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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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卜部季武 ③


「さて、話がだいぶ横道へと逸れてしまいましたが、これで君を日本(ここ)へと呼び寄せた理由が、わかってもらえたのではないでしょうか?」


「ちょっ、ちょっと待って!化物退治なんて、俺なんかじゃとても────」

 

 身を乗り出しての必死の訴えも、季武に「まぁまぁ」といなされてしまうと、それ以上は言葉にならなかった。


「もう遅いですよ。君自らが、進んでこれに志願したことになってるんですから」


「────は?」

 

 言われたことの意味が解らず、遥はさらに「え?」と重ねた。


「ですから、仇討ちのつもりで志願した結ちゃんの代わりに、君が一足先に志願したことになっているんです」


「じょ、冗談でしょう!大体、謎の姫とか鬼道とか、今、初めて知ったばかりの自分に、そんなこと出来るわけが無い!」

 

 期待通りの反応を愉しむかのように、季武は、やや口元をほころばせた。


「もちろん、そうです。君には(・・・)、出来るわけがないですね」


「ちょ、ちょっと、まさか────」


「だって遥くんがやらなきゃ、結ちゃんがやることになるんですよ?あんな幼気(いたいけ)()を戦わせるなんて────キミ、出来ますか?」

 

 出来ないでしょう?と、重ねて季武は問いかけてくる。

 

 確かに遥がこの話を蹴ったら、渡辺家は残った見鬼、渡辺結を「代表」として、戦いの場へと送り出すことになるだろう。彼女自身が志願しているのだから、尚更である。


「だから、僕が機転を利かせて、こう言ったんです」


  ────(いわ)く、「君の従兄弟の渡辺遥が、すでに志願しています。結ちゃん(きみ)のことだから、きっと(こう)さんの仇をとろうとするだろう、とね。君にやらせるくらいなら、僕がやる、とのことです」

 

「しゃら しゃら」と、簾戸(すど)の向こう側から葉と葉の擦れ合う音がする。


「結ちゃん、感動して泣いてましたよ。いやぁ、若いっていいですよねぇ、初々しくて」

 

 遥は、固まったまま声も出ない。

 

 季武は遥の肩をポンポンと叩きながら、「よっ最高!」とか、「カッコイイ!」とか、「いい男!」とか連発している。


「だから、言ってませんって、僕……」

 

 遥は、肩を震わせながら言った。


「そんなことは分かってますよ。それより、ちゃんとそういう風に、口裏合わせといて下さいよ?」

 

 どうやら彼は、とことん「我が道をゆく」タイプの性格らしい。

 

 遥が言葉に詰まった、そのタイミングを見計らったように、携帯の呼び出し音が鳴り響いた。


 遥のではない。


 ということは、もう一人の男のものだ。曲名は、「オモチャの行進曲(マーチ)」である。


「ちょっとお待ち下さい」

 

 そう言って電話に出た季武の顔は、数秒後には、笑み崩れてだらしなくなった。電波を通じて繋がっている相手と、甘い言葉を交わし合っている。

 

  遥の口から、深い吐息がもれた。


「すいません、急に、外せない用事ができました」

 

 携帯をしまいながら、ニヤけた顔の主は、遥のほうを見ようともしない。


「ヒマだよ、ヒマヒマ、超ヒマ~────とか、聞こえましたけど?」

 

 流し目、半眼、嫌味たっぷりに、遥が言う。


 だが別に、遥には季武を止めだてしよう、という気はまったく無い。自分としても、もう一刻も早く、この場を去りたい気持ちで一杯なのだ。


「いや~」

 

 季武が言う。


 何が「いや~」だ、と遥が思う。


「じゃあ、そういうわけだから、これ」

 

 季武が取り出したこれ(・・)とは、いかにも「歴史」を感じさせる古びた刀剣であった。きらびやかな装飾が、随所に施されている。


「何です?これ」

 

 問う声には、警戒が多分に含まれていた。それなのに、遥は差し出されたその刀から、目が離せない。

 

  ────何だろう、これは……

 

  日本刀は一種の美術品と言われるが、この刀は────何というか、とにかく「綺麗」なのだ。それも、見つめていると、だんだんと罪悪感を感じてきてしまうほどに。


「君用の武器です。名は童子切(どうじきり)安綱(やすつな)。本来、これは源家所蔵(しょぞう)の品なんですけどね。渡辺家の『鬼丸(おにまる)国綱(くにつな)』は、洸君と共に行方知れずですから」

 

 とりあえずこれを、と、季武は遥の手をとり、由緒正しき鬼殺しの剣、童子切安綱をその手に握らせた。

 

  受け取った瞬間、遥の手の中で、まるで身じろぎでもするかのように、剣が一瞬、ブルッと震えた。


「?」

 

  ────気のせい、だろうか?


「あまりに暴れるようでしたら、手を放しちゃって下さいね」

 

 季武が、面白そうな顔で(ささや)く。

 

 それは一体、どういう意味なのかと遥が尋ねる間もなく、季武が「はいっ!」と柏手(かしわで)のように手と手を音高く打ち合わせた。終了、のつもりらしい。


「じゃあ、また改めて連絡するから。しかし何だね、渡辺の本家も、何ていうのか怠慢だよね。君のこと、つい最近まで、わからなかったなんてさ。まぁ実際、傍流(ぼうりゅう)の家に見鬼が生まれてくるなんてこと、これまで例が無かったしねぇ。さすがだよねぇ。名門だよねぇ。渡辺家は」

 

  はやり立つ心を早口の中に紛らせ、季武は遥の背中を押しやりながら、さっさと追い出しにかかっている。

 

 広い畳敷きの部屋を出て、遥は、長い廊下を季武に「押される」形で歩いていく。途中、使用人と(おぼ)しき何人もの人々と行き会ったが、皆、二人に会うと深々と一礼して(こうべ)を垂れた。

 

 玄関まで辿り着くと、季武自らがしゃがみ込んで、左、右の順番で、素早く遥の両足に靴をはかせる。否応無しとは、まさにこのことである。

 

 二人そろって外に出ると、遥を迎えに来たときと同じ黒塗りの外車が、運転手つきで(うやうや)しく待ちかまえていた。


「では、頑張って下さいね。次に鬼道が開くのは約三週間後、ちょうど秋分の日ですから、お忘れなく」

 

 (まく)したてるように言い終えると、季武は遥を強引に車内へと押し込め、勢いよくドアを閉じた。

 

 遥はせめて、窓を開けて悪態の一つもついてやろうかと思ったが、初老の運転手に心底すまなそうに謝られてしまうと、それも出来なくなってしまった。

 

  季武が、にこやかに手を振る。それを合図とするかのように、車がゆっくりと走り始める。


 カナカナという(ひぐらし)の鳴く声が、夏の終わりが近いことを予感させた。


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