御山と、牛若丸と、6人の神力使い
この山は「神力確認」の場として、古くから、定番的に「渡辺党」によって使用されてきた山だ。
ここは900年ほど前、鎌倉幕府の東北地方平定に随行した、当時の渡辺家の当主と、「渡辺党」の面々が、人鬼と死闘を演じた場所なのである。
それは、鎌倉時代が幕を開けて、すぐの頃だった。
当時29歳であった源義経は、兄である源頼朝との確執の末、はるか東北の地である奥州平泉に向け、逃避行の最中であった。
その際、義経を守るために立ちはだかったのが、常陸坊海尊率いる、十数名の人鬼達である。
義経というのは不可思議な人物で、代々、化け物と死闘を繰り返してきた源一族の中にあって、逆に、人外の存在に好かれていたとしか思えない側面を持っている。
彼に剣術を教えたのは鞍馬山の天狗たちであったと言うし、武蔵坊弁慶といい、常陸坊海尊といい、共に、人外の逸話に彩られた人物たちである。
義経を逃がすため、死兵となって襲ってくる人鬼たちを、渡辺一族は総力を挙げて迎え撃った。
最終的に勝利したのは人間側だったが、「勝って当然」の渡辺一族側にも多大な犠牲者が出た。あげく、肝心の海尊を討ち取ることにも失敗している。
「実際に鬼と戦ってみるまでは、どんな神力か分からない」
というのが最大の敗因と考えた当時の渡辺家の当主は、そこで一計を案じた。
そこら中に倒れている人鬼の死体を「鬼丸国綱」で切り刻み、辺り一帯にバラ撒いたのだ。
かくして、山の木々は地面に染み込んだ人鬼の血を養分として吸い上げ、それ以来、この山からは鳥や虫の声が途絶えたのだと言われている。
だが、山全体が人鬼たちの血と怨念を吸い込んだ「鬼木」だらけとなったことで、渡辺党の神力は、ここでなら、自在にその力を発現したのである。
それから900年の歳月が流れたが、この、たかだか、標高にして数百メートルといった程度の、山とも丘とも表現が可能な地は、以来、日常から切り離された異界と化して、渡辺党の私的な所有地であり続けているのである。
異界の入り口を示す朱塗りの鳥居をくぐり抜けて、朔夜、十六夜、蓮、良平、莉奈子、由利絵、綾の7人は、石で組まれた階段を昇っていった。
昇りきると、眼前にあらわれたのは、両脇を深い茂みに挟まれた、細い山道だった。
道は、やって来た者を、奥へ奥へと誘い込むようにうねっている。
鬱蒼たる木々の隙間からは、透きとおる木漏れ日が差し込んでくるが、細くて、弱々しい。
眼前に映る世界の中で、動くものといえば風に揺れる枝葉だけ、というのも、人によっては無音以上の静けさに感じられるだろう。
空の、はるか上空を飛行している飛行機の音だけが、ここも現実と地続きなのだと教えてくれているようであった。
すでに綾は、自分の神力の片鱗を自覚しているらしい。
口に出しては何も言わないが、表情が、先程から、それらしい変化を見せている。
先頭を歩く朔夜は、その事に気付いているようで、少し前から、ちょくちょく振り返っては、十六夜や良平に話しかけつつ、綾の表情を読んでいる。
そんなふうにしながら歩いて行くと、やがて、軽自動車くらいの岩が、半ば地面にめり込んでいるのが見えてきた。
「あれ、蓮が沈めた岩だぜ」
良平が、自分の事のように自慢気に話す。
その大岩の一部が、さながら包丁で果物でも切ったかのように、なめらかな切り口を見せている。
「これは、私が切ったの」
と、莉奈子が言った。
莉奈子の話では、その辺に落ちていた枝を拾って、剣を斜めに振り下ろす要領で斬ったのだという。彼女の場合、この山に入ると、手に持つもの全てが鋭利な刃物と同じように、どんなものでも切断してしまえるとのことだった。
