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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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護り手の戦い

 

 抜刀すると同時に、由良は素早く怪物の足元へと(はし)った。鞘は邪魔にならないよう腰の位置へと固定し、急停止しやすいよう、歩幅を短くとっている。

 

 「虎走り」と呼ばれる、本来は居合い術の移動法である。


「かがめないよな?」

 

 怪物の顔を見上げながら、少年は、くすり(・・・)と笑いかけた。

 

 怪物は一瞬、少年の微笑に見とれたように動きを止めたが、やがて由良を見下ろしたままの姿勢で、そろり(・・・)と片足を上げた。

 

 踏み潰すつもりらしい。


「思ったとおり、鈍いなぁ」

 

 余裕たっぷりに言い放ってから、由良は頭上に落ちかかる巨大な影のような足を、後退するよりも、前へと出ることで躱した。


 怪物の真下をくぐり抜ける形で、その後方へとまわりこむ。そして素早く、抜き身の太刀を真一文字に一閃させた。


 怪物の、アキレス腱にあたる部分を切断する。

 

 「ボッ」と、低い音がした。


 薙ぎ払われた丸太のような脚には、傷がついた様子も、血らしきものが吹き出してくる様子もない。

 

 ただ、斬られたところには刀傷とは思えない、まるでえぐり(・・・)取られたような大穴が、黒々と口をあけているのだった。

 

 怪物は、声も上げずにアスファルトの路上へと倒れ込んだ。


 地響きと共に、風と埃が舞い上がる。


 怪物は()(すが)るように、その巨大な瞳を、ジッと源鈴子のほうへと向けた。

 

 思わず後ずさった鈴子が、息を呑みながら尻もちをつく。

 

 怪物の視線を遮る形で、由良が間に割って入った。


「その体じゃ、重かったろ?」

 

  陸上を生息の場とする生き物のうち、現在、ここまで巨大な生物はいない。


 そして地上に生きるもの全ては、体が大きければ大きいほど、より強く重力の影響を受けてしまうのだ。かつて地球上に君臨したはずの恐竜類、彼らは確かに存在していたにもかかわらず、その巨大な種は、どう考えても地球の重力下で動き回れたはずはないのだという。


「じゃあ、ね」

 

  変声期前の声と共に、太刀が振り上げられ、そして振り下ろされた。

 

 「ぼっ」という音と共に、怪物の首と胴が斬り離される。


 「斬った」というよりは「落ちた」という感じで、少年が手にしている刀に触れてしまうと、どうやらそれだけで、怪物を構成している「体」は繋がってはいられないらしい。


「今回も楽勝だったな」

 

 踊るような足取りで駆け戻ってきた由良は、


「そう言えば、あいつは?」

 

 と、いかにも事のついでとでもいうように、遥のいた方向へと視線を向けた。


「まだその辺にいるようなら、ちょうどいいから色々と教えてやろうぜ」

 

 その言葉を聞いた皐月が、「へぇ」と、感心したような表情(かお)をつくった。


「あんたにしては、ずいぶんと親切じゃない」


季武(すえたけ)の奴は、アテ(・・)にならん」

 

  由良の一言を受けて、皐月は少しの間、黙考の(てい)で押し黙った。そしてすぐに、過剰なほど大きく頷く。


「────そうね。ここにいる皆の幸せのために、そうすべきよね」

 

 だが気絶中の遥を見つけ出した途端、三人の内、由良が、たちまち呆れ顔をつくった。


「うわ、だらしねぇ。こいつ、気絶していやがる」


「気絶か…たしかに、ちょっと期待外れね」


  皐月の口調は、由良とは少し印象を異にしている。呆れたというよりは、「残念」そうだ。

 

  ────この人、もしかして、私たちを助けようとしてくれたんじゃ…

 

  近くに落ちている竹刀に目を止めた鈴子だけは、そう思った。

 

 だが、鈴子はいつものように、自分の思いを口の中にしまって、飲み込んでしまうだけである。そして俯き、半ば瞳を伏せながら、言葉の代わりに小さな溜め息をつく。

 

  ────どうして私、いつもこうなの……

 

 それが日課ででもあるかのように、自己嫌悪に対する答えを、自問の中に捜し求める。

 

  自分を狙って、怪物たちはやって来るのだという。正確には、代々、(みなもと)家に生まれてくる長女を、「迎え」にやって来るらしい。

 

 その怪物たちから私を護ってくれる、四つの家の「鬼追(きお)い」と呼ばれる人達……。

 

  その人達とさえ、自分はうまく打ち解けられないでいる。


 それどころか、目の前の二人を、「皐月ちゃん」「由良くん」と、ちゃんと名前で呼んだことが、今まで何回あっただろう。気がつくと、いつも二人に対して何歩か引いた位置に、自分自身で立っているのだ。


「とにかく、遥くん────だっけ。この子、運ばなくっちゃ。私が頭を持つから、由良君、足持ってよ」


「はぁ?何で僕が?」

 

  由良は、かなり嫌そうに顔をしかめた。


「しょうがないでしょ?このままには、しておけないわよ」


「放っておけよ。そのうち誰かが気付いて、救急車でも呼ぶさ」


「あ、あのっ!」

 

  張り上げられた声に、二人は驚いて鈴子を見た。

 

  二人の知る限り、鈴子のほうから二人に話しかけてくる、なんてことは、これまで無かった。


 一度もである。


 それだけに、二人とも意外そうな顔で鈴子を見返している。

 

 二人に注視されて、鈴子は、どもりがちに口を開いた。


「わ、私、が…あの、持ちます…から……」

 

  声は、次第にフニャフニャと小さくなってゆく。赤面しきった顔は、耳まで真っ赤だ。


「ほら、由良(あんた)が、いつまでも駄々こねてるから……」

 

 皐月が、由良の頭をコツンと小突く。


「いて!痛ぇな!お前が一人で()ぶってけよ!坂田の家系は馬鹿力だろ!」

 

  ────あ、あの……違う…

 

  言い合う二人の間で、鈴子の気持ちは、またゴニョゴニョと言葉になりそこねた。代わりに出てきたのは、この日、何度目かの小さな溜め息である。

 

 そんな中、外灯や家々の窓に、次々と明かりが灯り始める。


 月が明るすぎて気にはならなかったが、実は今まで、外灯や、窓辺の明かりの類いは、いっさい灯されてはいなかったのだ。

 

 世界に、急速に人々の「営み」が戻ってゆく。

 

 そして、いつの間にか道路に放置されていた怪物の死体は、跡形もなく、消えて無くなっていた。

 

 それは、まるで息を吹き返した人工の光が、あたかも「常識」だの「秩序」だのにそぐわない存在を、あわてて覆い隠したかのようにも見えた。


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