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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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明時闇(あかときやみ) ①


 渡辺党(わたなべとう)は平安時代の昔に渡辺綱(わたなべのつな)が抱える私兵集団であったが、現代までの(なが)い間、二つの家に分派した。

 

 一樹(いつき)達の久遠寺(くおんじ)家と、もう一つ。

 

 多々良(たたら)家である。

 

 多々良家の渡辺党、6人──────多々良(たたら)十六夜(いざよい)、多々良良平(りょうへい)、多々良(れん)、多々良莉奈子(りなこ)、多々良由利絵(ゆりえ)、多々良(あや)


 そして、その6人を引率する「(もと)」渡辺党である、多々良朔夜(さくや)の総勢7名が京都駅に降り立ったのは、久遠寺家の渡辺党が3人の「鬼憑(おにつ)き」の襲撃を受けた夜から、1日をあけた次の日の夕方だった。


「どうやら、ちょうど夕方の帰宅ラッシュにあたっちまったらしいな」


 ごった返す混雑の中、今回の「京都行き」を引率することになった多々良朔夜(さくや)は、頭の中で、人の多さを故郷の東北の山村と比較しながら、後ろを「やれやれ」と振り返った。


「みんな、いるか?」


 呼ばわる声も、人の波を避けながらだ。


 朔夜は身長180センチ近い長身の美丈夫で、現在の多々良家における渡辺党のリーダー、多々良十六夜(いざよい)の、実の兄である。


 現在は大学で経営学を学んでいる最中で、今年の5月に、21歳になった。


 成人してしまっているため、当然、もともと持っていた神力(しんりょく)は、とっくに消失してしまっている。


「少し前から、良平(りょうへい)がいません。(れん)と、もう一人(・・・・)が『ちょっと見てくる』と言って、来た道順を引き返しながら、捜しに行っています」


 多々良由利絵(ゆりえ)は、うんざり(・・・・)とした心情を隠そうともせず、むしろ積極的に声に込めた。


 わざわざ「もう一人」の名前を口にしないところに、由利絵のわだかまりが見てとれるなと、朔夜は思わず苦笑した。


 由利絵自身は小さな頃から瞳が細く見える「一重(ひとえ)まぶた」にコンプレックスを抱いており、それを同い年の渡辺党、多々良莉奈子(りなこ)に正面から揶揄(からか)われて以来、もともと気の合わなかった二人の仲は、ハッキリと悪くなった。


 以来、負けず嫌いの由利絵は、莉奈子に対する対抗心も手伝って、前髪でかくしていた(ひたい)をあえて露出し、よりハッキリと、コンプレックスの(みなもと)をさらけ出している。


 不機嫌そうな由利絵のメガネに、これから夜を迎えようとする古都────と言っても、いまや世界的に有名な観光地だ────の光が、さまざまな色彩で賑やかに反射する。


 雑踏(ざっとう)は絶え間なく移動し、音楽に、()き交う人達の笑いと話し声が重なり、はじけては消えてゆく。


 クリスマスはまだ先だが、人が多い場所であればあるほど、()き交かう人々は、聖なる夜の魔法に浮き足立って見えた。


 朔夜がタクシーを2台、「出来ればチャーターで調達してくる」と言って、その場を忙忙(いそいそ)と後にしてしまうと、残された三人────


 十六夜、由利絵、綾のうち、意を決したような表情で口を開いたのは、多々良由利絵だった。


「十六夜さんは、やっぱり人混みはお嫌いですか?」


「……何で?」


 十六夜は、由利絵のことを視線だけで数秒間、ゆっくりと()めつけた後、感情のこもらない声で言った。


 多々良十六夜は長くてサラサラな黒髪と、澄んだように綺麗だけれど、生気に乏しい「穴」のような瞳が特徴的だ。


 身にまとう気だるげ(・・・・)な雰囲気のせいで、いっそう近寄りがたい印象がある。


 年齢にしたところで他の渡辺党メンバーと変わらない17歳だが、多少、実年齢よりも上に見える。


 本家(ほんけ)の生まれということで、多々良家の渡辺党の実質的なリーダーでもあるが、もともと渡辺党を「渡辺党」たらしめている神力(しんりょく)は成人すると同時に消えてしまうのだから、渡辺党自体の構成メンバーは、当然ながら若くならざるを得ない。


「普段から無口なほうってわけでは無いのに、出発以来、まったく喋らないから……」


「見てないようで、よく見てるわね、貴女(あなた)