「つまり、ここでの私は全身が凶器みたいなものなんだから。迂闊に触ると、切れちゃうわよ?」
莉奈子にもっとも近い位置にいた良平が、反射的に跳び退く。
「あっぶねぇ女だなぁ。そういう事は、ここに入る前に、ちゃんと言っとけよ!」
「鬼の妖血」が聖域全体に染み渡っているため、渡辺党の神力も、その制約を解かれたかのように、ここでは遺憾無く発揮される。まさしく、異界なのだ。
朔夜は、この、まるで地中に沈み込んでいったかのように見える大岩に興味をひかれ、手招きして蓮を呼んだ。
「この岩……埋まっているところは、ほとんど地面と一体化しているみたいだな。どうやったんだ?」
「ええと、要するに僕の神力はですね……」
蓮は、少し戸惑ったように言い淀んだ。
「何て言ったらいいのか、溶解力というか、『念解力』というか……物質を構成する粒子の結びつきを緩くして、ドロドロにして……こうやって、物質と物質を融合させて、くっ付けてしまったり出来るんです」
「この場で、ちょっと見せてもらってもいいか?」
「はい。じゃあ、そうですね……コレを…」
蓮は、半ば地面にめり込んだままになっていた目の前の大岩に、自分の手の平をかざした。瞳が、薄っすらと赤光を放ってでもいるかのように、緋色を帯び始める。神力を放出する際の、渡辺党に共通する現象だ。
2、3秒もすると、大岩は、固い地面の中へと、みるみる沈み込んでゆく。皆が注視する中、程なくして、岩塊は完全に「沈没」してしまった。
「十六夜の『増幅』の神力と組み合わせたら、この山くらい、地面の下に沈めてしまえそうだな……」
朔夜が、掛け値なしの感嘆を口にする。
蓮は赤面しながら、無理です、無理、と、気恥ずかしそうに首を振った。蓮の神力が及ぶのは、せいぜい、自分を中心にして十数メートル程の、前後左右、そして上下の、球状の範囲に限られるのだという。
「んで、俺が念じただけで爆発を起こせる『念爆』ってわけよ」
そんな、良平の自慢しているような口振りが気に入らなかったらしく、莉奈子が、目付きと言葉で良平を突ついた。
「あんたの事だから、どうせ、爆竹みたいなもんなんでしょ?」
「何だと?」
「何よ?」
「……何だったら、ここで実際に見てみるか?」
俺のほうは構わないぜと意気込む良平の頭に、朔夜がゲンコツを喰らわせた。
「アホ!聖域でのケンカは、神力がらみになるだろうが!わかってんのか!」
「痛ってぇ!何で俺だけぶっ叩くんだよ?挑発してきたのは、莉奈子のほうだぜ?」
「だって、ここでは、私のことを叩けないわよ。叩いた方の手が切れちゃうもん」
面白そうに、莉奈子が良平を揶揄する。
もう、この二人のことは知らないとばかりに、朔夜は投げ出すように溜め息をついた。
そして、十六夜を呼ぶ。
「ちょうどいい機会だから、ここで、全員の神力をチェックしとく。ちゃんと、把握しとけ」
十六夜は、聖域での自分の力を恐れるように大人しかったが、兄の言う事ももっともだと、自分に言い聞かせるように頷きを返した。
「まずは、目の前で実際に見せてもらった蓮の力だが、一応の呼び名として、『念解』と呼ぶか。そんで、良平が念爆。莉奈子が──────う〜ん……全身凶器、でいいか?」
「ちょっと!その呼ばれ方は嫌!」
莉奈子が、大慌てで口を差し挟む。
「いいじゃん。お前にピッタリだよ」
良平が、さっきのお返しとばかりに、ヘタクソな口笛までオマケに付けながら囃し立てる。
朔夜は無言で片頬を引きつらせると、由利絵のことを手招きした。
その両肩に手を置いて、由利絵を良平の真ん前に立たせる。
