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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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夜陰 ②


 闇夜の深淵(しんえん)は深く、深く、視界の数メートル先さえも、容易(ようい)に見通させはすまいとでもしているかのようだ。


 「久遠寺(くおんじ)」の姓をもつ渡辺党(わたなべとう)の3人、久遠寺一樹(いつき)明日香(あすか)当麻(とうま)の3人は坂ノ上(さかのうえ)学院からの帰宅途中であったが、今、まさに自分達が、「鬼道(きどう)」が開いた状態に足を踏み込んでいるのだということを実感していた。


 彼ら3人には、生まれて初めて体験する「鬼道の闇」である。


 だが、鬼道が開いてからの約30分間は全てのエネルギー関係がストップし、ほとんど全ての「文明の利器」が使い物にならないこと、そして、この闇の中のどこかに別の世界への入り口が開き、そこから出て来た化け物が、(みなもと)家の長女、源聯歌(れんか)の元へと向かっている事などは、3人の渡辺党の面々にとっても、いわば常識である。


「明日香さま、現在、此方(こちら)へと『鬼気(きき)』が近づきつつあります」


 金髪碧眼(きんぱつへきがん)の人外少女「顕妙連(けんみょうれん)」が、深淵(しんえん)を覗き込むように、ひっそりと宣言する。


「ふん、源聯歌ではなく、俺たちの方へと近づいてくる、と言うんだな?」


 明日香の問いかけは、要するに「確認」である。


 顕妙連は、無機質に(うなず)いた。


聡美(さとみ)と、健斗(けんと)をやった奴等か……」


 一樹の口調は物静かだったが、聞く者に、煮えたぎるような激情を感じさせる。


 3人の渡辺党の双瞳から、赤光にも似た輝きが放たれ始めた。


 鬼と相対した時にしか発揮されないが、鬼に対しては絶対とも言える無双の力──────神力(しんりょく)が発動された証しである。


 この闇の中にあって、永遠ともいえる数分間が過ぎて、温もりさえ感じさせる月光の下、渡辺党の3人は、目の前に、自分達と同じ人数の人影を見た。


 3人のうち、1人は2メートル近い巨漢であり、風船を擬人化したような肥満体。黒いタキシードで正装しているのが、奇妙といえば言える。


 残る2人は、体格といい、身長といい、巨漢の風船男と比べてしまえば特筆(とくひつ)するようなところは見出(みいだ)せない。


 ただ、2人の内の片方は普通にジーンズにスウェットパーカーという出で立ちなのに対し、もう片方はコート姿で、それも、コートの上に上半身のみの短いマントを重ね着しているような、どこか古風な雰囲気を感じさせる装いをしている。


 「インバネス・コート」と呼ばれる、スコットランドのインバネス地方が発祥の外套(コート)だ。


 これから戦うというのに、大きな革製のトランクを下げているところも奇妙である。


 さらに奇妙というか、「奇怪」と言えるのは、3人とも首から上に闇を(まと)っているように「(もや)」がかかっており、顔を確認することが出来ないことだ。


 この、漆黒(しっこく)の闇自体が鬼道によってもたらされたものならば、鬼道からやってきたモノを体内に()れて「鬼人」と化した者ならば、「闇」を自在に扱えるということなのだろうか。


