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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
6/60

卜部季武 ①


「君、いろいろとおかしなものが見えるそうだねぇ」

 

 またも旧家らしい、畳を敷きつめた、広い広い一室である。

 

  昼食と称して、テーブルの端から端まで並んだ料理に手をつけながら、男は、メガネの奥の瞳を悪戯(いたずら)っぽく輝かせた。

 

  歳の頃は、だいたい二十四か五くらいだろうか。大食漢のくせに、なぜかスタイルは悪くない。そして、また随分と愛想がいい。

 

 部屋の中は、男の家柄────もしくは財力を雄弁に物語るように、高価そうな掛け軸やら絵屏風(えびょうぶ)やらが並んでいる。


 それらを観賞するかのような風情で、男は上品にお茶を啜りながら続けた。


「いつ頃から、そうなの?」

 

  男の名は卜部(うらべ)季武(すえたけ)といい、この名前は世襲なのだと、最初、遥に自分の名を名乗ったときに、照れくさそうに笑っていた。


「子供の頃から、そうでしたけど……」


「ふぅん、じゃあ、我々は仲間だ」

 

 男────卜部季武は、嬉しそうにお土産の「ういろう」を頬張りながら言った。

 

  その、子供のような喜びようといったら無い。

 

 それを見ているうち、「ういろう」の件で目の前の男を責めようという気持ちは、遥の中から完全に消え失せてしまった。

 

  後になって思うと、この「ういろう」は、おそらく自分と怪物とを遭遇させるための時間調節だったのだ。もっとも、この時点で、そんなことにまで考えが及ぶはずはない。


 遥は、とりあえず季武という男に会えたら、これだけは訊こうと決めていたことを口にした。


「あの……俺、何のためにここに呼ばれたんです?」


「あれぇ?わからない?化物退治ですよ、化物退治」


「化物───退治?」


「見たんでしょ?昨日」

 

  夢に出てきた一つ目の化け物が、遥の脳裏に、()()りと、その像を結ぶ。


「え?ちょっ、ちょっと!」

 

  思わず立ち上がりかける遥を、季武が「まぁまぁ」と制した。


「そんなに、重く考えなくていいから」


「重くも何も、アレって夢の話じゃ……」


「は?夢?そんなふうに思っていたんですか?」

 

  カコーン……と、庭の何処かから、一定の間隔を空けて鹿威(ししおど)しの音が聞こえてくる。それは、男の半ば呆れたような声と重なり、遥に気の遠くなるような感覚をもたらした。

 

 男の話は、つまりこうだ。

 

 「坂田(さかた)」、「碓井(うすい)」、そして遥の「渡辺(わたなべ)」家と、季武の「卜部(うらべ)」家は、昔から「(みなもと)」の家の姫さまを、正体不明の化け物どもから守らなければならないのだという。


 しかもそれは、一千年以上もの昔から続いてきた、この国の中枢も認める公的な「御役目」であるという────

 

  とんでもない話だ。


「普通は、源家の男が各家々をまとめるんですけどね。残念ながら、源家には男子が生まれませんでした。それで仕方なく、一番の年長者である僕が、まぁ『まとめ役』みたいなものを務めているというわけです」

 

 まるっきり、柄ではないんですけどね。と、男は軽く笑った。


「あの……」


「うん?」


「もしかして洸さんも、その『お役目』っての、やらされてんですか?」


「やらされてるって、君……」

 

  困ったなぁ、という笑いが、季武の顔に浮かぶ。だが、それはあと一歩のところで、「笑い」と呼べるだけの形になりきってはいなかった。


 多少、的を射られたところがあるのかもしれない。


「だいたい君────遥君、でしたっけ?洸くんとは、どのくらい親しい間柄なんです?」


「従兄弟という経緯(いきさつ)を別にしても、昔から変なモノが見えるのは俺たち三人だけでしたから……」


  世間というものは、一般とは異なるという部分に対して、思いのほか不寛容だ。そういう孤独な部分を、幼い頃から遥、結、洸の三人は共有してきた。それはもう、間柄が親しいとかいうよりかは、遥にとっては「絆」に近い。


「なるほどねぇ……」

 

  季武は、遥の目からは感心しているんだか馬鹿にしているんだか判らない表情で、一回だけ頷いた。そしてすぐに、最初の子供っぽい表情にもどってから再び口を開く。


「ところで、遥くん」


「は?」


「結ちゃんが、腰まで届くサラサラヘアーをバッサリやったのは、どうしてだと思います?」

 

  訊かれたところで、遥にわかるはずは無い。


 季武のほうでも、それを承知の問いかけである。そのことは、その表情からも感じられた。


「彼女ね、志願してきたんですよ」


「はい?」


「この『お役目』にね。彼女も、君や洸くんと同じく『見鬼(けんき)』ですし」


「けん…き?」

 

  思わず、口に出して問う。


「そう。『鬼を見る者』という意味で、『見鬼』。そもそも(おに)という呼び方はね、『隠れる』の『(オン)』から変化していって、現在で言うところの『オニ』になっていったらしいんですね。すなわち、鬼とは『見えない』ものなわけです」

 

 ここで、季武はわざとらしく(・・・・・・)声をひそめた。


「つまり、妖精を見たりとか、宇宙人が住民票を持ってるとか言い出しちゃう人達と、要は同じってわけよ」

 

  ぷぷぷ、と、器用に笑ながら喋る。

 

 この人、ちゃんと自分もその中に入れてるんだろうなと、遥は思ったが口には出さなかった。


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