ぎ、それを静かに持つ。


「これからを祝して乾杯よ」


「もう、飲み干しちまったんだがな。じゃあ、もう一杯」


「全く、世話の焼けるスポンサー様だこと」


そう言ってお茶を注ぐと、改めてデスティニーは言った。


「これからを祝して乾杯よ」


「はいよ、乾杯」


湯呑みとワイングラスというおかしな乾杯ではあるが、デスティニーはそんなことお構いなしに、ぐいっとワインを飲む。


「やっと、やっと願いが叶うんだ……少しくらい羽目を外したって罰は当たらないわ」


こうしている間にも死のゲームへの準備は着々と進んでいた。


=====================================


「うーん、こ……ここは、どこだ?」


眼を覚ますと、そこは草むらの中であった。

周りには木々が生い茂り、遠くからは波の音が聞こえる。


「私は一体……そうだ、確か訓練場で妙なガスを吸わされて意識を失って、それで……」


だんだんと意識がはっきりとしてくるにつれて、デスティニーへの怒りが湧いてくる。


「あの女、定期検査だなんて騙して、今度は一体何をする気なんだ!」


周囲を見回してわかったことがいくつかある。

一つ目は、ここが研究所内ではないということだ。

研究所内にはリフレッシュ施設として広大な森林を植えている場所があったが、ここの植物を見るにそれらとは明らかに種が異なっている。

二つ目は、研究所周辺でもないことだ。

研究所から一年近く外出していないので、研究所周辺の自生植物についてはあまりわからないが、波の音や潮の香りから、ここは海が近くにあることがわかる。

研究所は深い森林の奥地に建てられており、海とは縁遠い場所にあるからだ。

そして三つ目は、上手く隠しているつもりなのかもしれないが、様々な場所にカメラが設置していることだ。

これらを推測するに、デスティニーは私達のことをどこかから見ているはずだ。

5thコア同士で実戦さながらの戦闘訓練をさせる気なのか、はたまた新しい研究で生み出した人工生物との戦闘なのか……何はともあれ、面倒なことに巻き込まれてしまった。


「こういう時は、まずデスティニーからのアナウンスが来るまで座って待っておくとしよう」


何度もこんな目には遭っているから、動じたりはしない。

案の定、デスティニーのアナウンスが私の頭の中に響き渡って来た。


《随分とお寝坊さんね、R……お前が最後よ》


「嘘!?やっぱり昨日ろくに眠れなかったからか……って、そんなことよりこれはどういうつもりだ?」


《どういうつもりとは?》


「定期検査を行うなんて言っていたくせに、いきなり眠らせたかと思えば、起きたら見知らぬ森の中……ここまで大がかりな嘘は初めてだ」


これまでも、最初に聞かされた内容とは違うことが起きるなんてことは何度かあった。

だが、これは明らかにおかしい。

私が最後という、デスティニーの話から推測するに、おそらく5thコア全員に仕掛けられたことだろう。

戦闘要員の私達だけならまだしも、O達のような研究補助要員にまでしたと言うのは理解出来ない。


《そうだな……簡単に言えばこれはゲームだ、とても楽しいゲーム》


「ゲーム……だと?」


デスティニーの口調に言いようのない不安を覚える。

そして、その不安はより悪い現実として突きつけられた。


《お前達には殺し合いをしてもらう。いわゆる死のゲームとでも言っておこうかしら》


「死のゲーム?殺し合い?お、お前は何を言っているんだ?」


冗談だと思いたかった、性質の悪い冗談だと……

だが、デスティニーは反論しない。

ただ、黙って私の様子を見ているように思った。

少しの沈黙の後、彼女は事務的な声色でこう言った。


《何、簡単なゲームだ。お前達二十七人はこれからたった一人の生き残りを目指して殺し合いをしてもらう。勿論、拒否権などない》


「ふざけるな!!そんなことするわけないだろうが!デスティニー、あんたどうしたんだ!」


意味の分からないデスティニーの発言に、思わず声を荒げる。


《そう、かっかするなR。確かにお前の言う通り、何の見返りもなく仲間同士で殺し合うほど戦闘狂に育てた覚えはないわ。だが、仲間を殺してでも手に入れたいほどの魅惑的な報酬があるとしたらどうかしら?》


