胎動する渡辺党 ②
「今回、私が君達を呼び寄せた理由……それは一週間ほど前にね、鬼道を通ってやって来る憑鬼モノどもを見鬼たちが払い切れず、とうとう八十年ぶりに、『鬼憑き(人鬼)』が出現してしまった由、渡辺家より報告、委細を受け承ってしまったからなんだね」
十六夜が喋り終わると、さすがに一同は全員、十六夜のほうに視線を集中させた。
十六夜が小さくアクビをした時点で、「本当に出たの?」と、疑いを込めた表情で口を開いたのは、莉奈子である。
「はい?何が本当ですって?」
「『鬼憑き』よ。今まで80年以上も出ていなかったわけでしょ?それが、何で、今になって……」
「まさか」という思いの強さから、しだいに尻すぼみになってゆく莉奈子の言葉を補うような形で、
「誤報、という可能性も、あるんじゃないですか?」
と、由利絵が口を挟む。
由利絵本人は、莉奈子をフォローするような形となってしまった事に、どこまでも不本意そうだ。
少し赤面した顔を莉奈子からは見えないように、どもり気味で語を継ぐ。
「た、例えば80年前の鬼憑きだって、戦争のために、人為的に、ワザと造ったんだって話だし、今回だって、もしかしてって事、あるかもしれないじゃないですか」
「渡辺洸本人から直々に連絡を受けたんだから、間違いないでしょ。実際に源家では、一週間前、とんでもない事が起きていたらしいですから」
一週間前、卜部家の当主、卜部季武が源家で起こした一連の騒乱を、十六夜は、集まっている面々に語って聞かせた。
季武が、鬼道からやって来る鬼を源家に引き入れ、源家の「お姫様」を、鬼に連れて行かせようと仕組んだ事。
その際、邪魔な他の見鬼達を、偽の予知で、見当違いの方向へと分散させた事など、要所要所を短く、しかも、あまり正確ではない上に、順序立てて説明したわけでも無かったが、とにかく話した。
話した後で、十六夜は小さく一息をつく。
それから意地の悪そうな顔で、
「問題の、その日、狂った源征一郎が殺してまわったのは、一体を残して、すべて人間だったってさ」
と、嘲るように締めくくった。
「それでも、鬼殺しの剣も持ってねぇ奴が、一体でも鬼を仕留めるとはな」
良平は、その点については素直に感心したようだった。
「そうでもない」
十六夜が、再び声に毒を含ませる。まるで、そこに征一郎がいるかのような、声と目つきだ。
「報告では、その鬼は碓井家の可愛らしい見鬼どのと交戦中だったと言うから、うまく不意をつけたんだろ」
吐き捨てるがごとき言葉は、嫌悪感たっぷりだ。
「それにしても、一週間も前にそんな重要な連絡を受けておきながら、招集が今日って、遅すぎませんか?」
由利絵が、訝しさの滲み出る声で指摘した。
同じ疑問を、良平の隣に座っている蓮も抱いたらしく、由利絵の指摘と同時に頷く。
「いや、何ね、もう一つの渡辺党、久遠寺家がどう動くのか、見てからにしようと思って。せっかくだから、こっちは後出しジャンケンで攻めようかな、と」
のほほんとした十六夜の顔は、どこか自慢気でもある。
源一族や渡辺一族同様、「渡辺党」も、千年もの歴史を有している。
旧い旧い一族なのだ。
それゆえ、千年間、何事も無く、少しの不協和音も抱えずに、組織を一枚岩で保ち続けるなど不可能である。
そんな集団なんて、あるわけが無い。
それを思えば、渡辺党が二派に分かれたのは、むしろ自然の成り行きであり、それどころか、よく、まとまってきたとさえ言える。
ただ、渡辺党「久遠寺」は、日本が太平洋戦争へと突入してゆく昭和の初期ごろ、当時の軍部の要請を受けて、巴家が立ち上げた「皇軍勝利のための人鬼兵の製造」に、加担したのだ。
それ以来、二つの渡辺党の間柄は奇妙にねじれて、いつしか久遠寺家は、多々良家と同じ「渡辺党」を名乗るのを良しとはせずと考えたのか、「党(とう」の字を「刀」と変えて、「渡辺刀」と名乗るようになっていた。
しかも久遠寺家は、同じ渡辺党でも多々良家には無い、伝説の鬼殺しの剣を所有している。
その点も、久遠寺家は、十六夜の競争意識を煽って止まぬ存在なのだった。
「十六夜さん、彼等は敵ではありませんよ?味方です。わかってます?」
不安そうに、蓮が詰め寄る。
「でもさぁ、アイツら、どうも現在の渡辺家の筆頭見鬼である渡辺洸よりも、分家の、渡辺遥のほうに肩入れしようとしているらしいんだよねぇ」
遥の名前が出たことで、もっとも近しい血縁関係にある蓮の顔が強張る。
「おい、本当なんだろうな?それ?」
蓮を庇うように、良平が十六夜に詰め寄る。
この二人は性格がまるで違うものの、莉奈子と由利絵とは違い、幼馴染み的な関係にある。
「本当、本当。これってさぁ、謀叛でしょ、謀叛。こうなってくると、仲良く皆で鬼退治、なんてわけには、当然、行かなくなってくるよねぇ」
十六夜は、ここにいる全員に向けて取りなすように、それでいて、楽しそうな口調で語を継ぐ。
「どうも久遠寺の連中、先の騒乱の責任の一端が、渡辺洸にあると思っているらしいんだな」
座が、静まりかえった。
現在の渡辺党は、多々良家だけでは、たったの五人。
本来なら、多々良と久遠寺、二つの家を合わせた人数で「敵」にあたるべきなのに、このまま行くと、多々良と久遠寺は、バラバラに鬼と戦うことになるんじゃないかとの思いが、誰の頭にも、当たり前のようによぎった。
ましてや多々良十六夜は、もう一方の渡辺党である久遠寺家とは、これっぽっちも共闘しようなどという気は無いようだ。
「だからさぁ、せっかくだからさぁ、この機会に、アイツら追い落としちゃおうぜい」
そんな、まったく冗談に聞こえない十六夜の提案に、皆が一斉に引き気味の表情を作った、その時────
「はいはい、そこまで」
いつの間に入ってきたのか、十六夜の兄、多々良朔夜が、一人で暴走気味の妹に、言葉で横槍を入れた。
十六夜は不機嫌そうに四つ上の兄の顔を見上げると、「あれぇ?おかしいなぁ」と、ワザとらしく声を張り上げた。
「ハタチを過ぎて、とっくに『神力』を失った兄さんが、何で『渡辺党』以外入る資格の無い、この別棟にいるのかなぁ?変だなぁ」
「俺は、お前のそういうとこ、マジで心配だよ……」
朔夜は鈍痛をこらえるような顔で、眉間に深いシワを寄せた。




