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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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鶏口(けいこう)の嘴の上


 12月も近い放課後──────


 私立坂ノ上学院の学生食堂は、この日は珍しく閑散としていた。


 窓際の壁を総ガラス張りにして光を取り込む構造は、この季節にはとても暖かいので、授業が引けても、部活動に従事していない何人かの生徒が談笑しているのが常なのだ。


 だがこの時は、数名の生徒────要するに渡辺家の見鬼(けんき)である渡辺(はるか)と、彼に従う久遠寺(くおんじ)家の渡辺党(わたなべとう)3人、一樹(いつき)明日香(あすか)当麻(とうま)の4人がいるのみであった。


 閑散としている理由は、いよいよ週明けから期末テストが始まるからだ。


「遥様、お気をつけ下さい」


「ん?」


「何者かが、廊下を走っています」


 久遠寺家の渡辺党の実質的な党主、久遠寺一樹が、その外見同様の玲瓏(れいろう)たる声で言った。


 遥が、もはや抜く気の無い童子切(どうじき)安綱(やすつな)を、わずらわし気に脇にのける。


 この鬼殺しの妖刀は、どういうわけか遥以外の者の手では、持ち運ぶことさえ出来なくなっていた。


「それくらいで、いちいち気を付けてなんていられないよ。第一、身がもたない」


「いえ、この、粗野(そや)で気品の欠片もない走り方には覚えがあります。聞けば、多々良(たたら)家の渡辺党も、昨日、京都入りしたとか」


 遥は頷きを返すと、思い出すように語を継いだ。


「ただ、挨拶に来たのはメンバーの半数ほどだったな。何か、慌ててるふうでもあったけど……」


 遥が言い終える前に、ものすごい剣幕の多々良(たたら)良平(りょうへい)が、学食の入り口に姿をあらわした。


 肩で呼吸を整えながら、久遠寺家の渡辺党(わたなべとう)の存在に気付き、表情を引き締める。


 すぐに、久遠寺明日香(あすか)が良平の行く手をはばんだ。


「何の用だ?」


 明日香は渡辺家の一族にしては、めずらしく西洋の血が入っている。


 「だから」と言うわけでも無いだろうけれど、普通に礼儀正しく振る舞っていれば、その端整(たんせい)な容姿だけで、どこの学校でも王子様あつかいされていただろう。


 けれど、彼が「礼儀正しい」と言えるのは、自分が属する「久遠寺家の渡辺党」の実質的なリーダー、久遠寺一樹と、あとは渡辺家の見鬼(けんき)であり、次期当主候補でもある、遥の前でだけなのである。


 明日香の口調には、同じ渡辺党でありながら、良平に対する友好や親愛などカケラも無い。


「別にお前に用なんか無い。どけよ」


 そのへんは、良平も負けず劣らずだ。


「遥様に用なら、まず挨拶が先だろう? 無礼な奴」


「俺たちより少し早めにここに来たくらいで、もう渡辺家の忠臣気取りか?だいたいお前達がいつまでも鬼憑(おにつ)きを野放しにしてるから、俺たちが要らぬ迷惑をこうむってんじゃねぇか!」


