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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
43/60

明日へ……


 見開かれた(はるか)の目と、すべてを納得し、受け入れたかのような人鬼の男の、穏やかな目が一瞬だけ交差する。


 長大な薙刀(なぎなた)骨喰眞守(ほねばみさねもり)を両手で抱えるように手に持った(みなもと)家の姫君が、勝利の凱歌(がいか)を挙げるように誇らし気な笑みを浮かべている。

 

 この中庭の、どこかに落ちていたのを拾ってきたらしい。


 鬼は、彼女にだけは攻撃してこない。だから、この状況では彼女だけは、文字通りの無敵なのだ。


 姫君に連れ回されていたらしい鈴子(すずこ)が、青い顔でガクガクと両脚を震わせている。人鬼の首が落ちるところを、まともに見てしまったのだ。


 (ほう)けたような遥の視界の先で、わずかに何かが動いている。

 

 それが、倒れている卜部(うらべ)季武(すえたけ)だとわかると、遥は慌てて駆け寄った。


「季武さん⁉︎」


「やぁ……遥くん、無事で何より」


 半分、血だまりの中に沈み込んでいるような季武の身体(からだ)は、右腕が、肩ごと引き千切られたように無くなっていた。止血しようにも、一見しただけで、そういうレベルの(もの)ではないことは明らかだった。


「待っててください、今、誰か呼んできますから!」


「やめろ!無用だ!」


 思いのほか大きな声で叫ばれて、今、まさに走り出そうとしていた遥は、驚いて季武のほうを振り返った。


「いいんだって……こうなるよう仕組んだのは、他の誰でもない、自分自身なんですから……」


「でも……」


「それに、どの道これでは、もう、助からないだろ……」


 もはや、透き通るほどに血の気の失った顔で、季武は力無く笑った。


「…………」


「母は……」


「え?」


「流産、だったんだ……」


「……」


見鬼(けんき)かもしれなかった子を流してしまった母を、父は口汚く、考えつく限りの言葉で(なじ)っていた……母は……もう、どこにいても身の置き場が無くなっていた……」


 季武の息が、見る間に荒くなってゆく。どうやら、その目は、もう何も映してはいないようだった。


「季武さん……」


「あいつらのことが、どうしても許せなかった……」


「だからって、こんな……」


 遥の視界が急速にぼやけ、ぽろぽろと、透明な滴が落ちた。

 

 折れていないほうの腕で、こっそりと、それを拭う。


 (むすび)と、そして本当の「姫君」の二人が、こちらに気が付いて駆け寄ってくる。

 

 周囲は死体がゴロゴロしているが、混乱自体は、ほとんど収束に向かっていた。


「……どうやら、これで本当に私の勝ちだな、卜占屋(ぼくぜいや)


 「姫」は淡々と口にしたが、そこには、ため息のようなものも含まれていた。


「どうでしょう…ね…」


 季武の意識は、ほとんど消えかけているようだった。それでも、その唇からは、充分に聞き取れるだけの言葉が流れた。


(みなもと)家は、これで事実上、壊滅じゃないですか……これから大変ですよ…あなた方は……」


 それが、卜部(うらべ)季武(すえたけ)の最後の言葉となった。

 

 これで、(みなもと)渡辺(わたなべ)坂田(さかた)碓井(うすい)卜部(うらべ)の五つの家のうち、卜部家という重要な一角が崩れ去ったことになる。

 

 鬼道(きどう)は、これからも時と場所を選ばずに開き続けていくのだろうが、その日時と場所を(あらかじ)め特定することは、もう出来なくなってしまったのだ。


「遥」


 背中から呼ばれた声に、遥は、すぐには振り向かなかった。

 

 いろいろな事が、彼の許容できる量を超えてしまっていた。


「つらい思いをさせてしまったな、遥」


(こう)さん……」


「お兄ちゃん!」


 結が肩越しに、責めるような強い一言を兄に浴びせかけた。


「どうしてっ!どうして季武さんを、守ってあげられなかったの!」


 涙でボロボロの顔を、洸へと向ける。

 

 洸は黙って、妹の頭を、軽く()でるようにポンポンと叩いた。

 

 それから、すぐに季武に視線を落とすと、苦り切ったように唇を噛み締めた。

 

 お前は本当に、これで良かったのか。こうするより他に、方法は無かったのか、という「問い」のようなものは、そこには無かった。

 

 そんな事は二人の間で散々かわされて、経てきた上での、これは結果だった。

 

 アキオのほうは、季武のほうに一回だけ視線を放ったきり、逸らすように元に戻した。強張った表情から、短い、悪態のような(つぶや)きが漏れたようだった。


「洸」


 源家の姫が、渡辺家の見鬼(けんき)の名を呼ぶ。


「はい」


此度(こたび)の件で、何人の人鬼(じんき)が生まれた?」


「源征一郎(せいいちろう)(あや)めてまわったのは、そのほとんどが、ただの人間でございました。確実に身許まで確認できた人鬼は今のところ(みなもと)弥三郎(やさぶろう)ただ1人ですが、こちらは、すでに始末がついております。ですが、かなりの人鬼が野に放たれたと見て、まず間違いございますまい」