「魅力的な報酬だと?」


《自由だ。生き残った一人には自由を与えよう。もう、私に縛られることもなく、好きなところで好きなように暮らすといい。そのために必要なものなら私は惜しまない……どうだ?こんな上手い話はないだろう?》


自由……それは5thコアにとって喉から手が出るほど欲しいものである。

現状では、デスティニーの駒でしかなく、行動は逐一監視されており、その意味では四六時中休まる時はない。

研究所と任務、その繰り返しで一生を終える……そう考えていた仲間たちも少なくないだろう。

私自身、いつか外の世界に出ていきたいと思ったことがあるほどだ。

だが……


「お断りよ!その代償に仲間を犠牲することは出来ない。私は戦わない!」


《そうか……でもね、R。お前の意思など関係ないのよ、関係ない……ふふふふふ》


デスティニーは不気味な声で笑う。


「何が可笑しい!!」


感情に呼応するように魔力が周りに放出され、大気がバチバチ音を立てながら震える。


《お前達の体には少し細工をさせてもらった。この意味がわかるわよね?》


「細工……だと?」


《そうよ。ちょっとしたウイルスとでも言えばいいかしら。おかげで、いつでもお前達のコアを破壊出来るわよ?》


5thコアに限ったことではなく、全てのコア種に言えることなのだが、コアを破壊されると、身体機能が停止し、絶命する。

どれほど、強大な力を持ったコアであっても、この性質から逃れられることは出来ない。


《お前達がいるその場所は私がかねてから準備しておいた無人島なんだが、その島から一定距離以上離れたる、四十八時間以内に誰も死なない場合には、ウイルスに命じてお前達のコアを破壊する仕組みになっている。つまり、お前達はどうあがいてもこのゲームに参加するしかないというわけだ》


「そ、そんな馬鹿な……」


私はわなわなと震えながら、力無く地面に座り込んだ。

ウイルスの存在により、戦うことはもう避けられないと分かったからだ。

デスティニーはかねてから準備をしていたと言っていた。

このゲームに抜け穴があるとは考えにくい……


《お前らの中にはどうにかして体外にウイルスを取り出そうと頑張るやつもいるだろうが無駄だ。全細胞への感染は確認済みよ。まあ、下手な動きをすればこちらからいつでも破壊出来るようにしてあるから、そんなところに頭を使うぐらいなら素直に戦ったほうが身のためよ?》


