明時闇(あかときやみ) ②
蓮たち3人が戻ってくると、すでに2台のタクシーが停めてあった。
「人数が人数だからな。渡辺の本家へは、2台のタクシーに分乗して向かう」
疲労困憊といった様子で声を押し出す朔夜を見て、「ほら、見なさい」と、莉奈子が良平のことを肘で小突く。
さすがに良平も思うところがあるような表情で、小さく唸り声をあげた。
「1台目には一応、現在の多々良家の渡辺党を仕切る『頭目』である妹の十六夜が、2台目には俺が乗るから……」
朔夜がそこまで言うと、それを聞いていた6人の渡辺党のうち、多々良由利恵が、いきなり綾の手を引っ張りながら2台目のタクシーへと跳び乗った。
「あ、ズルいぞ、お前!」
ほとんど反射的に、良平が怒鳴るように口を開いた。
「あと1人は乗れるわよ?良平、乗る?」
そう由利絵に問われて、良平は「なるほど」と納得したように一歩を踏み出したが、少し考えてから、「いや、やっぱ止めとく」と、途中まで出かかった足を止めた。
それから、チラリと十六夜のことを見る。目線は、巧みに合わせない。
「これは、良平も気付いているんだ……」
由利絵は胸中で、そう呟いた。
私たち多々良家の「渡辺党」は、鬼憑きと戦う前に、もしかしたら瓦解してしまうかも……
との思いは、自分達のリーダー、多々良十六夜に疑念を持ち始めて以来、由利絵の中で消えることが無かった。
良平が、身体ごと踵を返すようにしながら向きを変えて、一台目のタクシーに乗り込もうとする。
同じように乗り込もうとしていた莉奈子と、目が合う。
「莉奈子、あっち、あと一人乗れるってよ」
「冗談!あんな一重まぶたのデコ女と相席なんて、ストレスでお肌が荒れちゃうわよ!」
「まぁ、坂学への『転校組』は一台目で行くってことで」
車の「席決め」でケンカにならなかったことに心からホッとしながら、蓮も一台目のタクシーへと乗り込む。
二台のタクシーは京都駅の喧騒を離れて、一路、とりあえずの目的地である渡辺の本家へと向けて、夜の街を走り始めた。
先頭を走る一台目のタクシーの中は、まるで、誰も乗っていないかのような静けさだった。
最初は、何かと隣の助手席に座った十六夜に話しかけていた運転手の「佐々木さん」だったが、再三、無視され続けたあげくに「うるさい」と一喝されてしまってからは、誰も何も喋らない。
走り始めてから、五分ちょっとが過ぎた頃だろうか。
窓の外を眺めているくらいしかする事の無かった莉奈子が、急に、外の風景の「おかしさ」に気が付いた。
つい、さっきまでは、確かに窓の外を後ろへ後ろへと、光の尾を引きつつ流れていたはずの夜景の煌めきが、いつの間にか途切れている。
突如、外は暗闇一色となったのだ。
どうやらタクシーは、いつの間にか、山道のようなところを走っているらしかった。
「そんな……あり得ないわ」
小さくつぶやいた莉奈子の目に、異様なものが映った。
窓ガラス一枚を隔てた、すぐ隣りに、大きくて猛々しい面持ちの、牛の頭が見える。
「ひっ!」
という押し殺した悲鳴と同時に、目が合った。
よく見ると首から下は「人間」らしく、血管の浮き出た、筋骨隆々のたくましい首と肩が見える。
莉奈子だけじゃなく、良平も、蓮も、この異変に気が付いた。
「おい、ちょっと待て!何か妙だぜ!」
「運転手さん、変です!止めて下さい!運転手さん!」
蓮が、後部座席から必死に呼びかける。
「そ、それが……車自体は、とっくに止まっているはずなんですが……なのに、何故か動いています……」
どうしてでしょう?という、今にも泣きそうな運転手の声を最後に、再び全員が口をつぐんだ。
四人の渡辺党は、これはどうやら鬼の仕業との見方を固めたため、車の外に気を配りながら、すでに臨戦態勢である。
良平などは、早くも双瞳が赤みを帯び始めてきている。
「どうやら、車ごと何処かに運ばれているぜ、こりゃぁよ」
落ち着き払った声のトーンとは裏腹に、良平の表情には落ち着きがない。
「僕達の乗ったタクシーだけか?それとも、朔夜さん達の乗ったタクシーも一緒に運ばれているんだろうか?」
蓮も必死で冷静な表情と口調を作っているが、不安で仕方がないといった様子だ。
今の時代の渡辺党は、神力を使っての実戦なんてやったこと無いのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
「いずれにしても、バカな奴等だ。よりにもよって、渡辺党を集団で拉致る鬼がいるとはな。降りた瞬間、まとめて神力の餌食にしてやる」
良平の台詞を最後に、もはや誰一人として言葉を発しようとはしない。
敵の、いきなりの先制攻撃に、四人の渡辺党は、それぞれに動揺を隠しきれないでいる。
闇夜の中を異形の怪物たちに車ごと運ばれながら、奇妙なドライブは、その後、二十分ほど続いた。
「停まった」
そう口にしたのは、運転手を怒鳴りつけて以来、ずっと沈黙を続けていた十六夜だった。
言うなり、勝手に扉を開けて外へと出たので、慌てて他の三人も車外へと飛び出す。
今、自分たちに降りかかっている危険を全く考慮に入れようとしない十六夜の行動に、良平は軽く舌打ちした。
車内では、運転手の佐々木さんだけが頭を抱えながら、ブツブツとお祈りのような言葉をつぶやいている。
「どっかの山ん中か?ここは。暗くて、ほとんど何も見えやしねぇけど」
そう言いながら良平が周囲を見回すと、少し遠くに、外灯が一本だけ立っている。
「道が、ちゃんと舗装されてるわ。山の中だけど、山奥ってわけじゃ無いみたい」
足もとを確かめながら、莉奈子が言う。
少なくとも、近くには誰もいないようだった。朔夜、由梨絵、綾の乗った二台目のタクシーも、見当たらない。
「僕たち以外、誰もいないのは気になるけど……とりあえず、朔夜さん達に連絡を入れてみますね」
スマホを取り出す蓮。
それを十六夜が片手で制して、もう片方の手で外灯のある方を指さす。
「あそこに、誰かいる……」
その言葉に促されるように、四人の視線が、夜気の中に寒々とした光を投げかける外灯の下へとそそがれた。
見ると、そこに立っているのはインバネス・コートを纏った、長身の美しい青年だった。
髪の毛も、肌の色も、雪のように白い。
蓮だけが、駅で、同じ男を見かけたと気が付きはしたものの、それを口にする事は無かった。
それどころでは無い状況だ。
四人の渡辺党と目が合うと、笑いかけながら手招きをする。
四人は顔を見合わせ、頷き合うと、あえて、それに応じることにした。