 アキオが、洸の報告に(つな)げる形で、語を継ぐ。


「中には運良く鬼にもならずに、地獄絵図と化した源家(ここ)から普通に逃げ散った奴等だって居たには居ただろうが……何人が鬼となったかは、結局のところ推測の域を出ない、か」


 ────大通連(だいつうれん)を持ち去ったのは、その内の誰かってわけだ……


 アキオにとって、そいつを見つけ出すことが当面の目標となりそうだった。


「ところで姫、妹君はどちらに?」


 洸の問いかけに、姫は興醒(きょうざ)めを絵に描いたような視線を、気を失って倒れている鈴子へと向けた。


「あそこ」


 答える声は、その視線以上に(あき)れ返っている。


「私が、この骨喰(ほねばみ)眞守(さねもり)で人鬼の首を落とすところを見た途端、あのように気絶してしまった。気絶とか、弱すぎにも程がある」


 目を覚ました時、鈴子が全てを夢だったと思ってくれればいいと、そう密かに思いながら、洸は、逃げ散った鬼の追撃を、夜明けを待って開始する(むね)、「姫君」に伝えた。


「別に、放っておいて構わないわ。どうせ奴等は私を狙って、再び、また現れるに決まってる。そこを討ち取ってしまうほうが、面倒が無くていいじゃない。時に、渡辺(わたなべ)家の分家(ぶんけ)の見鬼……」


 遥は、憔悴(しょうすい)しきった顔で本当の姫君のほうを向いた。

 

 まだ、彼女が本当の姫だということを知らない遥は、訳が分からず、戸惑いに表情を固くしている。


「すべての事情は、追い追い理解していけばいいわ。それより、もっと喜んだらどうなの?こうして、私が無事だったんじゃない……。この戦いは、まだまだこれから、ずっと続いてゆくの……終わらせるなんて、出来っこないんだから……」


 言い終えるまでに、本当の「姫」は何度も(せき)をし、ゼイゼイと、苦しそうに息づかいを荒くした。

 

 そして、どこか嬉しそうに見えた。


*    *    *    *


 朝。

 

 時計の針が午前8時をさすころになると、いつものように坂ノ上(さかのうえ)学院の通学路は、 見慣れた制服の列で埋まる。

 

 (はるか)皐月(さつき)鈴子(すずこ)の3人が学校を欠席するようになって3日────

 

 騒がしくなり始めた教室の中で、麻田(あさだ)絵里(えり)()たり(さわ)りのない友達との会話に花を咲かせていた。

 

 いまだ空席である坂田(さかた)皐月と渡辺遥の席に、視線は向かいがちである。


 ────今日も休みだったら、放課後、皐月の家に寄ってみよう……


 そんな事を絵里が考えた時、1人の男子生徒が、自分と同じように2人の席に視線を注いでいることに気が付いた。

 

 初めて見る顔である。


「誰?あんな人、いたっけ?」


「ちょっとカッコよくない?」


「転校生か?」


「違うって」


「ほら、ずっと学校に来てない奴がいたろ?」


 いつの間にか教室の中は、そんな小声で満たされている。


 ────この人、もしかして皐月や渡辺君の知り合い?とか?


 絵里がそう思った時、男子生徒の顔に微笑が浮かんだ。


 ────⁉︎


 女生徒の何人かが、ちょっと照れたように顔をほころばせながら、何事か囁き合う。

 

 だが絵里には、その微笑みが、何か恐ろしい感情から生まれたもののように思えて、ゾッと身を固くした。

 

 絵里には知る(よし)も無かったが、それは3日前の夜、この男子生徒が黒い服に身を包んでいた時、実の弟に見せた、あの笑い(・・・・)だった。

 

 ホームルーム開始のチャイムが、いつもと同じように鳴り響く。

 

 この学院に席を置く、すべての者たちは知らなかった。

 

 人ではない者が、この日、自分達の中に紛れ込んだことを…………。



この43話目で、源頼光と、その四天王の子孫達の戦いは、大きなターニングポイントを迎えることになりました


彼等は人鬼の出現を防ぎきることが出来ず、味方同士であるにも関わらず、家同士の確執から、自分達が持っていた大きなアドバンテージをも失うことになるのです


人間と、そして人間の集団というものは、共通の敵がいる状況でもお互いに不信感を抱き合い、ほかの味方を出し抜いて、自分(達)が優位に立とうと考えてしまう哀しさがあるような気がします


それでも、どうかこの先も、「東の果てのマビノギオン」を宜しくお願い致しますヾ(@⌒ー⌒@)ノ

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