 二人の口喧嘩が、勢いのまま実際の殴り合いへと移行していくかに思えた時────


「ええと、君は?」


 と、遥が声をかけなかったら、点火された導火線の火が消えたかどうか。


「昨夜、朔弥(さくや)さんに紹介された多々(たたら)家の渡辺党の中には、いなかったよね?」


「渡辺党の、多々良良平(りょうへい)です!京都に着いた途端、顔も髪も白い鬼と戦いになったので、今が初対面ってことになります!」


「そうなの?昨日の今日で、まだ何も聞いてないけど、大変だったね」


 瞬間、良平は「何だ?こいつ?」と思い、それが少なからず顔に出た。


 分家とはいえ、渡辺党を率いる渡辺家の人間にしては、「鬼」という言葉(ワード)に鈍感すぎると思ったのだ。


 遥が親友の(れん)と似た容姿を持っていなければ、胸ぐらをつかんで怒声を浴びせかけていたかもしれない。


「それにしても到着早々、鬼憑(おにつ)きと戦闘なんて……随分と、おだやかじゃないね」


「向こうから仕掛けてきたんだ!仲間が2人も連れ去られた!すぐにでも取り返しに行かなきゃ、ヤバいんだって!」


「おい!  お前!遥様とは、初対面のくせに!」


 明日香が横から口を挟むと、良平は、ほとんど狂犬のような形相で攻撃態勢をとった。


 渡辺党内で、この2人の仲の悪さは有名である。


 普段は滅多に顔を合わさないから問題にもならないが、こうなっては一触即発、だが、しかしそれも「お互い様」と言えた。


「うるせぇ!こっちには、お前達みたいに落ち着いていらんねぇ理由があんだよ!」


「何だと、この……!」


「やめろ、2人とも!」


 再び、殴り合いのケンカに発展しようとする二人の間に、今度は一樹が割って入った。


「渡辺党なら、遥さまの前で醜態を演じるな!最低限の礼節はわきまえろ!2人ともだ!」


「そっちこそ、少し黙ってろ!連れ去られた2人の内の1人は、お前らの言う『遥さま』とは、かなり近い身内なんだからな。確か、祖母が同じって聞いたぜ?」


 それを聞いて、二人の渡辺党が顔を見合わせ、言葉をつまらせる。


 そして二人同時に、遥のほうを(かえり)みた。


「そう言えば、少し前に渡辺党に父方の方の従兄弟(いとこ)がいるって聞かされたっけ。一面識(いちめんしき)も無いんだけれどね」


「なら!落ち着いていられる場合じゃねぇって事くらいわかるだろ!あんた、渡辺家の見鬼(けんき)なんだからさ!」


「ん〜……」


 遥が、首を傾げる。


 良平からすれば、呑気すぎてイライラする。こいつ、状況わかってんのか?という表情だ。


「それにしても、()せないなぁ。神力(しんりょく)を持つ渡辺党が、2人も拉致された?『鬼の天敵』を自任する、渡辺党が?」


「それは、色々と汚ぇワナにはめられたんだよ!」


「そりゃあ、敵だって無策じゃ来ないでしょ。ワナくらい、はってくると思うよ?」


「……何だよ?俺たちが油断してたのが悪いとでも言いてぇのかよ?」


「……」


(れん)は体ん中に何かを入れられて『鬼』にされちまったみてぇなんだ!とにかく、早いとこ連れ戻さなくちゃならないんだって!」


「鬼の(もと)?つまり、素体(そたい)を入れられたってこと?」


「は?素体?何かよく分かんねぇけど、何かされて、どうにかなっちまったんだって!」


鬼道(きどう)からやって来るアレ(・・)が体内に入って鬼になった人間なら、見たことあるよ」


 遥は2ヶ月ほど前、目の前で自分が手にしていた童子切り安綱に貫かれて命を落とした、鬼化したボディーガードのことを思い出していた。


「なら!落ち着いていられる場合じゃねぇってことくらい分かるだろ!あんた、渡辺党の見鬼なんだし!」


「治った前例って、あるの?」


 遥の言葉に、今度は良平の方が言葉をつまらせる。


 「は?」と、苦いが面喰らった表情だ。


「鬼憑きが元に戻れた前例って、あるわけ?」


 遥は一樹の方を向くと、今度は、はっきりと口にした。


 一樹は目を閉じると、首を横に二回振った。


 「あるわけねっつの」と、明日香が小さく、一言もらす。


「君、良平くんだっけ?君は、そもそも何をしに、どこへ乗り込もうというの?」


「『匂い』を追えるやつがいるんだ!そういう神力を持った仲間が!ここにいる全員で乗り込めば、きっと、何とかなる!」


「他の3家を無視して?渡辺家だけで乗り込むの?勝てるって思ってる?」


 無言のままの良平に、遥は伏し目がちに語を継ぐ。


「それに君、それって、他の三家や源家まで敵にまわしかねないんじゃない?」


 しばしの無言の時が流れ、良平が唇を噛みしめる。


 その時────


「ああ、いたいた。いつも勝手にいなくなって、こいつは~!」


 本来、良平と一緒に来ていたらしい朔弥が、騒ぎを聞きつけて学食へとやって来た。


「ええと、貴方(あなた)は、確か、多々良(たたら)家の渡辺党を引率している……多々良朔弥(さくや)さん、でしたよね?」


 遥は、昨夜の記憶をたどるように言った。


「申し訳ありません。急な転入手続きを取らなくちゃならなくなったから、まずは学園長に会うって言っておいたのに、コイツときたら……」


 良平を見る朔弥の視線には、口調ともども苦労が滲み出ており、一樹と明日香は、浮かび上がる程度の苦笑を同時にうかべた。


「お見受けしたところ、貴方は成人しているように見えますが……」


 一樹が、おずおずと口を開く。


「あなたが多々良家の渡辺党を統べる、責任者の方か?」


 一樹の口調には、(ぬぐ)いきれない(いぶか)しさががある。


 渡辺党の神力は、成人した途端に消えてしまうのだ。


 それは久遠寺家であろうと、多々良家であろうと、例外は無い。


「色々と、込み入った事情がありましてね。ですが今は、神力が一時的にでも戻ってくれるのなら、残りの寿命なんて要らないという心境ですよ」


「ああ、ダメダメ、全然ダメだって、朔弥さん。コイツら、見鬼も含めて使いもんになりゃしねぇよ。そろいもそろって腰抜けぞろいだ」


 すかさずといった感じで、良平が吐きすてるように毒づく。


「また、お前は!そういう言い方をするんじゃない!」


 引きずるように良平を連れて行く朔弥。ある程度の距離が開いた時点で、顔を近づけて、声を細める。


「俺は、あっち(・・・)の渡辺党と協力関係を作るつもりでいるんだから、台無しにするようなマネは謹んでくれよ」


「協力ったってさぁ…………」


「着いた早々、この状況だ。もはや、それ以外に道は無い。残った渡辺党を一つにまとめれば、総数は七人。神力の内容如何(ないよういかん)によっては、十六夜(いざよい)(れん)を救う手立てだって……」


 そこに、不意に声がかかった。


 よく澄んだ、子供の声だ。


 朔弥と良平が驚いたように顔を向けると、そこに立っているのは、緑青(ろくしょう)色の装飾が美しい刀を持った、歳の頃10歳を少し過ぎた程度とおぼしき少年だった。


 いつの間に近づかれたのか、意外に近くに立たれていることに、2人とも内心で驚きを隠せない。


「僕の名は由良(ゆら)碓井(うすい)由良。現在、碓井家でただ1人の見鬼です。君たち渡辺党を雇いたいんだけれど、ご検討願えませんか?」


 少年は、礼儀正しく言った。


 朔弥も良平も、美貌の少年の(おもて)に浮かんでいる微笑を見て、わずかに身をふるわせた。



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