皐月vs由良
絶句したように、皐月は唇を噛み締めながら一歩だけ後ずさる。そして、持っている骨喰眞守の刃を、くるりと、上下逆さまにした。
「峰打ち」の態勢をとった皐月に対して、由良が蔑んだように鼻を鳴らす。
刀と薙刀が実際に刃を交えれば、間合いの長い分、薙刀のほうが有利といわれる。その間合いの長さを活かして、皐月は出来るだけ由良を近付かせないよう、骨喰眞守を構え、握りしめた。
由良は、漂うような独特の歩法で、ゆっくりと皐月のもとへと近付いていく。
その足元────特に脛を狙って、皐月が払うように骨喰眞守を繰り出す。
動きを止めるには当然ともいえる判断だが、相手を倒そうと思って繰り出す攻撃ではないから、速さにも、そして烈しさにも、まるで欠ける攻撃になるのは仕方がない。
皐月の、そんな「聞き分けの無い弟」を叱り付けるような攻撃のすべてを、由良は手首を返すような剣さばきで、ことごとく払い除けてゆく。
鬼殺しの妖刀同士が、激しい火花を散らし合う。
2人の見鬼は戦い合いながら、戦いに臨む姿勢がまるで違っていた。
この時の皐月の、心の動揺は半端なものではなかった。
自分達が守ってきた源鈴子が「替え玉」にすぎず、本当の「姫」は別にいた。その事実は、皐月にとっては衝撃的なものだった。
騙されていたのは自分だけではなくて、鈴子や遥、そして目の前の由良も含めた仲間全員が騙され、都合よく利用されていたという意識が強い。それは、「大人の事情」として割り切って納得するには、苦すぎる認識だった。
心の動揺を顔や動作にあらわさずに行動するなんて、17歳の皐月には、とうてい無理な話だった。
一方で、由良のほうには迷いなど無い。
由良は、ただ目の前の裏切り者を、全力でねじ伏せるつもりなだけである。
由良には、自分と同じく鬼退治の家柄の一角を共に担ってきたはずの皐月が、簡単に変節していた(と信じて、由良自身は疑っていない)ことが、どうしても許せなかった。
斬撃が、繰り返し交され合う。
やがて、由良を抑えるために常に先手を繰り出していたはずの皐月が、当初は防戦一方だったはずの由良に、逆に押されはじめてきた。
皐月の攻撃が、由良に、まるで通じなくなったのである。簡単に、弾かれるか躱されるかしてしまう。
皐月の焦りは、刃を交えるごとに濃くなっていった。
由良は、途中から皐月の目を見て、その視線を読んで戦っているのだった。
皐月のほうは、なぜ自分の攻撃がことごとく由良に防がれてしまうのか、その理由に気付けない。
実は皐月は、いつの間にか、これからが自分がどこを攻撃するのか、それをわざわざ、自分の視線で由良に教えてやっていたのである。それは皐月自身の動揺が生み出した、無意識の所作であった。
由良が、その事実を口に出して教えるはずは無く、それどころか、皐月の繰り出す攻撃を時には躱し、時には去なしながら、唇の端を吊り上げて笑う。
皐月の心の動揺はいっそう広がり、皐月は、自分では目の前の碓井由良という牙城を突き崩すことは出来ないのだという、焦りだけが募ってゆく。
そして、その焦りから生じる隙を、由良は決して見逃さない。
薄緑の刃が、骨喰眞守の刃に絡みつくと見えるや、それは、たちまちのうちに若い女性の姿になった。
童子切安綱のように髪の長い、だが、より細っそりとした顔のラインをもつ、儚げで美しい女性。皐月の手に重ねる形で骨喰眞守の柄を押えているのは皐月を逃さないためと、皐月に、由良に対して素手の反撃をさせないためだ。
すかさず、由良が皐月の右頬を殴りつける。
「あっ!」
一声あげて、皐月が地面へと倒れ込んだ。思い切り殴りつけられた皐月は、鼻から血を流している。
由良が再び薄緑を剣化させると、骨喰眞守は、力無く皐月の手から叩き落とされた。
「これは、裏切り者が持っていて良いものじゃない」
由良が、主人の手から離れた骨喰眞守を蹴り飛ばす。
骨喰眞守は無念そうに何度かカタカタと震えたが、やがて、まったく動かなくなった。
手に持つ武器というものは、人の手にあって、初めてその力を発揮するものである。誰も手にしていない武器など、それが例えどんな性質のものであっても、虚しい、意味の無い置物でしかないのだった。
由良が、鼻を押さえて呻いている皐月の片方の手を、グイと、自分のほうへと引き寄せた。薄緑の刃を、皐月の手────その指の付け根の部分へと、ピタリと当てる。
「二度と、骨喰眞守を振るえなくしてやる……」
残忍とさえ言える笑みを浮かべながら、由良は、囁くように宣言した。
その首筋に、鬼丸国綱の冷たい刃が押し当てられた。
「そこまでで充分だろう?そして君の次の相手は、この私ということになる」
皐月にハンカチを差し出しながら、渡辺洸が、こちらも宣言するように言った。
 