 十六夜の声に、今度こそハッキリと不機嫌な感情がこもった。


 由利絵の言い方も、どこか詰問(きつもん)口調だったから、仕方ないと言えば仕方がない。


 結束力という点から言うと、久遠寺家の渡辺党のほうが、多々良家よりも、よっぽど集団としてのチームワークがとれていると言えた。


 不安そうな顔で、(あや)が何度か由利絵の片袖(かたそで)を引いた。


「やめた方がいいよ、由利絵ちゃん」


 つぶやく声も小さい。


 もの問いたげに、十六夜の「木のウロのような」黒瞳が、綾のことを見つめた。


 綾は小柄で背が低く、肩より少し長いくらいの髪を左右で結んでいる。


 目立たないけれど、清楚で(はかな)げな雰囲気の女の子で、他のメンバーと同じく17歳だが、十六夜とは反対に、外見上は3歳ほど年下に見える。


 家庭環境が複雑で、かなり内向的な少女である。


 今回の京都行きも、実のところ由利絵にとっては、綾を虐待している父親から遠ざける、という目的のほうが大きいのだ。


 由利絵は、綾を見つめる十六夜の視線を(さえぎ)るように間に入ると、一礼して引き下がることにした。


 実のところ、由利絵は十六夜のことが少し怖かった。


 正確には、綾の神力に興味を抱いたらしい十六夜のことが怖い。


 それは過日(かじつ)、綾の神力を調べるために渡辺党の皆と「御山(おやま)」に入った時以来、抱いている感情だった。


 見鬼でも無いのに「鬼殺しの剣」を異様に欲しがっている事と言い、由利絵には、十六夜が何かを隠し、自分たちとは違う考えで動いているように思えるのだ。


「十六夜さん、何か、私たちに隠してます?」


 とは、とても()けない。


 そもそも隠し事があるなら、正直に答えるはずが無い。


 警戒されるだけである。


 ──────こちらが(いぶか)しんでいる事さえ、気付かれちゃだめ……


 とりあえず由利絵は、この事を十六夜の兄である朔夜には伝えておきたいと思った。


 もちろん、十六夜には気取(けど)られないように……




「まだ、こんな(ところ)にいたのか。捜したぞ、良平(りょうへい)!」


「まったく、手がかかるわね。幼稚園児でも、きっとアンタよりはマシよ」


 二人の渡辺党、多々良(れん)と多々良莉奈子(りなこ)に呼ばれて振り返った多々良良平(りょうへい)は、童顔だが、普段から今だに反抗期が続いているような仏頂面(ぶっちょうづら)を珍しくやわらげながら、無邪気な表情を二人の方へと向けた。


「おお、見ろよ、蓮。つい、この間までハロウィンだ、仮装(コスプレ)だってやってたと思ったらよ、もうクリスマス一色だよ。気が早すぎじゃね?」


「そんな事はいいから!何で、はぐれるんだよ!ちゃんと付いてこなきゃダメだろ!」


 口元を歪めながら、早口で蓮が(まく)したてる。


 多々良蓮と、現在、童子切り安綱(どうじきりやすつな)の所有者である渡辺(はるか)とは、祖母が同じである。


 祖母が同じという事は、蓮の両親のどちらかが、遥の両親のどちらかと兄弟姉妹の関係にあるという事で、蓮は渡辺党の中で最も「見鬼」の家系の血が濃い。


 容姿にしても同様で、見鬼のような「相手を惑わす蠱惑的(こわくてき)な魔力」こそ無いものの、遥に似て中性的で、ボーイッシュな少女のような容貌(ようぼう)をしている。


「まったく、アンタはどれだけ人に迷惑かければ気がすむのよ!ちょっと先のタクシー乗り場で皆待っててくれてるんだから、早くしなさい!」


 蓮と一緒に良平を呼びに来た多々良莉奈子(りなこ)が、咎めるように言う。


 勝ち気な性格で、良平とは普段から衝突を繰り返している彼女だが、今回の言い方は、ひときわ声に含まれる(とげ)が鋭い。


 渡辺党の故郷は、現在、ある東北地方の長閑(のどか)な田舎町の一つに定められているが、莉奈子は東京にある某モデル事務所に所属し、ティーンズ向けファッション雑誌の表紙を飾って以来、ネットなどでも、度々話題に上るようになっていた。


 つり目がちの瞳も含めて人形のように整った顔立ちをしているゆえか、莉奈子には、明らかに外見、見た目が、そのまま女子のステイタスだと思い込んでいるフシがあるのだった。


「ちょっと見てただけだって。何だよ?すぐに追いつくつもりだったんだよ」


 良平は、反抗的に口を尖らせた。


 莉奈子がムッとして良平を睨みつける。


 良平は童顔のうえに高校生の平均身長より低いため、中学生に間違われるこよも多い。


 本人は、それがイヤでイヤでたまらないらしい。


 「ぶっきら棒」な喋り方も、短髪の髪をハリネズミのように立てているのも、そこに起因しているように蓮には思われる。


 蓮と良平は、多々良家の渡辺党の中でも唯一、「幼馴染(おさななじ)みらしい、幼馴染み」と言える関係だった。


 何にせよ、これ以上険悪になって、良平と莉奈子が京都駅の往来の中でケンカを始めてしまうわけにはいかないと思い、蓮は二人を引っ張るように連れ戻した。


 その時、何か言いようのない視線を感じて、蓮は一度だけ振り返った。


 髪の毛も、肌の色も真っ白な綺麗な青年と目が合って驚いたけれど、それどころではない事を思い出して、蓮は二人の従兄弟(いとこ)の背中を押すようにしながら、急ぎ、皆が待つタクシー乗り場の方へと戻って行った。



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