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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
37/60

東の果ての、桜の国で ①

 

 童子切(どうじきり)安綱(やすつな)を手に、娘の姿の大通連(だいつうれん)と共に(みなもと)家の中庭へと舞い戻った遥は、当初、自分の目前で起こっている光景が信じられなかった。

 

 行方不明と聞かされていた彼の従兄弟(いとこ)の渡辺(こう)が、事もあろうに由良(ゆら)と斬り合いを演じているのだ。

 

 鈴子(すずこ)がいる。

 

 季武(すえたけ)がいる。

 

 いつか目にした、(ともえ)一族とやらの男もいる。

 

 他にも、黒のスーツに身を包んだ大勢の男たちがいる。

 

 さらに周囲を見回すと、少し離れたところに皐月が倒れていた。

 

 目を固く閉じて、荒い息を繰り返している。顔の下半分を覆ったハンカチには、大きな血の跡が、今もなお、その範囲を広げ続けているのがわかった。


「おい、皐月!」

 

 遥が駆け寄ると、皐月は薄く目を開けて遥を見た。

 

 遥が上体を(かか)えるように抱き起こすと、皐月は二、三回咳をしてから、か細い声で言った。


「二人、を……止めて……お、お願い……」

 

 遥は小さく頷いて、とりあえず皐月のことを、目に付いた手近な建物の中へと運び込んだ。

 

 長い廊下に、まるで整列でもしているかのように、整然と(ふすま)の列が並んでいる。その一つを開けると、そこは、20畳程の和室だった。

 

 部屋の明かりを付け、押入れを開ける。思った通り、布団(ふとん)があった。

 

 とにかく、状況がさっぱり見えない。

 

 慌てて布団を引っ張り出しながら、遥は、いまだ苦痛に耐える表情の皐月を見た。

 

 ────そもそも、皐月をこんなにボロボロにしたのは誰だ?

 

 いろいろな疑問を思い浮かべながら、遥は少々乱雑に布団を敷き終えた。

 

 皐月に休んでいるように言うと、急いで外へと出る。すぐに、由良と洸の姿が目に飛び込んできた。


「由良、やめろ!」

 

 遥の叫びに気が付いた由良が、声だけで答える。戦いの場で、視線を目の前の相手から外さないのは基本中の基本だ。


「戻ったか、遥!とにかく説明は後だ!コイツは僕がやるから、遥はもう一人を頼む!」

 

 由良の言う「もう一人」とは、当然、かつては協力関係にあったとかいう、(ともえ)一族の男のことだろう。

 

 遥と目が合うと、巴アキオは気安(きやす)気に片手を上げた。


 アキオの(かたわ)らに立つ、大通連(だいつうれん)より頭ひとつぶん背の低い着物姿の女の子が、遥と、そしてなぜか遥と一緒にいる大通連に対し、警戒心むき出しの視線を向けてきた。

 

 どうしてだか分からないが、どういうわけか、人間同士で争いになっているらしい。

 

 遥にも、その事だけは分かった。

 

 由良が間合いを詰めようと、()り足のような足運びで洸との距離を縮めてゆく。


「話は、聞き及んでいるよ」

 

 松明(たいまつ)の炎が揺れる中、由良の声は、嘲弄(ちょうろう)を含んで夜気の中を流れる。


「お前が、いちおう正当な渡辺家の見鬼なんだって?」


「……関係無い」


「はん!当たり前だよ。今の渡辺家の見鬼はなぁ、ここにいる遥なんだよ!お前じゃない!だいたい途中で逃げ出すような腰抜けが、今さら出しゃばって来たところで居場所なんてあるか!」

 

 由良は、糾弾するように切っ先を洸へと向けた。

 

 その時────

 

 遥は、皐月を運び込んだ部屋に灯っていた明かりが、ひっそりと点滅し、そして、やがて消えたのを目に留めた。


「屋敷の明かりが?……まさか⁉︎」


「ご名答(めいとう)。こんな状況だし、誰も気付かないのを期待したんですけどね」

 

 よく、気がつく余裕がありましたね、と、季武(すえたけ)がメガネの位置を直しながら、ワザとらしく称賛した。


「もしかして、こんな状況になってるのは全部あなたの仕業なんですか⁉︎」


「そう怒鳴(どな)るなよ、遥くん。むしろ僕は、この(なが)い年月続いてきたロクでもない茶番に、幕を下ろす機会を作ってやったんだぜ?」


「……僕達を(だま)して分散させ、鬼をここへと呼び込むつもりですか……」


「ご名答、と、またも言いたいところですが、流石に、それくらい気付いてくれなくてはねぇ。君達が、こんなにも早くに『持ち場』を離れて戻って来さえしなければ、かなり楽に事が運んだはずなんだけど」

 

 いつもの口調に、いつもの態度。悪びれた様子など、そこには全く無い。だが、そこにこそ卜部(うらべ)季武という男の、尋常ではない覚悟が見て取れるような気がした。


「最初から────最初から、あなたはそのつもりだったんですか⁉︎」

 

