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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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東の果ての、桜の国で ⑥


「そういうの、(むすび)ちゃんなら分かるんじゃないか?」


「……うん」


 結は、沈んだように下を向く。

 

 けれど、内心では従兄弟(いとこ)の成長が、嬉しくもある。


 結は、自分が初めて剣道の試合に臨んだ時のことを思い出していた。

 

 もちろん、それは今のように生死に関わるような事ではなかったけれど、必死さという点では、当時の自分と、目の前の従兄弟(いとこ)との間に大きな違いは無かったかもしれない。


「話は、もういいのか?」


 声をかけてきたのは、「鬼」に入り込まれた空手使いの男だった。


「え⁉︎」


 (はるか)も結も、思わず声を上げて驚いた。


(しゃべ)れるのか⁉︎」


 と、続けざまに声を上げたのは遥だけだ。

 

 すでに弥三郎(やだぶろう)を見ている結は、今更、鬼が喋れることに驚きはしない。


 だが、遥にとって、鬼になった人間が、例えば言葉を喋るなどという理性的な行動をとったということ自体、衝撃だった。


「当たり前だろ。言っておくが、自分自身の身体の変化にも気付いているぜ。それに、大体の事情も一緒に、頭ん中に入り込んできた。1000年も続く呪いか……気の毒にな」


「呪い……」


 二人の渡辺一族は、言い返せない。


「だろう?」


 鬼になった男は訳知り顔で、いやに颯爽と近づいてくる。

 

 目の前の男が喋ったことで、遥には、もう何が何だか、よく分からなくなってきていた。

 

 目の前の男は、本当に自分達の敵なのか?


「じゃあ、悪いけど俺はこれから、お前らを殺す。もう俺も、お前たちと同じく呪われた身だ」


「訳がわからない……」


 黙ったまま、結も頷く。


「悪いのは、お前たちだ。お前たちが、(だま)し討ちにした」


 喋りながら、男の息が次第に荒くなってゆく。


「奴が…(みなもとの)満仲(みつなか)が犯した罪……だ。奴は内通(ないつう)者だった……俺たちを(みやこ)へと手引きしたのは奴で…そして奴は、俺たちだけでなく、お前たちのことも…裏切って…いた…」


 荒い息使いを間にはさんで、男は喋り切る間に、3回ほど肩を大きく上下させた。


「源満仲って…誰だ?」


 結も戸惑いを隠しきれない顔で、遥の囁きに、囁くような答えを返す。


「私たちのご先祖様、渡辺(わたなべの)(つな)が仕えた(みなもとの)頼光(らいこう)の、お父さんの名前が、確か満仲だけど……」


 ひょっとして、季武(すえたけ)さんの言っていた「なぜか京都では、水溜まりが掻き混ぜられるんです」という言葉の中の、「水溜まり」をかき回した人物────か?

 

 ふと、遥はそう思ったが、いずれにしも、そんな大昔の人物の名前を出されても、遥も結も困ってしまう。だが、目の前の人鬼も、遥たちに負けず劣らず、戸惑っている様だ。


「なぁ、教えてくれ……何で俺は、こんなこと知ってるんだ?こんなふうに感じて…現在(いま)は平成の世のはずなのに、平安時代を生きているような感覚……違和感が、どうしても(ぬぐ)えない…憎い…どうしても憎いんだ……その、刀を持ってる奴が!」


 畜生、と言いながら、男は、片手でくしゃくしゃ(・・・・・・)と髪の毛を掻き毟るようにした。

 

 遥は(そば)にいる結に、「下がっていて」と小さく言ったが、結が下がろうとはしないので、仕方なく前進した。

 

 右手のみで構えている童子切(どうじきり)安綱(やすつな)の切っ先が、さり気なく敵の心臓の位置へと向けられている。


 自分で向けた覚えは無い。

 

 この状況下で最も効率の良い攻撃の仕方を、童子切りは遥に提案しているつもりなのだ。


 遥は、改めて自分が殺し合いの場所に立たされている事を自覚して、絶叫したい思いで唇を噛んだ。


「大体お前ら、都合良すぎなんだよ。もともと、自分達のモンでも何でも無かったモンを勝手に抱え込んで、もう返しゃしねぇぞ、なんてのはよ……そんなのが、普通に通るかよ!」


 目の前の男が、今、言っているのは、(みなもと)家の先祖達が鬼のもとから奪い取り(救い出し?)、以後、1000年以上に渡って囲い続けてきた「姫君」の事なのだと、そこの所は遥にも解った。


「……」


 この人は、「とばっちり」を受けただけだ。

 

 今更ながら、遥はそう思う。


 自分は────この人を殺せるのか?

 

 殺さなくては、ならないのか?

 

 と言うより、普通に考えれば、この人に自分の方が殺される確率のほうが高いんじゃないのか?


 じゃあ、生きるため、生き残るために、この人を殺すことが正しい事か?

 

 そして、それは許される事か?


 遥は相手を見据えながら、再び唇を噛む。

 

 それは、敵を前にしてやるには余りにも愚かな、思考のループだった。


 鬼憑きの男が、地を蹴った。

 

 地表スレスレを、滑空してくる印象である。

 

 そもそも、素手の者が、剣を持った者を相手に戦おうと思ったら、基本的には相手との距離を詰め、その(ふところ)深くへと入ってしまうしか方法が無いのだ。


 迎撃するのか。

 

 しないのか。


 この期に及んで迷いを見せる遥に、しびれを切らしたように童子切安綱が反応する。

 

 遥の右腕を引っ張る形で、また勝手に動いたのである。


 狙いは、人鬼となった空手使いの心臓──────


 そうと悟った遥は、反射的に、童子切安綱を握っている右手を離してしまった。


 ────何で⁉︎


 童子切りの、そんな悲痛な呟きが聞こえてきたような気がした。

 

 だが、他ならぬ遥自身も、心の中で同じように叫んでいた。

 

 自分自身の行動に対して。

 なぜ────と。

 

 同じように思った者が、他にも、あと2人いた。


 1人は、戦いの様子を見守っていた渡辺結。

 

 そして、もう1人は────

 

 「敵」であるはずの、空手使いの人鬼だった。

 

 彼の驚きが、もっとも大きかったかもしれない。


 空手使いの男は、それこそ動画の中の「一時停止」さながらに、現実のものとは思えない程の力強さで、急停止した。

 

 もの問いた気に眉根を寄せながら、


「やめた。中止だ。お前は殺したくない」


 と言って笑う。

 

 実際に、声に出して笑ったわけではない。

 

 だが、そこには心底「参った」という表情があった。

 

 その刹那。

 

 人鬼の男の、首が落ちた。


 鬼の首を落としたのは、横合いからギロチンの刃のように振り下ろされた、薙刀(なぎなた)の一撃であった。



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