デスティニーは得意げにそう言う。

私は死ぬわけにはいかない。

だから、このふざけたゲームを生き抜くことを心に誓った。

それでも、まだ心のどこかでは実感を持てずにいた。

本当に仲間同士で殺し合うことになるのかと。


その後も、デスティニーはいくつかの注意事項を一方的に述べると、事務的な態度で健闘を祈ると言って、テレパシーを止めた。


結局、ルールを簡単にまとめると以下のことがわかる。


一、この島から一定距離以上離れると、死ぬ。

二、四十八時間以内に誰も死なない場合は、全員死ぬ。

三、武器等の支給は一切なく、現地調達するか、自分の力で仲間を殺す。

四、食料は、正午の一回のみ特定の場所に出現するので、それを利用する。

五、最後まで生き残った一人を勝者とし、報酬として自由を与える。


この五つのルールによって縛られた死のゲームから、私は生き残らなければならない。

家族同然の仲間を消してでも……

そして、その時デスティニーに聞いてやる。

私は彼女にとって一体どういう存在であったのかを。


強い決意を持って私は、歩き出す。

その先に待っているのが、救いのない未来だとしても――


=====================================


「これからどうすればいいんだろう……」


作は木々に隠れながら、何か宛てがあるわけでもなく、移動していた。

突如として始まった死のゲーム……この状況が彼女にとって何を意味するか、彼女は嫌というほど理解していた。


「怖い、怖いよ……どうしてこんなことになっちゃったの?私が何か悪いことをしたとでもいうの?」


涙を溜めながらも、作は歩みを止めない。

隠れる木々もないような草原も死ぬ思いで、走り抜ける。

そんな危険を冒してまで、移動するのには理由があった。


作の戦闘能力は、普通の人間種より少し毛が生えた程度のものであり、生身では、瞬殺されるのが目に見えていた。

だから、どうしても何らかの武器、あるいはそれを製造出来る材料が必要だった。

彼女の能力は製造インダストリアルであり、材料さえあればどんな構造物でも作ることが出来る。

この能力により、彼女は今までデスティニーの研究に多大な貢献をしてきたのであった。


「あれは……やばい!」


草むらをかき分けながら進んでいた作の前方に見えたのはJであった。

身長は二m近くある大男であり、身体のあちこちに武器を備え付けているいかにも危ないやつだ。

5thコアの中でも戦闘狂として有名であり、デスティニーからはよく敵勢力の殲滅に使われていた。

今の彼女にとって会いたくない存在の一人であることは誰の目からも明らかであった。

咄嗟に身を低くし、やり過ごそうとするが、戦いというものに慣れていない彼女は気配の消し方など知るはずもなく、彼にあっさりと気配を察知されてしまう。


「近くに誰かいるな。どこかに隠れているのか」


Jは辺りを見回す。

だが、作も見つからないように必死に息を殺す。


「風向きを変えても特に変化はねえな。気のせいだったのか?あるいはもう逃げたか、いやそんなはずは……」


Jの能力はジャイロであり、自由自在に風を操ることが出来る。

更に、自身の体を機械化することで、様々な兵器による攻撃も可能になっている。

長い間、戦闘に身を投じていたことから、彼は戦闘の匂いというものに対してとても敏感であった。

それにより、血の気の多い連中であればすぐに察知出来るようになっていた。


しかし、今回は違う。

作は非戦闘要員であり、今まで戦闘任務はおろか、戦闘訓練ですら満足に行っていない。

それ故に、ずさんな隠れ方をしていてもJには彼女の位置が特定出来ないのである。


とは言っても、Jも簡単にはあきらめない。

この状況は彼にとっても脅威的なことであった。

誰かの気配はしたが、逃げた気配もなかった。

ということはどこかに身を潜めている。

そんな芸当が出来るやつは、ランキング上位に何人かいる。

そう、彼は判断したのだ。

だから、簡単には引かない。

硬直状態が長く続くことは、お互いにとって悪手になる。

そうやって粘れば、相手は引いてくれると彼は考えたのだ。


お互いに相手が引くことを考えることで、この状況は収拾がつかなくなっていた。

長い長い膠着状態が続くかに思われていたが、突然Jの背後から草むらが揺れる音がする。


「そっちか、ひとまず撤退だ」


その音に安心したのか、Jは反対方向に飛び去って行った。


「た、助かったの?」


作は、安心した様子でその場に座り込む。

ほっとした様子の彼女の眼からは一筋の涙が落ちた。


「このままじゃ危ないよね、早く移動しないと」


十分な休息も取らずに、作は立ち上がる。

足はガクガク震え、顔には疲労の表情が浮かぶ。

早く逃げないと……彼女はそれで頭がいっぱいになっていた。

さっきのJとの遭遇で改めて思い知らされたのだ。

死のゲームは始まっているんだと……


「もう誰も信じられないのかな……いや、命達ならきっと!」


絶望的な状況でありながらも、作は一縷の望みに賭けていた。

アスカと命に会うこと、ただそれだけを。

アスカならどんな武器でも作れる材料を出してくれる。

命なら、こんな状況ですらあっさり突破出来るようなすごいアイデアを出してくれる。