 遥は自分自身の中から出てくる言葉を、自分でも耐え難い思いで聞いた。


「君と会う、ずっと以前からね」


「どうして‼︎」

 

 発する声が、思わず叫びになる。


「あん?」

 

 季武が、明らかにバカにしたように(わら)った。


「どうして、そんな────あ、……」

 

 遥は、周囲に広がる竹林の奥から「(ざわ)めき」のようなものが近付いてくるのが判った。

 

 来た、と思った。

 

 由良!洸さん!と叫ぶ。

 

 その時だった。

 

 (ざわ)めきが形となって、竹林の中から飛び出してきた。

 

 それは、数にして20個くらいの、青白く光る「玉」だった。


 ほぼバスケットボールと同じくらいの大きさで、それが上下に弾みながら、明らかに意思を持って「姫」へと近付いている。

 

 「光る玉」の中は、手の平サイズの、キューピー人形のような小鬼でギッシリだ。どの鬼にも、薔薇の棘のような小さな角が、点々と生えている。

 

 由良と洸は事態を悟って、即座に「鬼」に対して刃を振るい始めた。

 

 急いで駆けつけようとする遥の視線の先で、(みなもと)家の伯父(おじ)たち二人が、何事か喚いている。

 洸と由良の様子から、おそらく事態を察したのだろう。黒服のボディーガード達に命じて、姫君を守るための人垣(ひとがき)の壁を、大慌てで作らせ始めているようだった。

 

 だが、それは黒い服のボディーガード達にとっては最大の不幸だった。近づいてくる「玉」から姫君を(さえぎ)る形となった彼等は、鬼に自分の身体を差し出す結果となってしまったのだ。

 

 見鬼たちは、ハッキリと見た。

 

 青白く光る玉は、人に当たると音も無く破裂して、中身の鬼を放出した。


 鬼はワラワラと地面へと落ちて、その場を(はしゃ)ぐように駆け回り、やがて、近くにいる人間の体へとよじ登り始めた。

 

 肩まで登りきった小鬼は、それから、まるで内緒話でも囁くかのような仕草をして、そしてスルリ(・・・)と、黒服のボディーガード達の耳の穴へと滑り込んでいった。

 

 「鬼の素」に入り込まれた男達は、途端に白目をむき、小刻みに激しい痙攣(けいれん)を繰り返している。


「遥、やばいぞ……」

 

 跋扈(ばっこ)する鬼を斬り払いながら、由良が駆け寄ってきた。


「あそこの奴とあそこの奴が、体を乗っ取られた!」

 

 遥も見た、黒服のボディーガードの二人だった。


「二人、鬼になったってことか?」

 

 (うなず)く由良の表情に、緊張が走る。


「まったく、何だって普通の人間をこんなにもゾロゾロと……イザとなりゃ、ちっとも使えやしないってのに!」

 

 おめおめと鬼と化してしまった部外者と、それを引き起こさせた関係者の弱気に対して苦い顔で文句を言うと、由良は遥に、もの問いた気な視線を向けた。


「何だ?」


人鬼(じんき)は、もう正確な意味においては人では無いんだし、斬れるよな?」

 

 由良の、確認するような問いかけに、遥は言葉を詰まらせた。その間に、また1人鬼になった。

 

 一番最初に鬼になったボディーガード2人が、それぞれ、遥と由良の前に立ちはだかる。初めて得た「肉体」の感触を確かめるように、軽やかにステップを踏みながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

 筋肉が異常に盛り上がっているのが、服の上からでもハッキリとわかった。


 そのくせ体操選手か何かのように、動きは軽快そのものである。そして、その面構えは、まさに物語に登場する「鬼」そのものだ。ただし、角と呼べるようなものは生えてはいない。


「前にも言ったが、こうなった人間こそが、僕達の本当の敵なんだ!絶対に躊躇(ちゅうちょ)はするな、情けもかけるな、死ぬぞ!」

 

 薄緑(うすみどり)を両手で構えながら、慌てたように由良が(まく)したてる。

 

 その瞬間、二人の鬼は「敵」との間にある10メートル近い距離を一瞬で詰め、空手の構えから正拳突きを放った。

 

 その(こぶし)をモロに受けてしまった遥は、詰められたのとほとんど同じ距離を吹っ飛び、体をくの字(・・・)に曲げたままの姿勢で、ドサリと地面に横たわった。

 

 童子切(どうじきり)安綱(やすつな)を「正眼(せいがん)」に構えていたおかげで、本来なら肋骨に受けていたはずの一撃を、咄嗟(とっさ)に左腕で受けることができたのはせめてものラッキーだった。

 

 だが、左腕は完全に折れている。

 

 (しび)れたような感覚が強く、今のところ痛みは無いが………


 ────今だけ、だろうな……()れてくるぞ、これは……




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