「3人、か……」


 そう(つぶや)いたのは、一樹である。


 明日香は無言で3人の敵を見据えたまま、坂ノ上学院の制服の上着を脱いで、顕妙連(けんみょうれん)の頭の上から、バサリと(かぶ)せた。


 すると、まるで手品(マジック)か何かのように、身長130センチはあるはずの顕妙連が、上着の中で消えてしまったかのように、上着だけが地面の上へと落ちる。


 明らかに、明日香は顕妙連の形状を変えさせたのだ。


 どんな形状に変えさせたのかは、敵には見せない。


 これが、渡辺党、久遠寺明日香と顕妙連の、戦い方のパターンなのであろう。


 鬼の1人、碓井(うすい)杜貴也(ときや)の刺すような視線を闇越しに感じとった明日香は、対抗するように、自分の視線を()(こう)からぶつける。


 喉の奥で小さな笑いを洩らすと、明日香は挑発の表情で口を開いた。


「気になるなら、あんたのほうからかかってきなよ。こっちも夜目は()く方だけど、鬼になったお前達の目は『特別製』で、闇の中でも昼間のように見えるんだろ?」


 顔の見えない鬼人たちの内の誰かが、忌々(いまいま)しそうに舌打ちを洩らした。


 それを合図とするかのように、明日香の手が、何かを投擲(とうてき)するように動いた。


 形状を斧のように変化させた顕妙連を、鬼達に向かって投げつけたのだ。


 「顕妙連」の姉妹刀にあたる「大通連(だいつうれん)」、「小通連(しょうつうれん)」も形状を変化させる《形態模写(けいたいもしゃ)》を得意とするが、明日香が顕妙連に取らせた形態は斧と呼ぶにも不適当で、武骨で幅広の刃が複数枚付いている。


 どちらかと言うと、その形状は「扇風機の羽根」に近い。


 唸りを上げつつ迫り来る顕妙連の斬撃を児戯(じぎ)のように(かわ)して、鬼になった塊磨(かいま)が、一瞬で明日香との距離を詰める。


「当たり前だ」


 と、残り2人の鬼は思った。


 本来、刀剣として使うはずの顕妙連の形状を風車のように変化させて、事もあろうに投げつけてしまうなんて、自殺行為もいいところだ。


 現に、その単調な攻撃は塊磨に(かわ)され、(まばた)きを1つする間に距離を詰められ、横一線に()ぎ払われた手刀の一撃で首を飛ばされてしまった。


 久遠寺健斗(けんと)、久遠寺聡美(さとみ)を相手にした時もそうだったが、鬼に対して必殺とも言うべき「神力」を持つ渡辺党には、致命的とも言うほどに明らかな油断が見られる。


 杜貴也(ときや)二蓉(ふよう)が呆れ返った瞬間、奇妙なことが起こった。


 首を切断されたはずの明日香が、平然と移動を開始したのである。


 それも、首付きで。


 確かに明日香の首を切断したはずの塊磨(かいま)自身にも、何も無いところを手刀で一閃(いっせん)したように、手応えが、まるで無かった。


「これがコイツの神力というわけか。(まぼろし)でもみせているのか?」


 塊磨が胸中に(つぶや)くと同時に、何も無い空中で、突如、方向転換した顕妙連が、塊磨の左腕を切断した。


 ほぼ、肩から先の腕が、丸ごと吹っ飛ぶ。


 続いて、塊磨の肩口から血がバシャバシャと流れ出た。


 鬼殺しの妖刀で斬られた鬼の傷は、決して(ふさ)がることは無い。


 急激に血を失ったことで、塊磨は極度の貧血を起こし、失神して倒れた。


「あ~あ、やられちゃったよ。ありゃ、ダメだね」


 陽気ともとれる源二蓉(ふよう)の声音は、見方である杜貴也(ときや)は勿論、敵である渡辺党の2人、一樹(いつき)当麻(とうま)にも、「状況がわかっているのか?」という顔をさせた。


 真っ黒な闇が、京都の街を包む。


 京都と言っても、山の近くにある坂ノ上学院の帰路にあたる場所であるから、繁華街のような賑わいは無い。


 それでも、虫の声ひとつ聞こえない夜は、やはり異質だった。百鬼夜行(ひゃっきやこう)の夜というものは、もともと、そういうものなのではあろうけども……。


「油断するな。顕妙連(けんみょうれん)を使う渡辺党は、どうやら正確な自分の姿を、こちらに見せていないぞ」


 呑気(のんき)すぎる二蓉(ふよう)を、語気荒く、杜貴也がたしなめる。


「そうらしいね。厄介なことだ。それじゃあ僕は、あっち(・・・)の渡辺党を相手にしようかな」


 二蓉が、車椅子の渡辺党、久遠寺当麻(とうま)に向かって、数歩、進み出る。


 当麻を(かば)うように、一樹が割って入った。


「カッコイイね、君。長身だし、顔立ちも整ってる。クールそうに見えるけど、激情を内に秘めるタイプでしょ?」


 ふざけているとしか思えない様子の二蓉を無視しながら、一樹は、この敵を用心した。


 この様な、あまり普通とは言えない者が「鬼」の力を手にしたら、どうなるのか?


 その力の発揮のされ方も、常人が力を手にした時とは、また異なる変質をとげるのではないのか……。


 青い月が煌々(こうこう)と、静かに闇を照らし出している。



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