三人揃えば、きっと乗り越えられると、彼女は信じていた。


「諦めたりしない。絶対に生き残って見せるんだから!」


そう意気込んでようやく森を抜けると、目の前には集落のようなものが待ち受けていた。

窓は割れ、至るところに銃痕が付いているはいるが、つい先日まで人が住んでいた痕跡が多々見られる。

デスティニーが無理矢理手に入れた島だということが嫌でもわかった。


「……ここなら包丁くらいあってもおかしくないかも」


デスティニーの所業を見ても、作は特に気にせず、武器になりそうなものを探し始める。

彼女はもっと凄惨な場面を何度も見てきているのだから当然の反応とも言える。

しかし、そんなものは一向に見つからない。

すっかり周りも暗くなり、満月の光だけが唯一の光源となっていた。


「刃物の一つくらいあっても良いのに……いや、これって」


作はある違和感に気付き、近くの廃家も再び確かめる。


「やっぱりそうだ。誰かが入った痕跡がある。あまり時間も経ってないみたいだ」


そこから推測出来ることはただ一つ。

作がここにくるより前に誰かが同じように武器を探したということだ。


「この机の切り傷、新しい……ついさっき付けられたみたいだ」


最後に入った廃家には、練習でもしたのか机におびただしい数の切り傷が付いていた。


「これって、近くに誰かいるってこと?」


作は焦りを覚える。

その時、玄関の方から音がした。

何者かが入ってきたのだ。


「う、嘘!?」


作は周りを見回す。

この廃家は他のものとは違い、比較的被害が少なかったようで、横穴のようなものは空いていない。

隠れられるとしたらダイニングテーブルの下しかないのだが、入口の真正面にあるせいで丸見えなのだ。

まさに絶体絶命の大ピンチとはこのことである。


「もう、おしまいなのね」


作は観念したかのように、床に座り込む。

絶望の時はすぐそこに迫っていた……かのように見えた。


「何を怯えているの?作」


扉を開けて入ってきたのは、命であった。

普段と変わらない無愛想な表情で、彼女は作の元に近づく。


「め……命なの?」


「何を言っているの?どう見ても私じゃない」


「命!!」


作は涙を流しながら、命に抱きつく。


「全く、そんなに泣いて……怖かったのね、作」


命はそう言って、作を抱き返す。

その時、作は命の手が震えていることに気づく。

そしてより作は安心するのであった。

命も自分と同じようにか弱い女の子なのだと。


正直に言えば、作にとって命は、近しい存在でありながら、遠い存在でもあった。

いつも一緒に研究開発や作業を行ってきたが、彼女の素直な感情を見たことがなかったのだ。

どこか遠慮して、距離を置いているような態度に作は寂しさを感じていたこともあった。


「私らしくなかったわね。幻滅したかしら?」


「しょうがないよ。だって、私達がこんな目に遭うなんて思わないもん」


「あの時も、あなたをJから救うことが出来て本当に嬉しかったのよ」


命は涙を目に溜めながらそう言う。


「え?じゃあ、あの時草むらを揺らしたのは命だったの?危険も顧みずにそんなことを……」


命の戦闘能力は作以下であり、5thコアの中では最下位である。

そんなリスクを冒してでも作を救いたかったのだろう。


「命、あの時は助けてくれてありがとう」


作は感謝の言葉を述べる。


「別にいいわよ、それに……」


「え……?」


作の首筋に嫌に冷たい物が当たる。


「――私があなたを殺すもの」


それは一瞬のことであった。

作は、世界がぐらりと揺れるような感覚に襲われると同時に、床に頭から倒れる。


「これは……かっ、ぐは!?ごほっ!!」


作は経験したことがない激痛に頭がパニックになりながらも、痛みの元であるお腹に触れた。

手を染める生暖かい赤い液体……それは紛れもない、血だ。


「う、嘘……どうして――」


命は作を押さえつけるようにのしかかると力のままに刃物を振り下ろす。


「ぎゃあっ!?ぐああ!……や、やめ……ぐはあ!!」


振り下ろす振り下ろす振り下ろす……命は機械のようにその動作を続ける。

その目はひどく冷めた様子で、躊躇う様子はない。


「め……命…………ど、どうし…………て――」


作は理由を聞こうと精一杯手を伸ばす。

こんな目に遭っていても、作はまだ命のことを信じたかったのだろう。

しかし、命はその手を叩くように払いのけると作の耳元でボソッとこう言った。


「まずは、これで一人!!」


命は天高く包丁を振り上げ、力強く作の首に振り下ろす。

満月の光が反射した包丁の煌めきが、作の見た最後の景色であった。


苦痛に歪む表情のまま死んだ作に対して命は何も言わずに、そそくさとその場を去った。

体中に作の血を浴びたその姿からは底知れぬ狂気が感じられた。

しばらくは鬼気迫る表情で、息も絶え絶えの命であったが、二、三度深呼吸をするといつもの無愛想な表情に戻った。


「作、あなたの死は無駄にしないわ。必ず、私が生き残って見せるからね……ふふふ、ふふふふふふふふふふ」


不気味な命の笑い声が辺りに響き渡る。

こうして死のゲームはデスティニーの思惑通りに進んでいくのであった。

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