「さて、何か一言、良平に喋ってみようか?」
朔夜の浮かべている笑顔を見て、十六夜だけは、今、兄が何気に莉奈子と良平に、本気で腹を立てているな、という事が分かった。
由利絵の方は、朔夜の言葉に仰天して、勢いよく首を振り始める。
良平は、訳が分からず、
「はぁ?何だよ?そういえばコイツ、何でずうっと、一言も喋らねぇんだ?」
と、締まりのない声を出した。
「この子の声は、聖域では、自分が向いている方向に限ってだが、強力な睡眠誘導音波になるのさ。由利絵ちゃん、初めての神力の確認の時、一緒に来ていたお父さんをうっかり巻き込んじゃって、巻き込まれたお父さん、確か、丸二日、起きなかったんだっけ?」
「ちょっ、ちょっと待てよ!何だそれ!お前も危ねえって!冗談じゃねぇぞ!俺の前では、絶対に口を開くな!」
大慌ての良平に対して、そんなつもりは無いという事を必死で伝えようと、由利絵は何度も首を横に振った。
「で、綾ちゃんの神力は?ここで、今すぐ見せれる?」
朔夜が腰を屈めて、視線の高さを綾と同じにした。
「おう、それだよ、それ!もう、何となく自分でわかってるんだろ?俺たちの力って、そういうもんだしな」
何気に、綾の、今まで秘匿されていたような感のある神力の内容に期待を抱いていた良平が、待ちきれないという面持ちで強引に割り込んできた。
綾が、反射的に一、二歩、後ろに下がる。
「あ、あの、私の力は、多分、あなたが思っているような、凄いものでは無いです……」
「そんな、勿体ぶらなくたっていいじゃん」
「勿体ぶるだなんて、そんな……」
「分からなくても、戸惑う必要なんて無いからね?君の神力は、十六夜さんみたいに、誰か、自分以外の神力と組み合わせないと、わからないタイプなのかもしれないしね」
蓮のフォローに、朔夜も微笑して頷く。
十六夜の神力は、他の神力への「増幅」で、実際に、自分以外の誰かの体に、自分の体の一部分が触れていないと、まるで発現しない類いの力だった。
綾が安心したように「困り笑い」を浮かべると、辺りを気にするように、自分の鼻に遠慮がちに手を当てたり、思わず鼻を摘みかけたりしている。
朔夜は気が付いているが、綾が、この山に入ってから何度か見せている所作だ。
「どうかした?」
と、朔夜が確認するような声を出す。
何度か躊躇った後、綾が答えた。
「あの……ここ、もの凄く匂いませんか?」
朔夜と蓮が、互いに視線を交わす。
蓮は「?」という感じだが、朔夜は、どうやらピンときたらしかった。
「ひょっとして、鬼憑きを『匂い』で追跡するタイプの神力…………か?」
直接的な戦いには役に立ちそうもないが、社会に溶け込んだ鬼憑きを狩り出すのには、当然、あったほうがいい神力だ。
側で見ていた十六夜は、心の中で、思わず歓声を上げた。
由利絵と綾の神力に、自分の「増幅」が加われば、鬼の血を引くと言われる「巴一族」の当主、巴アキオに、勝ててしまうのではないかと思われたのだ。
巴家の人々が、言い伝え通りに、わずかでも鬼の遺伝子を持っている人々ならば、神力は必ず効果を発揮する。
由利絵と綾の神力は、うまくやれば、巴アキオの持つ鬼殺しの妖刀、「小通連」を、アキオから奪い取ることも可能ではないのかと十六夜に思わせ、彼女は誰にもわからないように笑った。
兎にも角にも、明日の日曜、朔夜、良平、蓮、莉奈子の四人は、京都に向け、出発する。
十六夜、由利絵、綾の三人が後を追うように出発するのは、その五日後だ。
その間、京都では一度「鬼道」が開いており、彼等の言うところの「鬼憑き」の数も、当然のように増えている事を、彼等は未だ知らない。




